共通② 踏み込んだ世界は存外楽しくて

 次の日の学校。

 朝のホームルーム前の教室でスマホの画面をいつもより真剣に見る。


「おっす洋一。ファッション系? なんか新しい服買うのか?」


「まぁな」


「何、彼女でもできた? お前が電車で女子と会話してたって目撃情報があるんだけど。それも可愛い娘の二人組と」


 クラスの男連中の視線が俺に集まるのを感じる。

 分かるよ。抜け駆けは許せねえよな。


「義足の娘の噂聞いたことあるだろ。その娘に席譲ろうかって訊いたら立ってた方が楽だからって断られてたの」


 義足の人に立たせて俺は座っているという状況に罪悪感がひしひしと湧いてきたが気を遣わせる訳にはもっといかなかったのでそこでその話は終了。

 クラスが違えど会うには会うんだよなぁ。

 ここで朝の電車の時間と車両を変えるのも不自然だし、逆に変えられたら泣くかもしれない。


「あーそういう」


「そこから発展するストーリーをちょっと期待してたんだけどな」


「断られたんじゃもう次はねえよ」


 集まっていた視線が霧散した。

 まぁ気になるよな。

 だからこそ当然のように事実の一部だけを言ってやったぜ。


 別に隠さなくても良い気もするけどなんとなく気恥ずかしい。

 それに付き合った、までいくと自慢したくもなるが現状連絡先の交換すらできていないのに言っても虚しくなるだけだ。


「なぁ」


「おう」


「例えばゲームのイベント行くとするじゃん」


「そっか。昨日だったな。どうだった?」


「楽しかったよ。それでさ、お昼ぐらいには終わる訳じゃん」


「で?」


「その時の服装はチェックのベス……チョッキでオタク丸出しファッションだった訳よ。流石にアニメTシャツ着てるとかバンダナは巻いてるとかはなかったけどな」


「ならそんなもんじゃね」


「実際俺みたいな服装多かったから安心感はあったよ。でさ。隣に水族館があるんだけど、そこにソロで乗り込んで女の子ナンパとかできたらなぁって夢見るのは普通だろ」


「まぁ、否定する要素はどこにもないな」


 話題を変えたかのように見せてるが実際は地続き。

 周りの男子もそれに気づかずうんうん頷いている。

 女子は心なしか冷ややかな目を向けてきている気がするが直視すると心が壊れかねないので無視。

 昨日の経験を経て俺は強くなった。


「そして自分の服装を見る訳だ」


「諦めてんじゃねぇよ」


 肩をすくめてさもこれが結論ですよと周りにアピールする。

 実際はその服装でナンパしそれ自体は成功したものの最後に駄目出しされて心にひびが入った。

 ただ田代さんの発言をよーく反芻すると"次"という言葉があったのでなんとか修復。その"次"がいつあっても良いようにファッションの勉強中だ。

 今俺が抱えている喫緊の課題では最重要と言って良い。


「ファッションセンスがほしい。女の子受けする奴」


「おう。気持ちは分かるが女子もいる教室ここでその発言をする奴には無理じゃねえかな。女子受けは恰好じゃなくて心だぞ」


 正論なんて聞きたくねぇよ。






 平日をファッションの勉強に費やし、来る土曜日にその服を買いに来た。

 ズボンをパンツと呼ぶのすらまだ抵抗があるがここで来ないとたぶん一生来ない。


 服を買いに来る服がない問題に直面したが水族館を着古した格好で回ることに比べれば大抵のことはなんてことない。

 近くのモールまで足を運び、とりあえず服よりはまず店頭のマネキンを見て回る。


 ほうほう。

 世間ではこんな格好が流行っているのか。

 最悪これをそのまま買えばいいかな。素人が冒険するよりは気に入ったマネキンをそのまま真似る方が無難な気がしてきた。


 俺がマネキンに魂を売ろうと考えていたその時、救世主が現れる。


「あれ、海藤君?」


 聞き覚えのある声に振り返るとそこには隠岐戸さんと田代さんがキョトンとした顔をこっちに向けていた。

 ごめん。田代さんの方はそこまでだった。相変わらずきつめの無表情。たぶんさっきまでは笑顔だったんだろうなぁ。水族館の時は最後の方ちょくちょく笑って見せてくれたけど今は固く口を結んでいる。


 二人とも先週とは違った格好。

 やっぱりおしゃれな人って普段からおしゃれだ。


 隠岐戸さんの今日のファッションはゆるっとした濃い緑のオーバーオールと薄い水色のTシャツ。

 今日は半袖で露出した肘から先がまぶしい。

 前回は気付かなかったけど意外とある方……なんでもない。


 田代さんの方は黒のロングTシャツの上から白のTシャツを着ている。

 黒のカーゴパンツも似合ってる。

 服はモノトーンでシックだけどポーチはピンクの可愛いやつだ。そのギャップがたまらない。


 俺?

 野郎の恰好なんて気にするな。

 先週よりマシ(なつもり)だがどうせ二人と釣り合うような恰好じゃねえよ。


「一人? あ、分かったナンパだ」


 黒歴史って消えないよなぁ。

 俺のキャラってナンパキャラで確定なんだろうか。

 でもそのおかげで美少女二人とお近づきになれたのだからひょっとしたらこのスタイル間違ってないのかもしれない。


「いや、ナンパするにはそれなりの恰好が必要と気付いてさ。ちょっと女の子受けするようなおしゃれ頑張ってみようかなって」


 錯乱中の俺はそんなことを返す。

 今週は平和に過ごせたし二人とも俺の悪評を流すような人じゃないって信じてる。


「そうなんだ。私達も服見に来たんだよ。良いのがたくさんあって目移りしちゃうよね」


「それが全然分からなくて。途方に暮れてる感じ」


 千里の道の一歩目が果てしなく重い。

 今までファッションセンスを問われる場面なんてなかったからなぁ。

 基本的に遊ぶといえばソロだ。

 それで充実していたから必要になるとは思わなかった。


「よし。じゃあ協力するよ。一緒に見て回ろっ!」


「……まぁ半分くらいは私にも責任あるしすずだけじゃ不安だからついていくわ」


 俺、たぶん前世で世界救ったと思う。

 記憶は戻ってないけどそうじゃないと説明がつかない。


「そうしてくれると嬉しいけど、良いの?」


「もちろんっ! えへへ。やったよ蘆花ろか。私たち逆ナン成功しちゃった」


「……それ私もなの?」


 ここで俺が睨みつけられるのは違うんじゃないかな。

 美少女に睨まれるのは役得だけどそれを悟らせてはキモがられるので自然体を意識しないと。


「人生の実績開放したかったらそうでいいんじゃない?」


「分かった。してないことにするわ」


 塩対応が返ってくる。

 でもこんな調子でも田代さん今から俺の買い物に付き合ってくれるんだよね。

 そら後輩にファンもできるわ。普通に格好良いもん。


「私人生初のナンパは海藤君で、人生初の逆ナンも海藤君だ」


 隠岐戸さんが嬉しそうに人生の実績を報告してくれた。

 そっか。俺だけかぁ。


「そりゃあ光栄だね。俺も人生初のナンパは隠岐戸さんで、人生初の逆ナンも隠岐戸さんだよ」


「お、じゃあ初めて同士。お揃いだね!」


 そもそも人と出かける経験があまりない。

 服を誰かと見て回るというのは発想もなかったけど友達同士で来るものだったんだな。男子もそうかは知らんが。


「女の子受けは分からないから私受けする服選ぶけどいいよね。なんてったって私も女の子な訳だし」


「おう、期待してる」


 なんとか平静に返せただろうか。

 隠岐戸さんが意気揚々とお店に入っていき、店内の服を真剣に物色し始めた。

 やる気満々だ。


「田代さん」


「……何よ」


「ちゃんと手綱握っといてよ」


 俯いて額を右手で抑えながら愚痴る。

 一週間かけて徐々に日常に戻ったというのにもう隠岐戸さんに中てられてしまった。

 これが理不尽だと分かってはいるがそろそろ限界が近い。


「貴方が勘違いしなければ良いだけ」


 残念ながらぴしゃりと返された。

 そうだね。田代さんはこんな人だったね。


「無理無理。女の子と5秒も目が合うとそれだけで魅了の魔法チャームかかるもん」


 防御不可だよ。

 こちとら女の子に耐性なんてないから精神抵抗ゼロだぞ。

 世の陽キャと呼ばれる人種はこれに耐えれるの?

 それホントに同じ人間?


「貴方、鍵を掛けずに出かけて泥棒に入られたら鍵を掛けなかった人を責めるの? 普通は泥棒を責めるわよ」


「ごもっともで」


 そうだよな。

 これで勘違いとかしてストーカーになったら俺が悪い。

 ちゃんと頭では分かってる。


 そんな俺を見かねた田代さんはため息をついて一言。


「はぁ。……仕方ないわね」


「ん?」


「こっち見なさい」


「……」

「……」


「……」

「……」


「……」

「……」


「……」

「……」


「……」

「……」


「はい5秒。どう? 鈴の分リセットされた?」


「どう考えても泥棒君らの方じゃん!」


 しかもそこで顔を赤らめながら逸らすのは卑怯でしょ!


 彼女たちは大変なものを盗んでいきました。

 私の心です。






「お! 似合ってるよ。ジャケットが良い感じ」


「馬子にも衣裳。ちょっと服に着られてる感があるわね」




「うーん。スラックスは悪くないんだけどなぁ」


「こっちの不手際ね。思ったより似合わないわ」




「これは……。確かに蘆花は好きそう」


「当たり。それにしなさい」




「じゃーん。次は私の好み全開!」


「貴方、嫌なら断ってもよかったのよ」




「よし。恰好よくなったよ」


「まぁ、そうね。正直見直したわ」




 あっちのあれを着てと言われればそれを着て、

 こっちのこれを着てと言われればそれを着る。


 マネキン買いなんてする必要なかったんだ。

 思えばここは学校の近所にあるし完コピすると二人にバレる可能性が高い。

 現にここで会った訳だし危ないところだった。


 彼女たちの着せ替え人形になるのはそれなりに楽しかった。たとえそれが隠岐戸さんの選んだ奇想天外と書かれて奇想天外(植物)がプリントされてあるTシャツだろうがどんとこいだ。

 服を選ぶというか、女の子にちやほやされるが楽しいんだよな。何着てもなにかしらリアクションしてくれるのはありがたい。

 まずは肯定してくれる隠岐戸さんと基本的に辛口の評価だけど二割くらいデレが入る田代さんのコンビはやばい。このままだと泥沼にはまりそうだ。


 調子にのって最後はポーズまで決めるようになってしまった。

 もちろん隠岐戸さんには拍手されて田代さんに馬鹿を見るような目で見られた。


 そんな彼女たちに5パターンほど見繕ってもらい、予算の関係もあってそのうちの三組を買うことに。

 今着ているのは一番反応が良かったもので購入と同時にタグをとってもらった。

 他の服は着てきた服と一緒に紙袋の中だ。


 全部合わせるとやっぱり高かったが日用品ということと、あと臨時の小遣いが出た――オシャレに無頓着だった俺がようやく外に目を向けるようになったと母親に喜ばれ出してくれることになった――から支払いはスムーズにできた。


「あと靴が不満だけど、まぁ今日は良いでしょう」


 靴も採点対象なんですか田代さん!?


 そういえばこれいつ買った奴だ? 足の成長期とかだいぶ前に終わったから……。

 やばい。よく見ると結構ボロボロだ。

 どのくらいボロボロかというと隠岐戸さんからフォローが入らないくらいボロボロだ。

 困ったような顔で笑ってるけどそれ相当だぞ。自覚しろよ、俺。




「どうかな?」


「うん。可愛い。さっきまでみたいなストリート系も良いけどガーリーなのもすごく似合う」


 俺の買い物が終わったということで今度は二人の買い物に付き合うことになった。

 もちろん異論はない。


 試着室のカーテンが開くとそこにはひらっひらの黒のフレアスカート、それも丈が短いミニのものを穿いた隠岐戸さんの姿がある。

 上はさっきまでと同じ薄い水色のTシャツだ。

 トップスは変わってないはずなのにスカートになっただけで随分印象が変わる。そりゃあオーバーオールとミニスカートでは全然違うけどそれでTシャツから受けるイメージも随分違ったものになった。


 露出が増えて大胆になったことで魅力が三割増しだ。

 男だからね。仕方ない。


 ちなみに待ってる間に二人が俺の靴を気にした理由が分かった。カーテンの外に靴だけポツンと残るんだ。これは目立つ。

 一人だったら待つ間ドキドキしっぱなしだったろうけど隣に田代さんがいてくれて助かった。たとえそれが除き防止を目的とした監視だったとしてもむしろその方が安心できる。


 俺は服装を褒められて嬉しかったからそれを返すためにも隠岐戸さんを褒めまくりたいけど如何せん語彙が急に増えはしない。

 二人っておしゃれだけじゃなくてコミュ力もバッチリだったんだなぁ。


「視線がいやらしい。正直に応えなさい」


 これはきっとそういう発言を期待されてるんだと思う。

 だから俺は悪くない。


「ちょっとジャンプとかしてほしい」


「ヘンタイ!」


「あははっ。流石にジャンプはしないけど、じゃあこういうのはどう?」


 隠岐戸さんがその場でくるっと一回転。

 その回転に合わせてセミロングの髪と一緒にスカートの黒いヒラヒラが宙を舞う。サービス精神の塊と言って良い。

 もちろんスカートを抑えながらだから期待したようなアレはないけどそれでもこれはテンションあがる。


「ちょっ!!」


「さいっこう!」


 田代さんが慌てた声を出すも隠岐戸さんはニッコリ笑顔を返すだけ。

 誰も自由奔放に振る舞う隠岐戸さんを止められはしない。


「あーもう。転んだらどうするのよ」


「え、起き上がれば良いんじゃない?」



 …………。



 二人の間に沈黙が走る。


 これあれだ。余計なこと言ったパターンだ。

 たまにあるんだよな。自分が失言したことは分かっても何が悪いか分からないこと。

 水族館の時は起こらなかったから油断していた。


 こういうのがあってコミュニケーションに消極的になってますます人と話さなくなるんだよなぁ。

 そして忘れた頃にまたやらかす。悪循環の完成だ。

 俺がソロ活動を好むようになった理由でもある。


 いやいや、諦めるな俺。

 ここで手を伸ばさないと彼女たちとの縁が切れてしまうぞ。

 それは嫌だろう。


「あ、ごめん。そりゃその恰好で転ぶ訳にはいかないよね」


 考えた末の結論はこれ。

 スカートなんて穿いたことないから気付かなかったけど、そうだよスカートって防御力低すぎじゃん。

 ジャンプでどうこうなるとは思わないけど転んだらきっと下着が見えてしまう。

 最初はオーバーオールだったんだから見られても良いの穿いてるとも思えないし完全にデリカシーがなかった。


「ふふっ」


 隠岐戸さんが噴き出す。

 そこまで悪いようには感じないけど俺の発言が何かを外したのは分かる。

 でも雰囲気は明るくなったからこれを正解にしたい。


「そうだね。転んだら大変なことになっちゃう。海藤君的にはそっちの方がよかった?」


 いたずらっぽく笑って揶揄からかってくる。

 下手に返してまたあの沈黙になったら怖いから手を上げて降参。


「勘弁してください」


 こういう話題で男が勝てる訳ないんだよなぁ。

 女の子が笑ってるうちに終わらせないと人生詰む。

 ここは平謝り一択だ。まだ手遅れじゃありませんように。


「これやっぱり可愛いなぁ」


「似合ってるし気に入ったなら買っちゃえば?」


「うーん。まぁやめとくよ」


 値段も手ごろだったし少なくとも買う候補にして良いと思ったんだけどどうやら買わないらしい。

 でも女の子の買い物って長いって聞くしなぁ。

 こうやって見て回るものなのかも。


「それにスカートはやっぱり抵抗が、ね」


「あの……。この度は大変申し訳なく思っており  「待って待って違う! 海藤君が思ってるのとは違うから」 」


 土下座をしようか迷ってると慌てた様子で俺の謝罪をインターセプト。

 そしてさっきの沈黙の理由も併せて教えてくれた。


「足、こんなだからさ。短いスカートは抵抗あるの」


 右足を指して言う。

 今は当然義足が丸見えの状態。

 そう言えば最初に会った時は怖がらせてしまうからと多目的トイレを利用しようとしていたことを思い出す。


「私は膝を曲げれるからだいぶマシな部類のはずだけど、それでも起き上がるのにハンデがあることは変わりない。だから転んだら起き上がるの手伝ってくれると嬉しいなっ」


 やっぱり俺にはデリカシーがないらしい。

 制服の時だって長めにしたスカートと義足の上から肌色のストッキングを被せて目立たないようにしていた。

 だから知らないと分からないくらいに溶け込んでいて電車の中で思わず凝視してしまったことを思い出す。歩き方もそういう目で見ると変だけど一緒に過ごすうえで違和感になるかというとそうではない。


「いや、女の子が転んでたら手を差し伸べるのは普通だって。だから隠岐戸さんだろうが田代さんだろうが助けになれるならなりたいよ」


 昨今はそういうのも難しくなったけど、もう友達と呼んでも大丈夫な仲だし大丈夫なはず。

 彼女たちがそういうのを嫌うようなら今日はなかった。

 でもできれば転ぶなら下着が見えないタイプの服装が良いな。もし見えちゃったら気まずくなりそう。


「うん。その時はよろしくね。やくそく」


「分かった。やくそくね」


「スカートは穿いてみたかっただけで最初から買うつもりはあんまりなかったの。お店にもちょっと申し訳ないや」


 事情が分かればなんてことない。

 義足って物理的な問題以外も大変なんだなとちょっと思う程度だ。

 せめて俺は何も気にしないようにしよう。


「パンツスタイルもいいけどたまにはこんな感じの可愛い恰好も良いなぁ」


「「っ」」


 後ろを向いて姿見を確認しながらポーズをとっている。

 どうでもいいけどズボンのことをパンツって呼ぶのはこうやって自然に女の子の口からパンツって言わせたい人が流行らせたんだと思う。

 だって俺一瞬ドキッとしたもん。


 田代さんも同じタイミングで反応していたし同じ気持ちだと思う。

 でもそこをつついてセクハラするのはたぶんアウトなので気づかないフリだ。

 君子危うきに近寄らず。


「じゃあそのスカート姿は貴重なんだ。田代さんはともかく俺に見せて良かったの?」


「何言ってるの? 海藤君だから見せたんだよ」


 今俺は口説かれてる。

 だってこんなに距離感近い子がいる訳ないじゃん。

 男女間で友情が成立するはずない。


 待て待て待て。

 やっべぇ今何考えてた?


 ここでうっひょひょーいすると退かれて嫌われて一刀両断されて終わりだぞ。

 落ち着け俺。サルとヒトが恋仲になる可能性は限りなくゼロだがヒト扱いされているうちは希望があるぞ。


「うん。すごく可愛いよ」


「えへへっ。おしゃれって自分のためにすることも多いけどやっぱり見てもらって褒めてもらうのも気持ち良いね」


 俺の言葉で笑顔を浮かべ、スマホを取り出して自分の恰好を写真に収めている。


 ……。

 駄目だ。これ以上はもたない。


 よし、矛先を変えよう。


「だ、そうだよ。田代さんも何かスカート系穿いてみたら?」


「お、良いねぇ。蘆花って普段スカート穿かないから私も見てみたい」


「ちょっ」


「え、そうなの? 絶対似合うのに」


「似合わないっ。絶対穿かないからね!」


――絶対穿かせたい。


 その時、たぶん俺と隠岐戸さんの心は一つになった。




 人が二人いればその間に力関係が生じることはよくあることだ。

 一方が引かなければ一方が折れなければならない。


 隠岐戸さんと田代さんの場合、パワーバランスは隠岐戸さんに傾いている。

 という訳で逆らいきれなくなった田代さんがカーテンの向こうで着替えをすることになるのは目に見えていた。


 赤チェックのプリーツスカートを持っていったからそれを穿いて出てくるはずだ。

 隠岐戸さんにへそ出し前提のTシャツと足をこれでもかと見せるためのショートパンツだかホットパンツだかを妥協案として見せられた後は観念して自分でスカートを選んでいた。

 たしかにこれなら制服のスカートと似てる(制服は緑系統)しまだ抵抗が少ないようだ。


 でも俺は隠岐戸さんが選んでた露出過多の恰好でも全然良いと思う。


「蘆花~? まだ~?」


「隠岐戸さん。今きっと田代さんは鏡を見て可愛い感じの、例えばカーテシーの練習とかしてるんだから邪魔しちゃ駄目だよ。」


「そっか。ごめんねー蘆花」


『黙りなさい』


「どうせ可愛いんだから素直に出てくれば良いのに」


「ホントだよ。蘆花ったらいつまで分かり切ったことを先延ばしにしようとするんだろうね」


『~~~~』


「まぁあのカーゴパンツの時から可愛かったけど」


「だよね。蘆花は格好良い系を目指してるみたいなんだけど、小物とか仕草がいちいち可愛いから逆効果なんだよね」


「え? そう? 可愛いが上限振り切ってるのはその通りだけど格好良さで言っても相当じゃない?」


「まぁそれはそうなんだけど」


「正直格好良さでも田代さんに勝てる気しないよ俺」


「それは蘆花を贔屓目で見すぎじゃない?」


『二人とも、もう開けるわよっ」


 耐えきれなくなった田代さんがそう言ってカーテンをシャーッと開け放つ。

 普段の凛々しさは鳴りを潜め、ただひたすらに可愛いを体現した美少女がそこにいた。


 上はさっきと同じ白いTシャツの袖から黒い長袖が出ているスタイル。

 そしてプリーツスカートはなんと膝上まで上げていた。


「「可愛い」」


「お、お世辞は良いから」


「分かった分かった。お世辞抜きに言うとめちゃくちゃ可愛い」


「可愛くないっ」


「いやいや、鏡見たでしょ」


「いいい言っとくけどカーテシーなんてしていないからねっ!」


 あれ冗談だよ。

 本当にしてると思ってないって。

 そんなに慌ててると事実みたいに見えるよ。


「え。でも練習してないといざという時下着見えちゃうかもじゃん」


「大丈夫だったもん。……あっ」


 ……してたんだ、カーテシー。


 隠岐戸さんの誘導尋問に簡単に引っかかり、顔を羞恥で赤く染める。

 この空気どうしよう。


――助けて、隠岐戸さん


 隣の少女にアイコンタクト。

 しっかり頷いてくれた。


「蘆花」


 隠岐戸さんが話しかける。


「鈴~」


 田代さんは目を潤ませ、力なく親友の名前を返す。

 小さな体躯が庇護欲をそそるというか、さっきまでのボーイッシュさが消えて可愛いしか残ってない結果それはとんでもない破壊力をもっていた。


 そんな感じで隠岐戸さんに助けを求めた田代さんは


「一緒に写真撮ろっ。そのカーテシーのポーズで!」


 すぐに裏切られた。





「今日は良い日だったなぁ」


 スマホの画像フォルダを眺めながら一日を振り返る。

 そこにはノリノリでカーテシーをする隠岐戸さんと、同じ動作をしながら涙目でこちらを睨みつけてくる田代さんの姿がある。


 撮影者はもちろん俺だ。

 その場でグループチャットを作りその写真を共有。

 他に変なもの撮ってないかと詰め寄られたけど俺の写真フォルダはほぼ空だ。

 疑われても証明は簡単。

 この写真も消されそうだったけど拝み倒したり褒めちぎったりあらゆる言葉を尽くして勘弁してもらった。


 そしてその過程で意図せず二人の連絡先が手に入ってしまった。

 水族館の時はヘタレて聞けなかったんだよなぁ。


 自惚れじゃなければ彼女からの好感度は高い。

 ただし今すぐ告白して恋仲になれるかといえばまだ微妙だろう。

 なにせまだ二回遊んだだけ。

 それ以外の接点はほぼない。


 だけど遊びに誘うくらいならできる。

 多分三人で遊ぼうと言えばのってくれる気がする。


 でもそれだと本当に友達で終わってしまう。

 確かにいきなり恋人になってくださいは性急過ぎてできないがそれでも俺のことを男として意識させたい。






 そう考えた俺は


>今日は楽しかったです

>今度は二人きりで遊びに行きませんか?


と言うメッセージを



------------------------


→隠岐戸鈴に送る


 田代蘆花に送る


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