隠岐戸鈴を選ぶ

鈴① 当たり前の非日常

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≪隠岐戸鈴に送る≫ を選択しました。

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 待ち合わせ場所に先に着いてて良かった。

 俺を見つけてニコニコ笑顔になってとてとて歩いてくる隠岐戸さんを見ることができたからだ。

 足の関係上走ることはないけど心なしか歩く速度が速くなったように思う。


「おまたせ」


「いやいや、時間ぴったりだよ」


 靴は新しいのを買った。

 服も隠岐戸さんが選んだのだから隠岐戸さん受けすることが保証されている。新鮮さはないかもしれないがひとまずこれで良い。

 ファッション初心者は大人しく玄人に従うことから始めるべきだ。パーソナルカラーって何? な現状俺にできることは多くない。


「恰好良すぎてすぐ分かっちゃった」


「本当? そう言われると調子のっちゃいそう」


「あははっ。調子に乗ったらどうなるのかなっ?」


 デート本番。

 隠岐戸さん達と服を買いに行ってからの翌土曜日。


 なんか毎週のように遊びに出かけている気がする。

 一回目も二回目も結果として一緒に遊んだのに対して今日は明確にデートという意識でやってきた。

 昨日だって隠岐戸さんといよいよ明日だねってメッセージを送り合っていてなかなか寝付けなかった。

 なんか、独特なスタンプ使うタイプだったよ。ガイコツパンダホヤのコミカルな奴。調べて見たらネーミングそのままガイコツでパンダなホヤだった。悪役令嬢使ってる俺が言えたことじゃないんだけど。

 他に女の子に送れるようなスタンプはなかったし今度隠岐戸さんが気に入るようなスタンプ探しておこう。


「お嬢さん。今日はまた一段とお美しい」


「んっ。ありがとう。確かにこれは、なんというか……、くすぐったいね」


 ボトムスはライトブラウンのゴツい系だけどトップスは黒のVネックで胸元が少し見えている。

 人によっては大したことない露出かもしれないが俺にとっては直視するのさえ難しい。

 その上から羽織っている薄手のカーディガンは白と淡い桃色のカラーリング。


「初デートにはスカートかなって思ってたんだけどごめんね」


「え、そういうもんなの?」


 スカートを穿けない理由を知っている身としてはそこを気にしてない。

 なんならその、誰でもは見せないはずのスカート姿は俺のスマホの中にある訳で、若干の優越感すらある。


「代わりに上は冒険しちゃった」


 隠岐戸さんが着ているカーディガンを少しずらすと、そこから健康的な肩が顔を出す。

 蠱惑的なノースリーブ姿に視線が釘付けになった。


「も~。見過ぎじゃない?」


「ごめん」


 再び羽織り直してサービスタイムが終了。

 ちょっと残念だけどこの恰好で周囲の視線を集められると困る。

 あと俺の視線が吸い寄せられてしまうのでやっぱりやめてほしい。


「やっぱり露出多い方が嬉しいんだ」


「それもあるけど、今日をデートって認識してくれてた方が大きいかな」


 はっきり言って俺は今日、人生初デートということに浮かれている。

 水族館もショッピングも楽しかったけどもあの時は心の冷静な部分で線を引かなければならなかった。

 今日はそれをしなくて良いらしい。浮かれているのはたぶん俺だけじゃない。


 二人きりで会おうというメッセージにすんなり返事がきたからひょっとしてデートと思ってるのは俺だけなんじゃという懸念が消えなかった。

 片方デートで片方ただの遊びという認識だと絶対に上手くいかない。

 隠岐戸さんにデートだと思わせることが俺の今日の第一歩目だと思っていた。

 なにせファーストコンタクト(俺視点)ではナンパしたのにナンパ除け扱いされたからな。


「……ぁたり前じゃん。……ばか」


 こちらを揶揄うようなイタズラ顔は鳴りを潜め、恥ずかしそうにこっちを睨みつけてきた。

 正直可愛いだけだからもっとやってほしい。


 でも見つめ合ってる現状が照れくさくなったのか、目線を逸らして右手を差し出してきた。


「ねぇ。手、繋がない? ほら私、足こんなだからさ」


「えっと。俺はただ手を繋ぎたいんだけど良い?」


 ただの友達ではありえない距離感。

 今日はそれを求めたって良いってことだ。


 左手を差し出す。

 確かに隠岐戸さんの足を庇える側に立つけどそれを言い訳になんてさせてあげない。

 何より向こうがグイグイくるなら俺だって同じ力で返さないと倒れてしまう。


――ギュッ


 俺の言葉に返事はなく、だけど伝わってきた手のひらの感触が何よりの返事となった。


「じゃあ行こっか」


「海藤君ってズルいよねなんか!?」


 えー。

 それ隠岐戸さんが言う?






「ちゃんと投げれるかなぁ」


「そればっかりは俺からはなんとも……」


 初デートとして選んだのはボウリング。

 水族館とショッピングはもう行ってしまったので選択肢から除外。

 ボウリングが良いと言ったのは隠岐戸さんの方だ。

 足を失ってからは来ていないらしいから少し不安だけど右利きなら重要なのは左足の方だろうし後半には上手く投げれるようになっているんじゃないだろうかと思ってる。


 二人でボールを選んで自分たちの名前が書かれたレーンに到着。

 指の穴の大きさと重さを確認しながら選んだ青と赤のボールが専用の台(ボールリターンというらしい)に置かれた。


 ちなみに手を繋ぎながら受付を済ませたから周囲からは完全にカップルだと思われてるだろう。一応恋人繋ぎと言われるものではないとはいえこれで友達は無理がある。正直もう告白しちゃえと思わなくもない。

 余談だけど隠岐戸さんが利き手を使えない所為――なんでだろうなぁ――で俺が必要事項を全部書いた。ディスプレイに写る"スズ"の文字は俺が指定したものだ。特に文句も言われなかったしやったもの勝ち。


「しょっぱなガターでも笑わないでね」


 最初に投げるのは俺だ。

 青色のボールを手に取り予防線を張る。ちょっと情けないなと思わなくもなくなくない。


「それは難しいなぁ」


 隠岐戸さんのアベレージは100に届くか届かないかくらいらしい。

 もちろん足が両方ともあった時期。


 俺はというとだいたい110から120の間。

 隠岐戸さんが感覚をつかむのが早くて俺がガターを連打すると負けもあり得てしまう。

 それは避けたい。


「緊張してる?」


「まあね」


「じゃあガターだったら罰ゲームね」


「ストライクとったら何かご褒美あるの?」


「んー。考えとく」




「10番ピンめ……」


 グラつくだけで倒れずに一本残ったピンを血の涙を流して睨みつける。

 ここはおまえ、倒れるところだろう。


 しかも続く二投目でも外した。


「あれだよね。このゲーム通してストライクとったらってことだよね」


「ざーんねんっ。これ実は初回限定だったんだよ」


 がっくしと肩を落として隠岐戸さんの元に退散し、俺の番が終わる。

 そのまま隣の椅子に腰かけ、ちらりと隠岐戸さんを見ると並べられたピンを見たまままだ立たない。

 順番が来たことは分かってるだろうからたぶん立つタイミングを測っているんだと思う。


「緊張してる?」


「ん。まぁね」


 さきほどと同じやり取り。

 だけど俺はここから何を言えばいいんだろうか。


 彼女が気にしてることは俺とは訳が違う。


 "義足だからできない"、"義足だから仕方ない"。

 言われたら嫌だろうな、と思う。

 そう思ったからボウリングを選んだんだろうし、これからできるようになりたいんだと思う。

 だからその『できない今』を見せてくれることは素直に嬉しい。


「じゃあストライクとったら何でも言うこと聞くよ」


 まぁ俺にできることは限られてる。

 罰ゲームは流石に言い出せない。けどナイスプレーのご褒美を大袈裟にするだけなら可能だ。


「ふふっ。それは初回限定?」


「いやいや。今日一回でもできたら、だよ。でも内容によっては聞くだけで叶えることはできないかな」


「えー。それは卑怯じゃない?」


 焦らずに一つ一つ、できることを取り戻してほしい。

 なんて、これは一番大変なリハビリの時期を見てない外野の台詞かな。

 田代さんに聞かれたら文句を言われるかもしれない。


「じゃ、ちょっと行ってくる」


「がんばれ!」


 気負い過ぎてもいけないけど応援したい気持ちも強い。

 『がんばれ』が禁句となりつつある今を知ってはいるけどあれはないものねだりなんじゃないかなって最近思う。

 俺はあんまり言われたことがなく、それが誰からも期待されていないように感じてしまうから言ってほしい側の人間だ。

 結果を期待する言葉が重いのはその通りだけど、軽い言葉じゃこの気持ちを伝えきれない。





「綺麗に端の一本づつ倒れたね」


「たぶんボールを後ろに振りかぶる時に左右にズレてるんだと思う。真っ直ぐ下げることを意識すればすぐ先頭のピンに当てれると思うよ」


「そうなの? ちょっと気を付けてみるよ」


 転ばずに帰ってきたことを褒めたいのを我慢。

 ファールラインの向こう側はオイルが塗ってあるから滑りやすく、そこに誤って足を踏み入れてしまうとかなり滑る。

 一回ミスったことがあってその時はかなりバランスを崩して転ぶ寸前だった。両足で踏ん張れなかったら多分立っていられない。


 なんて、それこそ俺以上に分かってるみたいでラインのだいぶ内側で投げていた。口にせずに済んでよかったと心底思う。

 義足のことは自分でなんとかしてもらうしかないけどそれ以外なら協力できる。


 隠岐戸さんはたぶん運動神経が良い方だ。

 今まであんまりやる機会がなかっただけで、100を超えるのはすぐなんじゃという成長を見せた。

 最初は端やガターも多かったけどどんどん狙ったところに投げれるようになっていった。


「よし。だいぶコツ掴んできた。そろそろストライクとれると思う」


「本当? ガターだったら罰ゲームとしてその上着脱いでもらうよ」


「流石にガターはないって」


 ドヤ顔でフラグを立てる隠岐戸さん。

 ここまでストライクは俺が決めた一本だけ。

 だいぶ真ん中のピンに当たるようになってきたけど隠岐戸さんの方にはまだスペアすらない。


「あっ」


「あっ」


 案の定ボールが左側の溝に呑まれ、俺と隠岐戸さんの間に沈黙が流れる。

 ボウリングのシステムが自動でボールを回収し、ディスプレイ上にガターを示すGが表示された。


「いや別に、言ってみただけで」


「海藤君はこの状況に立った時に大人しく退ける?」


「……いや、うん。確かに退かない」


 ドヤ顔ストライク宣言の後のガターは何か罰ゲームでもないと空気が戻りづらい。

 でもそれ男が集まった時のノリじゃない?

 女の子でもそうなの?


「良いよっ! そもそも海藤君に見せるために着てきたんだから!!」


「っ!?」


海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから


 着ていたカーディガン脱ぎ去り、綺麗に畳んで使ってない椅子の上に置く。

 刺激的な恰好になってボールが返ってくるのを待っている。


「言っとくけどこの一回だけだからね。うぅ……。恥ずかしい」


海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから海藤君に見せるために着てきたんだから


 隠岐戸さんの言葉が脳内をリフレインし俺から思考力を奪う。

 碌にものを考えられず、ただボーッと眺めるだけ。


 隠岐戸さんがその腕を両方とも余すことなく見せつけ、綺麗な投球フォームで玉をピンの方向へ走らせ……、あれこれひょっとしたら?


「おっ!」


「えっ?」


 真っ赤なボールが18.28m先のピンを10本全てなぎ倒した。

 それに合わせてシステムが軽快な音を鳴らし祝福してくれる。


「やったじゃん」


「えー。今?」


 不服そうな隠岐戸さんとハイタッチ。

 本日二回目。さっき散々手を繋いでいたからこれくらいは平気、なんてことはない。内心ドギマギしっぱなしだ。


 微妙な気持ちは凄く分かるけど成績自体はすごく良い。

 ガターがなければもっと良かったからちょっともったいないけど残念ながら"あるある"だ。

 なんなら俺の周りに特技はガターのあとのスペアです、なんて言いきった奴もいる。場の半分(俺含む)もそれに同意するくらいには皆やってしまった過去がある。


「今のが一投目に出せればストライクなんだから何か俺にできそうなこと考えといてよ」


「あ、そっか。それあったね。今のでもよくない?」


「俺ストライクとかなくても隠岐戸さんの言うことなら大抵のことは聞くよ。だから聞くのはワンランク上の願い事。流石にそっちのハードルは落とせないなぁ」


 例えばお願い事と称して右手を上げて、とか言われたらよっぽど頼りなく映ってるのかなって不安になる。

 何かしらの強制力がないと聞きづらいのがベスト。かつ俺ができることとなると俺でもあんまり思いつかないから難しいかもしれない。普通に飲み物驕るとかかな。

 いやでもこの恰好の隠岐戸さんに可愛く「驕って♪」って言われたら簡単に驕っちゃいそう。


「どう? ストライクの感覚つかめた?」


「私この恰好の方が投げやすいかもしれない。しばらくこれでやってみる」


「……俺の点数は下がりそう」


 肌がまぶしくて目が眩む。

 さらに腕を伸ばした時にチラっと見えるあの腋が集中力をガンガン削ってくる。


「お、じゃあ追いつくチャンスだっ」


「……。…………」


 これはあれだ。

 黙ってた方がお得では?

 一時の勝ち負けよりも大事なことってあると思うんだ。


 まぁ直視はできないんですけどね!

 つい先日まで一人で出かけることの方が多かったし、女の子と日常的に関わったこともない俺には難しい。

 そうだよ免疫なんてねえよ。

 心臓バックバクだよ。


「別に水着ほど肌出してる訳じゃないし……、見たいなら正面から見てくれて良いんだよ」


 赤面しながら目を逸らした状態で、隣にいるのに聞こえるか聞こえないかというか細い声だというのに言ってる内容は俺を全面的に受け入れてくれている。

 そのことがとても嬉しい。


 でもちょっと受け止めきれずに天を仰いで時間をかせぐ。

 次は俺の番だけど今投げたら絶対ガターになる。

 お願いだから一分だけ心臓を落ち着かせる時間をください。


 お互い目は合わせず言葉もない。

 だけどこの瞬間、世界は俺達二人だけのものだった。





 3ゲームやって全部勝ち切ることができたのは幸運だった。

 あっという間にコツを掴んだ隠岐戸さんはどんどん上達していき2ゲーム目からはもう三桁得点。

 俺も気合入れて研究しないと次からは負けるどころか置いていかれそうな気配だ。

 所詮義足と侮っていたことを痛感させられた。


「ざんねん。結局勝てなかった」


「まぁまぁ。ストライクはとったんだし良いじゃん」


 勝者ゆえの余裕を(なんとか)もって答える。

 今のうちに勝ち誇っとかないと次はないかもしれない。


「そーだけど~」


 ご褒美の願い事はいつでも良いと言ってある。

 最後は惜しかっただけにあとちょっとが届かなかったことが余計悔しいのかもしれない。

 俺としては追いつかれなくホッと一安心だ。


 ちなみに既にカーディガンはもう羽織り済み。理由は俺の集中力とか隠岐戸さんの羞恥心とか関係なしにただ単純に空調が効きすぎて寒くなったからだ。

 ボウリング場のアンケートには空調をもっと抑えてほしいと書いておいた。

 もちろんこれは隠岐戸さんが体調を崩さないようにと心配したうえでの意見なので勘違いしないでほしい。


「……」


「……」


 隣に座りつつお互い無言。

 システムにもう一度ゲームをするかと問われている状態。

 名残惜しいけどそれにYESと答える訳にはいかない。俺も隠岐戸さんもそれは分かってる。

 最後のゲームが決着し、否応なしに今日の終わりを意識させられ何を話せばいいか分からなくなった。


 なんだかんだボウリングしている間は会話が続いていたんだとこんなところで発見。

 さっきまで自然に動いていた口が全然動かない。


 もう帰る時間なんだけど、それを俺から言い出すのはなんとなく嫌だ。

 今日が楽しかったから終わってほしくない、なんて小さな子供みたいなことを考えている。

 流石にこれ以上拘束するのはまずい。


「あの、さ」「その」


 いよいよ口を開いた瞬間が重なる。

 二人で目を見合わせ、寂しくなっていた気持ちが少しだけやわらいだ。

 突然のお見合いにちょっと笑ってしまい、この寂しさですら共有していたことに安堵する。


 告白するなら今かもしれない。

 ふと天啓のようにその発想が出てきて、でも覚悟を決める一瞬は隠岐戸さんの方が早かった。


「お願い事、なんでも良いんだよね」


「うん」


 俺にできる範囲にしてね、なんて言葉をすんでのところで飲み込む。

 好きな娘の前だ。今くらいはカッコつけたい。


「私さ、実をいうと告白はされたい派なんだ」


 目を合わせ、自らの願望を語る。

 俺自身は告白したい側の人間だから叶えられそうだ。

 もちろん簡単にできるんだったら既に実行している。

 これまでの人生で必要がなかったタイプの勇気がいるけれど、これだけ背中を押されて逃げるなんて考えられない。


 よし、告白するぞと意気込んで……。



「お願い事言うね。私のこと、名前で呼んで」



 もう一度気合を入れ直す。

 確かに隠岐戸さんにはワンランク上のお願いを要求するように言った。だから俺はそれに応える義務がある。

 不安そうに潤んだ瞳、紅潮した頬、少しだけぎこちない笑顔。

 全部受け止めて想いを伝えよう。



「最初はさ。ただ可愛かったからお近づきになれたらなって話しかけただけなんだ」



 恋愛どころか人間関係における見た目の重要さがよく分かる。

 なのに俺は一人だからとそれをおろそかにしていた。

 それに気が付いて、最低限の身だしなみを整えようとしたらまたまた遭遇。



「話してて楽しい。一緒に過ごす時間はあっという間。気が付いたらまた会いたいと思ってる」



 これが心を奪われるってことなんだと思う。

 たった二回、一緒の時間を過ごしただけなのにその時間が随分恋しくなってびっくりした。

 隠岐戸さんをデートに誘って、何気ないメッセージのやり取りに一喜一憂するのが心地よかった。



「今日のデートが決まってからずっと今日が待ち遠しかった」



 この一週間ずっとソワソワしっぱなし。

 カレンダーを見てはデートの日までの日数をカウントする日々だった。

 ちょっと落ち着けと何度自分に言い聞かせたことか。



「一緒の電車で目が合うと笑ってくれるのがすごく嬉しい」



 学校に行く足がいつもより軽くなった。

 クラスが違うから学校じゃ全然顔を合わせないけど朝は会える。

 そのまま田代さん含めて三人で学校に行くこともあった。



「俺、欲張りだから今じゃ全然足りない。今よりもっと一緒に過ごす時間がほしい。今よりずっと近くにいたい」



 これ以上を望むのなら、

 俺はもう一歩彼女の方へ踏み込まなければならない。

 拒絶されるかもしれないと思って躊躇してしまった一歩を今踏み出す。




すず、好きだ」




 可愛くて話が合う人なら誰でも良かったのかと自問する。

 たぶんそうなんだろう。誰かに優しくされたらコロっと好きになると思う。

 なにせ一緒にいた時間は驚くほど少ない。




「俺と恋仲になってください」




 だけど俺はそれを恋と呼ぶ。

 恋愛は心のバグだろうが錯覚だろうが、それに身を任せて揺蕩たゆたいたい。

 今は非日常なこの瞬間を日常にしたい。

 特別なことを当たり前にしたい。

 全部欲しい。


「喜んで。これからよろしくね。私の彼氏さん。大好きっ!」


 そんな俺の告白を、鈴は笑顔で受け取ってくれた。






「えへへー」


「そこまで喜んでくれたならこっちとしては嬉しいけど、なんかずっと笑ってない?」


 ボウリング場から出ての帰り道。

 どちらからともなく手を繋ぎ、今度は手を絡めて恋人繋ぎをする。

 一応トイレに行った隙に手は洗ったが現在進行形の汗とかはもうどうしようもない。


「いやだってあんなに情熱的な告白されるなんて思ってなかったから。あーもぉ。なんで録画しなかったんだろう私」


「録画は勘弁してください」


「お願い!」


「それもう使い切ったよね!?」


「だってストライクは二回とったし」


「そういうシステムじゃないから」


 上機嫌な隠岐戸さ……鈴と今日を振り返る。

 恋人としての一番最初の時間。


「あ、私は海藤君のことなんて呼ぼう」


「あー。確かに恋人になったことだし名字に君付けよりは名前呼びとかの方が嬉しい」


「んー。洋一、洋一さん、洋一君」


 呟きながら呼び方を探している。

 どうやらしっくりくるのが見つかったらしい。

 俯いていた顔を上げて、にっこりと笑う。


「よし、洋くん、でどう?」


「いいね。あ、呼び捨てとか気になったりする?」


「気にならないけど他候補で私を呼んでみてくれない?」


 彼女の要望は可能な限り叶えるのが彼氏の務め。

 このくらいお安い御用だ。


「鈴ちゃん」


「これだったら呼び捨ての方がいいな」


「鈴さん」


「距離感じちゃうから二度と言わないで」


「お鈴」


「まぁうん。そう呼ばれてた時期もあったよ」


「鈴りん」


「それは初めて言われた」


「りんりん」


「パンダかな?」


「ベル?」


「ふふっ。なんで疑問形?」


 笑ってくれたけど俺にあだ名を考える才能がないことは分かった。

 告白の時、下手になにかアレンジを加えていたら失敗したかもしれない。


「まぁ、うん。鈴」


「なぁに?」


「呼びたくなった」


「勝手だなあ。その勝手が許されるのって世界に一人だけなんだよ」


「そっか。じゃあ俺もたった一人にその権利あげちゃう」


「いいの? 用もないのに呼びまくっちゃうよ」


「鈴」


「洋くん」


 俺達は二人で見つめ合い、タイミングを合わせたかのように同時に笑う。

 無駄に名前を呼び合うだけなのにどうしようもなく楽しかった。

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