鈴⑤ Girls Side
私こと
生まれつきじゃなくて、ある事故の所為。
だけど実はその時の私には足を失わない選択もあった。
でもまぁ仕方ない。失った足に未練はあるけど守りたいものは守れたから自分の選択に後悔なんて一つもない。
一つ誤算があるとすれば、思ったより周りに気を使われてしまうということだろう。
本当に、足を失ったことなんて全然大したことじゃないのに周りはどんどんと私を不幸のヒロイン扱いする。
可哀想な子を見る目で見られるのがたまらなく嫌だった。
だから私はだんだん意固地になっていった。
「若いんだからさっさと譲りなさいよ」
たぶん
障害者として対応されることに反発していたくせに、いざ都合が悪くなると障害者用トイレに入ろうとする。
そんなどっちつかずの
言い返そうと思えばいくらでも言い返せるんだけど、それをするには自分が障害者と認めなくちゃいけない。
ある意味この人は私が望む、普通の女子高生に対する態度をとっている訳だからこの人を責めるのは筋違いだ。たとえ誰かが私の味方をしようとその誰かの手をとることはない。
「はいはい。愚痴なら俺が聞きますよ」
私の世界に彼が現れたのはそんな時だ。
もし彼が目の前の女性を悪者にしようとしたら止めただろう。だけど実際私を守る位置に立てどそれだけで何もしない。
「野次馬。大注目ですよ」
一瞬だった。
別に誰かを悪しざまに言った訳ではないのに瞬く間に解決してしまった。
なんというか、その……格好良かった。
「これ、持ってて」
彼は私が義足だと知ったらどんな反応をするだろう。
やっぱり私に同情するのだろうか。
それは嫌だなぁ。
「義足って蒸れて気持ち悪いんだよね。まだ慣れてない所為かもだけど。義足外すと怖がらせちゃうことあるから人目につかないところで脱ぎたかったんだけど、まぁこの列を素通りで飛ばせないかなって打算はあったから言い返しづらかったんだ」
「あー。これひょっとして義足アピール?」
「そ。一人だとまた難癖付けられそうだからもうちょっとだけ傍にいてね。関わった責任」
「もちろん」
んー。
あんまり興味を持たれていない?
でも足に視線は感じる。逆に義足は持った瞬間しか視線をやっていない。
チラチラ足を見て、そんなに気になるものかな。
いや待って。
ひょっとしてだけど彼、私のことそんな目で見てたりする?
足があったころは膝を出す程度の露出は普通だったから油断してた。
なんて、せっかく助けてくれた彼にそれは流石に失礼か。
きっとウェットティッシュを動かす手に視線が誘導されただけに違いない。ほら、人って動くものに視線がいくものだし全然変なことじゃない。
「あ、じゃあナンパOK?」
やっぱり私を女の子として見てたのが正解な気がする。
でもそうだなぁ。
中学の頃は部活一筋だったしアリ、かも。
私が困ってたら助けてくれた。
同じ学校で身元は分かってる。
義足と知っても
現在付き合ってる人はいない。
うん。
別に断る理由はないかなぁ。普通の高校生ってきっと恋愛とかするんだよね。私だってそういうのに憧れたことくらいある。ここでノッてあげてもそこまで悪いようにはならないはずだ。
火傷くらいはするかもだけど言ってしまえばそれだけで済む。
そうして私は、自ら泥沼へと歩を進めていった。
一応、ずっと試してはいたのだ。
私をちょっとでも可哀想だと思っているようならその場でバイバイするつもりでいた。
だけど彼は
「うらやましい?」
「黙って」
「もー、二人とも。仲良く、だよ」
まるで私と手を繋ぐことを得難い特別な権利のように扱うものだから、ついつい調子に乗ってしまった。
特に蘆花にはその傾向が強かったんだけど、私と手を繋いで歩く人はみんな私を支えようとする。リハビリ手伝ってもらったから強くは言えないけどそういうのはもう必要ない。
手を引かれる訳でもなく、支えられるでもなく、ただ手を繋いで歩くのがとても楽しかった。
蘆花も彼を気に入ってくれているみたいだし、たぶんここでお付き合いを申し込まれてもお試しということで付き合い始めてたかもしれない。
だけどその日は別に連絡先を訊かれることはなく水族館を周り終えてしまった。
一期一会を楽しむタイプというよりはたぶんその発想がなかったんだろうなぁ。ナンパとかこれまでしたことないに違いない。
私から連絡先を訊けなかったことだけが心残りだった。
また彼と遊びたいなぁ。
水族館に行ってからはや一週間。今の日常のライフサイクルが嫌な訳ではもちろんない。
それでもふとした瞬間に思ってしまうくらいにはその願望が私の胸に燻っている。
一応、会うには会うのだ。
それこそ水族館で彼を同じ学校の生徒だとすぐに気づくくらいには顔を合わせている。
とはいえ朝の電車が一緒なだけだからその時間は精々四、五分。目が合って彼の方から話しかけてくるか、もしくは目だけで挨拶する仲。それはそれで秘密の関係みたいでなんとなく気に入ってるんだけど冷静に考えるとこれただの友達未満なんだよね。
私からアクションを起こすには少し理由が足りない。
いくら彼に絆されたからといって積極的に行動するほどの魅力が彼にあるかと言われれば疑問が残る。
かといってこのまま疎遠になるのはちょっと不満。
やっぱり連絡先くらい聞いておけば良かった。朝の時間で訊いてみようかなぁ。流石に断られはしないはずだ。
「あれ、海藤君?」
占いというものをどう捉えてるかは人によると思う。
蘆花はそれを面白い理屈と言っていた。
曰く、言われた内容によって行動を変えた結果当たりやすくなる、といったものだ。
例えば、失くしたものが出てくるという内容だった
探すともちろん失くしたものが見つかる確率はぐっと上がる。そもそも失くしたものに心当たりのある人が探す訳で、そこまで分かっている人なら失くしたものだって見つけられることが多いのは自然、とのこと。
何が言いたいかというと、ついつい彼を探している自分を自覚した瞬間が今だということだ。
蘆花と買い物に来ておいていない人間を思い浮かべていたことは秘密にしたい。
それはそれとしてせっかく出会えたからにはもう一度彼と一緒に遊びたいなぁ。
「一人? あ、分かったナンパだ」
実はそうなんだ。
ここに可愛い女の子が二人もいるよ、どう?
ヨシ!
こんな感じでいこう。
脳内で即座に会話をシミュレート。
彼が私達の容姿を好ましく思っていることはすでにお見通しだ。
「いや、ナンパするにはそれなりの恰好が必要と気付いてさ。ちょっと女の子受けするようなおしゃれ頑張ってみようかなって」
何を見てヨシって
軌道修正。
このままじゃ彼が女
この気持ちが恋かはまだ分からないけど彼が知らないうちに知らない女の子と仲良くなっていたら流石に嫌だ。
もういっそのこと私から誘ってしまおう。
ナンパして良いのはナンパされる覚悟のある人間だけ、ってね。
幸いまだ彼が女の子慣れした様子はない。
でも私達をきっかけにモテるようになる危険性は充分に考えられる。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うしひょっとしたら服装一つで一気に化ける可能性がある。
「女の子受けは分からないから私受けする服選ぶけどいいよね。なんてったって私も女の子な訳だし」
今のうちに私色に染めてしまおう。
バレないように私の私服と微妙にペアルックになってる奴とか買わせちゃおう。
……なんというか、私って運命とかに浮かれやすいタイプだったんだなぁ。
彼の服を選び終わり、また可愛いと言ってほしくなって私達の服選びにも付き合わせる。
せっかくだから足を失ってからは着なくなったタイプの服を選んでみた。懐かしいなぁ。制服でもスカートは穿いてるけどここまで脚を出すのは久しぶり、右足が無くなって以来だ。
ちゃんと似合うかどうかが心配だったけど問題なかったみたいだ。
うん。
おかえり、私。
「じゃあそのスカート姿は貴重なんだ。田代さんはともかく俺に見せて良かったの?」
「何言ってるの? 海藤君だから見せたんだよ」
直球で口説いてみる。
だけど残念、冷静に返されてしまった。
「うん。すごく可愛いよ」
「えへへっ。おしゃれって自分のためにすることも多いけどやっぱり見てもらって褒めてもらうのも気持ち良いね」
ミニスカートでも義足への反応は無し。
すごくありがたい。たぶん彼にとっては本当になんでもないことなんだろうな。
というかどうしよう。
さっきまでと違って彼の服装がずいぶん格好良くなった所為で可愛いと言われるのが予想以上に恥ずかしい。
顔赤くなってないかな。
ちょっと服選び頑張り過ぎたかもしれない。
これじゃあすぐにでも彼に女の子が寄ってくるようになっちゃう。
多少強引でも今日の内に連絡先を訊いてしまおう。彼の方から切り出してもらうのが理想だけどそうも言ってられない。
どんな流れが良いかと画策していると絶好の機会がやってきた。
「一緒に写真撮ろっ。そのカーテシーのポーズで!」
私達の写真を撮ってもらい、その写真を送ってもらうために連絡先を交換する。
自然な流れだ。
あとそれだけじゃ不公平だからと彼の写真も撮らせてもらった。
蘆花と一緒に可愛い格好をした写真。
彼の写真と連絡先。
欲しいものが三つも手に入ってしまった。
一石三鳥の出来事に思わずにやけてしまいそうだけど我慢我慢。
蘆花には気づかれてたけどそんなの今更だ。というか蘆花の方だって彼のことを憎からず思ってるんだからあんまり関係ない。
義足は好きじゃないから家の中ではほとんどつけてない。
今日も帰ったら玄関で外してしまった。自宅では移動に困らない(ようにしてもらった)から特に不自由はない。
自分の部屋に行ってベッドに寝そべりスマホの写真フォルダを見返す。
「えへへ。この写真いいなぁ」
私もだけど蘆花だって可愛い感じの格好はしないからこのツーショット写真は貴重だ。
せっかくだからこの写真を待ち受けにしちゃおう。
見てるとつい笑みがこぼれてしまう
けどそれは蘆花と普段しない格好をしてる楽しさからかカメラマンの顔がチラついてしまうからかは私にもちょっとわからなかった。
~♪
「!?」
なんて、スマホを見ていたらメッセージ通知が来た。
相手はカメラマンの彼。
>今日は楽しかったです
>今度は二人きりで遊びに行きませんか?
うわ、敬語じゃん。
何私相手に気を使ってるんだろう。それとも気取ってるつもりだろうか。
即座にOKのスタンプを返す。
>いつにする?
デートだデート。
わざわざ"二人きり"と書いたからにはちゃんとデートにしてもらわないと困る。
明日、は気が早すぎるか。でもあんまり間は開けたくない。となると来週?
うん、来週末ならどっちも空いてる。
予定を確認していたら彼も同じ日を指定してきた。
>来週の土曜日は?
OKを連続で使うのも味気ない。
♡のスタンプはあからさまかな。
いいや送っちゃえ。ドキドキしてくれるかな。してくれるといいな。
その後いくつかやり取りをしてボウリングに決定。
蘆花は私の足を気にしてボウリングみたいなスポーツ系は絶対誘ってくれないんだよね。
いや、もともとそこまで体を動かすのが好きってタイプじゃないから確証は持てないけどなんとなく分かる。
「楽しみだなぁ」
久々のボウリング。
初めてのデート。
緊張でポカやらかして転んじゃったらどうしよう。
「ま、その時は起こして貰えばいいか」
彼とやくそくを交わした。
彼がいる限り私はいくらでも挑戦できる。
蘆花じゃ駄目だ。蘆花は優しすぎる。
「なんて、別にそんな理屈いらないんだけどさ」
本当はただもっと彼と一緒にいたいだけ。
うんとおしゃれして行こう。
「~~~~」
枕に顔を押し付けてぐりぐりする。
足もばたつかせたかったけど右足を怪我したら蘆花にお説教をくらうので自重。ちなみに我慢したらもっとお説教が長くなる。
「浮かれてるなぁ、私」
男の子とデートすることになった。
ドキドキが止まらない。
まだ付き合えたわけでもないのに勇み過ぎだろう。
少しは落ち着かないとと自分に言い聞かせるが全然言うことを聞いてくれない。
私だって異性と親密になったことはないんだ。
そりゃ、中学の時は告白されたこともあったけど部活部活でそんな時間はなかった。そう考えると彼が誘ってきたのが今で良かったと思う。
「何着ていこっかな~」
ちょっと楽しみにし過ぎじゃないか。
まだ告白もされてないんだよ。
……。
まだ告白もされてないじゃん!?
「これはちょっと、気合をいれて選ばざるをえないなぁ」
「ねえ蘆花」
『どう? 無事付き合えた?』
「うん……」
『どうしたの? もっとテンションあげて喜ぶと思ってた』
「……まだちょっと実感湧かなくてさ」
『胸を張りなさいよ。もう彼氏彼女なんでしょう』
「帰ってきたら急に不安になっちゃった。これ、夢だったりしないかな?」
『そうだったら正夢にすれば良いじゃない』
「無理だよ。一世一代の勇気を振り絞っちゃった。これが夢だったらと思うとどうしようもなく怖いの」
『夢じゃないわよ。私が保証する』
「でもでも、このまま眠っちゃって目が覚めたら今朝に戻ってたなんてことになったらどうしよう」
『仕方ないわね』
「蘆花?」
『明日は休日だし、鈴が寝落ちするまで付き合ってあげる』
「蘆花!」
『惚気でもなんでも良いから話なさい。少しは落ち着くでしょ』
「ありがとう! 朝までまだまだ時間あるしたっぷりお話しよう!!」
『待ちなさい。何時間話すつもりよ』
「ちょっとエナドリとってくる」
『待って、おねがい。……鈴! …………鈴!!』
「鈴ってスキンシップ好きだよね」
シアタールームでデートして、ちょっと怪しい雰囲気になる。
いずれそういうことはするんだろうけどまだ少し、ね。
でも洋くんが無理矢理迫ってきたらきっと許しちゃうんだろうなぁ。
今だって脚を触られているのに不快感は全くない。
「洋くんって脚フェチ?」
「俺が仮に今脚フェチなんだとしたらそれは確実に鈴の所為だよ」
いやいや、洋くんって水族館で会った時から脚に視線やってたし、絶対脚フェチだよ。
私の脚で満足してくれてるなら何も問題ないけどさぁ。
ちょっとくすぐったい。
されるがままだけど私からもどこか触った方が良いのかな?
まぁ今日はいいや。たぶん私は触るより触られる方が好きなタイプだ。
「そもそもとしてこの幼馴染たち距離が近すぎない?」
「検証するためにも私たちでやってみれば良いじゃん」
頭を撫でてもらうヒロインが羨ましくなって洋くんを挑発した。
私も撫でてほしいなぁ。
そんな気持ちを込めて洋くんを見つめたらすぐに撫でてくれた。
思わずその手に顔をこすりつける。
ネコのようにすりすり、すりすり。
「これだいぶ恥ずかしい」
「こっちもだよ」
「えへへ。でもこれ良いね。癖になっちゃいそう」
私も洋くんもスキンシップ好きなタイプで良かった。
でもどっちかというと私がスキンシップ好きなタイプだったことの方が意外かな。
私はこういうのあんまり好きじゃないと思ってた。
されるがままに撫でられてそれを心地よく感じている自分にびっくりだ。
このままずっと洋くんの隣にいたい。
そして、その時がやってくる。
「目、閉じて」
洋くんの傍が世界一安心できる場所になった瞬間。不可逆の分岐点。
私は引き返せなくなるほど洋くんを好きになった。
「奪っといてなんだけど理想のファーストキスとかあった?」
?
あぁ、そっか。
洋くんの認識だと奪ったってことになってるのか。
そこまで一方的なキスじゃなかったと思うけどそういうことにしておこう。なんか激しく求められたみたいで嬉しいし。
「昨日までは他にも考えてたけど、今は恋愛映画を見ながらキスシーンの時に唇奪われちゃって映画そっちのけで盛り上がっちゃうのが最高だと思ってる」
「既視感あるシチュエーションだね」
「不思議なことにね」
理想が上書きされた。
そんな体験をできた人がこの世界にどれほどいるだろう。
間違いなく私は世界でもっとも幸せな女の子だ。
「続き、どうする?」
キスのことかな?
もちろんもう一回……、違った。
映画のことか。まだ頭の中がピンク色だった。
今更映画なんてと思いつつも中途半端だし最後まで見ようかな。
キスはその後でいいや。
「うーん、でもあとちょっとだし、ここで終わりだとちょっともやもやすっ!?」
ここで来たか、幻肢痛。
今洋くんとのデート中だから勘弁してほしかったな。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
あれ、待って。
なんかいつもより痛い。洋くんに大丈夫だよって笑いかける余裕がない。
「ごめ、ちょっ。……。……足、揉んで」
ぶつけた所をさすると痛みが
ここまで痛いのは入院してた頃以来かもしれない。
とはいえ所詮は幻肢痛。
どれだけ痛かろうが精々が数十秒。いや、一分超えてたかな?
今日は長かった。
まぁ気を取り直して映画でも見よう。
きっと見てるうちに空気も変わる。
見終わったらもう一回キスをせがんでみよっかな。
なんて、彼を見上げる。
あの目だ。
私を障害者として見る目。
私を可哀想な娘として見る目。
洋くんにだけはそんな目で見られたくなかった。
私だって理屈では理解している。
いつ爆発するか分からない爆弾を抱えている人と健常者を全く同じ扱いにはできない。
幻肢痛でなくたって、義足だと制限は強い。
でも、洋くんがその目で私を見たのは初めてだ。
洋くんと一緒にいる時だけは普通の女の子でいられたのに、その日常が崩れ去ってしまった。
私の普通はこんなに儚いものだと思い知らされた。
……私は障害者でしかなかったのかな。
洋くんと話すもずっとあの目のまま。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
洋くんにそんな目で見てほしくない。
なんでよ……。
どうして私をそんな目で見るの……。
やだよぉ……。
「鈴、立てる?」
「もぉ。そんな心配しなくても大丈夫だよ」
だから私は、洋くんの手をとることができなかった。
「火傷くらいは覚悟してたはずなんだけどなぁ」
最初に洋くんの手を取ったのを昨日のことのように思い出せる。
火遊びの認識はあった。恋愛がぜんぶ上手くいくなんて絵空事。
別れるカップルと添い遂げるカップルなら別れるカップルの方が多い。
そんなことは当たり前だ。
「好きなのに。……大好きなのに」
たとえそれが洋くんであってもあの目は嫌だ。
洋くんもショックを受けた顔をしていたけどそれでも受けつけない。
この一回で嫌われたとかはないだろうけどもう隣を歩くことはできないかもしれない。
――コンコンコンッ
「えっと、俺……だけど」
泣きそうな顔の洋くんに見送られ家にたどり着いたのがちょっと前。
いや時計を見ると結構時間が経っていた。
まぁ、うん。
私の部屋で一人反省会をしている間に戻って来たんだろう。
どんな顔して会えばいいのかな。
洋くんの手を拒んだこと、流石にバレてるよね。
「いいよ。入ってきて」
寝転がっていた身体を起こしてベッドに腰掛ける。
何を話そう。
とりあえず私が拒否した理由からだよね。洋くんからすればいきなり態度を変えたように映っているだろうし説明がいると思う。
「お邪魔します」
「ドア閉めて良いよ。クーラーついちゃってるし」
開けた扉をどうするか迷ってるみたいだったから先に答えておく。
あんまり露骨に部屋を見まわしはしないけどそれでも気になるみたいだ。
「どうしたの?」
「いや、女の子の部屋って初めてだから緊張して」
今のところあの目はない。
少しだけ救われた。
でもきっと、幻肢痛が起こったらまた同じことが起こるんだろう。
どうしてもその可能性に怯えてしまう。
「ここ、座る? 話をしにきたんだよね」
ベッドの右隣のスペースをポンポン叩く。
はてさて、洋くんが話したいことは私にとって良いことなのか悪いことなのか。
「あー。えとっ。じゃあ、お邪魔します」
少しだけ
映画を見ていた時にはなかった隙間。
心の距離が現れてるみたいで切なく悲しい。
私から詰めることもできたし洋くんもたぶん拒否しないとは思うけどここで行動するのは難しい。
やっぱりこの隙間は心の距離そのものだった。
さっきまではあんなに簡単に近寄ってぎゅーってできたんだけどなぁ。
先に口を開いたのは洋くんの方。
「あの、さ。手、繋がない?」
「良い、けど……」
けど、なんだっていうのだろう。
続く言葉は自分でも分からない。だけど彼の方から手を握ってくれたおかげでようやく私は洋くんの温もりを感じることができた。
ワンクッション挟んだ結果とはいえこれで物理的な距離はようやくいつもの距離に近づいた。
「私達、どうなっちゃうんだろうね」
「別にこれで仲直りなんて考えてない。俺達は喧嘩した訳じゃないからね」
そうなのだ。
別に喧嘩した訳じゃない。ただすれ違っただけ。
でも、この溝はどうしようもなく深くて直視できそうにない。
洋くんはそんな私の手をぎゅっと握りしめた。
「だから喧嘩、しよう」
ベッドをソファの代わりにして並んで座り、上体だけ洋くんの方に向ける。
洋くんは真剣な眼差しで私を見ていた。
冗談、という雰囲気じゃない。
少しだけ期待してたんだけど、洋くんの話は悪い方の話だったみたい。
私達の関係を終わらせる気でいたんだ。
仕方ない。こんなめんどくさい女の子、洋くんだって嫌だよね。
気が付くと俯いてしまっていた。視線が繋がれた手に向かう。
手を繋ぐのも今日が最後かもしれない。
大丈夫。別れたってこの世が終わる訳じゃない。
一度でも夢を見れた。それで充分じゃないか。
「ちゃんと喧嘩して、ちゃんと仲直り……したい」
顔をあげた。
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