ソロ充を気取ってた俺が義足の女の子をナンパしたことをキッカケにしてリア充になる話

薬籠@星空案内人

共通① 陽の当たる場所も楽しそうだったから

 GWが終わったら次の祝日が7月までないのは祝日法の重大な欠陥だから法改正が必要だと思う。

 ただ、残念ながら高校1年生には選挙権がないのでどうしようもない。大人しく諦めよう。


 という訳で祝日のない6月、とある日曜日、好きなゲームの小規模のイベントが地元であったからちょっと覗いてみた。

 もちろんソロだ。


 ゲームだとフレンドはいるんだけどチャットとかはしない。互いに救援を送るのみだ。

 ゲームをやっている時はその距離感が心地よかったのだけれども、いざこういうリアルイベントとなると一人は寂しい。

 でも単なるフレンドに一緒にいきませんかと言えるなら普段から無言プレイなんてしていない。

 何人かのフレンドはプロフィール欄にイベントいきますなんて書いているが俺のプロフィール欄は"よろしくお願いします。"の初期状態。いや、初期状態から書き換えようのミッションをクリアするために"まる"をつけ加えた。


 同じクラスの友達に勧めたこともあったが結果はこの通り。

 そもあんまり友達いなかったわ。


 ほしいものがあって売り切れ前に買いたかったので開始時間の十分前くらいに会場に到着。

 既に列が形成されていて、むしろ後発隊だったかと嘆いたけど待ってる間に列は倍以上になった。こんなにこのゲームをやる人がいるのかとちょっと感動。俺の周りはゼロなんだけどなぁ。


 俺はここで前や後ろの人に話しかけるような生態じゃない。

 一人寂しく、というにはちょっと楽しみ過ぎた感がある。結構満喫できた。


「さて。今日この後どうしよっかな」


 そこまで大きな会場じゃない。

 全ての展示スペースを見終わって、目当ての商品も買ってまだお昼前。


 正直時間が余った。

 なのでとりあえずハンバーガーで腹ごしらえしつつ、隣の建物を見る。


 そこにあるのは大きめの水族館。

 ゲームのイベントにはソロでもいけたが水族館はどうなんだと及び腰。思わず独り言も出てしまう。


「まぁいいや、これも経験。学割もあるしな」


 水族館にプライベートで行ったことはない。校外学習くらいだ。

 うちの高校の校外学習に水族館があるかは知らないがかぶったところで楽しめなくなる訳じゃないだろう。

 今日の目的は果たしたしあとは帰るだけ、でもいいんだけどそれじゃあ味気ない。


 それよりは水族館を見て回った方がいいと結論づける。

 初夏とはいえ結構暑かったからこの時点でだいぶ頭をやられてたんだと思う。






「若いんだからさっさと譲りなさいよ」


 入って秒で後悔するとは思わなかった。

 高齢女性が女の子を叱責する声。人の怒声ほど気分を害するものはない。たとえそれが自分に対しての罵詈雑言でなくともだ。


 状況的に見て、多目的トイレを利用しようとした俺と同じくらいの年の女の子を責め立てている感じだ。

 正直気分が悪い。


「はいはい。愚痴なら俺が聞きますよ」


 なんで俺がと思いたいが女の子(結構可愛かった←重要)が怒られているのをただ眺めるよりはマシだ。

 そう思って女の子を後ろに庇うように立つ。


「あんた何?」


「野次馬。大注目ですよ」


 少しオーバーに辺りを見渡す。

 目を逸らす人と逸らさない人が半々くらい。


 そして気づく。

 やべえ女子トイレの列だ。すっげえ居心地悪い。


 だが俺以上に居心地が悪かったのか、そそくさと多目的トイレの中に消えていった。

 いや、トイレに行きたいならそれが最優先だろなんで人に構う余裕があったんだあの人。


「あー。ごめんね。巻きこんじゃって」


「いや、えっと。災難だったね」


「ううん。トイレそのものに用事があった訳じゃないから私も悪いし」


「ん? じゃあなんで?」


「ちょっとこっち来て」


 腕を引かれて近くの椅子へ。

 二人並んで座ると女の子が右の靴を脱ぐ。


「え!?」


 何が起こった?

 目の前の事実に驚き、そして。


「これ、持ってて」



 を渡された。



 重さはそれほどない。

 いや、足なんて持ったことがないからこれが重いのか軽いのか分からない。

 いやいや、本物と比較してどうしようっていうんだ馬鹿か俺は。

 いやいやいや、あんまりじっくり鑑賞するのも失礼じゃ。


「ありがと。、珍しい?」


 首をかしげながら鞄からウェットティッシュを取り出して足先――ふくらはぎの中間くらい――を拭く。


 なかなかエッチ。

 ……しょうがないだろこんなもんだよ男子高校生なんて!


「初めて持ったよ」


 顔に出てませんように。


 というか義足か。

 珍しいか珍しくないかで訊かれたら当然珍しい。

 でもクラスが違うけどうちの学年にも一人いたな。

 小耳に挟んだくらいで確証はないけど女子で可愛いと評判だったはず。

 ただし俺にはその噂を確かめるだけの度胸も行動力もなかった。


 改めて彼女を見る。

 セミロングの髪に整った顔立ち。

 少し硬く結んだ口元から右足が汗で不快だったのが分かる。


 白系のTシャツに黒のアウター。ここは結構クーラーが効いているからか長袖。ストリート系って言うんだっけか?

 少しダボっとしている紺のチノパンは今右足の部分が膝近くまで捲られていて、いけないものを見ている気分だ。

 でも切断面がどんななのかは興味あるな。


 見覚えはあるようなないような。

 義足なんて他にいる?

 意外といるものなのかも?

 そもそも気づかないか。現に俺は彼女が義足を外すまで気付かなかった。


 いいや、同い年くらいだし一応聞いてみよ。

 違ったところで大したデメリットはない。


「あの。ひょっとして西高? だったりする?」


「え、今更? 電車で一緒の車両だし気づいてたんじゃないの?」


 えぇ……。

 通学中の電車でスマホ画面以外を見る奴いる?

 仮にいたとして、俺あんまり人間を個体として識別してないんだけど。

 服と髪型が違えば別人でしょ? 制服を脱いだら同じ学校かどうかすら分からん。

 俺アニメでもヒロインを髪の色で認識してるよ?


 まぁいいや。

 同じ学校の生徒を見捨てなくて良かった。

 流石にそれは寝覚めが悪い。


「義足って蒸れて気持ち悪いんだよね。まだ慣れてない所為かもだけど。義足外すと怖がらせちゃうことあるから人目につかないところで脱ぎたかったんだけど、まぁこの列を素通りで飛ばせないかなって打算はあったから言い返しづらかったんだ」


「あー。これひょっとして義足アピール?」


「そ。一人だとまた難癖付けられそうだからもうちょっとだけ傍にいてね。関わった責任」


「もちろん」


 ハキハキと言葉を交わすがやっぱり怖かったのだろう。

 少し声が震えている。

 この状態の同級生を放っておけるわけがない。


 足を拭いている最中、ふいに顔を上げた。


「あ、でも彼女さんに悪いか」


「精神攻撃はNG」


 生まれてこのかた彼女なんていたことがない。

 最近はラブコメも舞台が異世界に移行しているし現実世界で恋人とかフィクションですら希少だ。


「え、じゃあ友達と? あんまり男の子同士でこういう場所くるイメージなかったなぁ。あ、それとも家族と?」


「いや。どっちも違うよ」


「? 誰と来たの?」


「ソロだけど?」


「……なんかごめんね」


 精神攻撃はNGって言ってるだるぉ↑↑↑。


 そんなにお一人様が珍しいか!

 言っとくけど義足の方がよっぽど珍しいからな!


 ……だよな? な?


「まぁメインの用事は隣の建物でやってたゲームのイベントだよ。そっち終わって暇だからこっち来た」


「あー、そういう。大丈夫だから、ね」


 まぁ俺だって水族館ソロは怯んださ。

 昼に食べたハンバーガーとは訳が違う。

 基本的にソロ活動自体はそれほどでもないんだけど、この周囲の憐憫のような目はかなりつらい。

 イベントでもぼっちだったのがここにきて追加ダメージを発生させた。


 そして俺はこの状況に対するバカみたいな解決策を思いついてしまった。

 窮鼠猫を嚙む。追い詰められた鼠は何をするか分からない。


「あ、じゃあナンパOK?」


 天災的な発想により、一人じゃなくなる方法を実行。

 振り返ったら死にたくなるから前だけ見て生きていこうと思います。






「あ、蘆花ろか。ナンパ除け捕まえたよ。一緒に回ってくれるって」


 トイレから出てきた彼女の連れと思われる人(たぶん同級生だけど面識はない、……はず)と合流。

 ショートヘアの女の子がちょっと不思議そうな目――言葉を選ばなければ不審者を見る目そのもの――でこちらを睨ん……見つめてきた。


 俺は何故気づかなかった。

 彼女が一人で水族館に来た訳ないだろう。その発想すらなかっただぞ。


 そしてこれはナンパ成功と言えるのか。

 見ようによっては両手に花だが男として見られているかは結構微妙なところだ。この花が百合だったら俺大罪人じゃん。


「誰よそいつ」


 当然の疑問。

 女の子二人で遊ぶなら事前にナンパされてOK出すかどうかを共有しとくのもありじゃないかなぁ。

 元凶にそんなこと言われたくない?

 だから黙ってるんだよ。


「誰って……。そういえば誰?」


「なんでそれを知らないのよ」


「あ、同じ学校ではあるよ」


 そういえば自己紹介すらしてなかった。

 針の筵でもめげずに口を動かす。

 今日の俺は無敵の人。水族館ソロの実行者だぞ。


海藤かいどう洋一よういち。一年A組」


「海藤君ね。私は隠岐戸おきどすず。F組だよ。よろしく!」


「……田代たしろ蘆花ろか。田代さんでも田代様でも好きに呼んでいいわ」


 田代さん小柄な方だから様呼びは似合わないよ。

 田代さんが根負けするまで田代様と連呼したい衝動に駆られたがここで好感度調整をミスると学校に居場所がなくなりそうなのですんでのところで口を噤む。

 こと学校において女子に政治力で敵う男子なんていないんだよなぁ。

 ただでさえナンパなんて軟派なことをしているのにこれ以上社会的に抹殺されるリスクを背負しょいたくない。


 無敵の人どこ行ったって?

 無敵なのは今日の俺だけなんだよ。


 笑顔で迎え入れてくれる隠岐戸さんとキツめの表情でこちらを最警戒の田代さ……んが対称的だ。


 その田代さんの服装はというとジーンズに白のTシャツと黒のジャケットを合わせている。隠岐戸さんとお揃いコーデだ。

 二人とも可愛いのはもちろんだけどそれに加えて格好いいを狙ったカジュアルファッションが様になっている。

 あんまり認めたくはないが俺より断然格好いい。


 オタクイベントなんだからオタクファッションでいいやとヨレヨレのチェック柄を着て家を出た自分を殴り飛ばしたい。

 そんなんだからこんな突発イベントで恥をかくんだぞ。でもイベント発生させただけ偉い。


「あー。隠岐戸さん、田代さん。よろしく」


 話もまとまったので立ち上がって隠岐戸さんの方に手を伸ばす。

 もう義足は付け終わっており、あとは立つだけなんだけど義足だと難しいかなと思ってぱっと差し出した。

 ごめん、そっちの理由は建前。本当はただ女の子と手を繋いでみたかっただけ。


 そしてその直後に後悔する。

 これは普通同姓である田代さんの役目だろうと。

 少なくともあったばかりの異性がやって良い行動じゃなかった。キモがられる前に慌てて手を引っ込めようと……



「ごめっ  「ふふっ。ありがと!!」  」



 手を引っ込めようとした俺より早く隠岐戸さんが俺の手を掴んで立ち上がる。

 ガッツリ体重が加わったのでそれを支えるためにそれなりに力をいれて握りかえしてしまった。

 隠岐戸さんはそれに嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で答えてくれた。

 呆然とする俺を後目しりめに先に行ってしまう。


「蘆花、海藤君。行くよっ!」


 声を掛けられたけど放心状態の俺は手をぐーぱーさせて心の安定を図る。

 たったこれだけで俺の心臓は早鐘のように鳴り響く。

 女の子と手を繋いだのはいつぶりだろうか。

 記憶を探っても全然ヒットしない。


 そして近くにいた田代さんに一つ確認をとる。


「田代さん」


「何よ」


 そうそう。

 この貴方に気を許しませんよという距離感が今は嬉しい。

 別にヘンタイさんではないよ。


「隠岐戸さんってひょっとして誰にでもあんな感じ?」


「そうよ。鈴は誰にでもああだから勘違いしないように」


「……それ難易度高くない?」


「……。……そうね。少しだけ貴方に同情してあげる」


 ちょっとだけ田代さんが優しくなった。

 だからそうじゃない。






「私、男の子をはべらす快感を覚えちゃったかも」


「いやいや、女の子をエスコートするのもなかなか良いものだよ」


 一応理由はあるのだ。

 義足だと階段を下りるのは上るよりも難易度が高く、手すりや誰かに捕まった方が安定するらしい。下り坂も同様。

 実際田代さんもリハビリの時は階段を下りる補助をしていたとのこと。


 この水族館はまず初めに建物の最上階まで行って徐々に階を下りながら展示を見ていくという経路になっている。

 つまり下りの階段や緩めのスロープがいたるところにある。


 もちろん隠岐戸さんは自分で上り下りできる。

 これができないと日常生活に著しく支障をきたすし、そこまで大変なら学校になんて通えないだろう。

 電車通学してるみたいだし、多少無理すればできるラインはかなり広いと見て間違いない。


 でも


「海藤君、お願い」


 わざとゆったりしたスロープを避けて階段を選択し、さらに俺を呼び出す。

 せいぜい三段くらいの階段。しかも手摺だってある。さっきまでは自分ですいすい下りていた。

 そこをつついてもいいけど今日の俺は女子と合法的に手を繋げるチャンスを逃すほど草食系じゃないのでほいほいと呼び出される。


「お手をどうぞ」


「うん。ありがとう」


 癖になったらどうしてくれる。

 責任とってくれるんだろうか。

 この場合責任を果たすためには付き合ってくれる以外にないと思う。

 駄目だ。頭は既に使い物にならない。

 元から? うっさい。


 自分の思考にツッコミをいれながら自分の嗜好をなんとか保つ。

 何回かの試行でこの支えるという動作が上手くなっていっているのが自分でも分かる。最初は単におっかなびっくり手を握っていただけで慣れてしまえば楽勝だ。

 もちろん慣れる気なんて全然しない。毎回毎回すっごく緊張する。至高への道は遠い。

 ……そろそろこの指向もいいか。


 ちなみに田代さんには死ぬほど睨まれてる。

 もうなんかいいや。

 がんばれ、学校での俺。


「羨ましい?」


 今日この役目を仰せつかったのは俺だ。

 普段は彼女なんだろうし今日くらい俺に譲ってくれても良いと思う。


「黙って」


「もー、二人とも。仲良く、だよ」


 俺と田代さんに取り合いされている現状が嬉しいのかニコニコしながら俺達をいさめる。

 場所が場所だけに大声を出す訳にもいかず、不機嫌をばら撒く訳にもいかない田代さんがだいぶ不利だ。


「二人とも、今のところどれがイチオシ? 私はねぇ、あの角が生えたお魚!」


「名前はテングハギみたいね」


 へぇ。

 隠岐戸さんあそこでテンション上がってたし楽しそうだったからどの魚のことを言っているのかは一発で分かった。

 そのテングハギという魚はマグロみたいにでっかい魚でもなく、ダンゴウオみたいにちっちゃい魚でもなく、いたって普通の、手のひらより一回り二回り大きい程度の魚だった。


 最大の特徴は頭に生えた角。

 ただし尖ってはない。先は丸っこくて武器としては使えないはずだ。長さもそれほどなかったし何のためについているのか全く分からない。

 たぶん可愛いからだ。


「ハギってことはカワハギとかの仲間? 確かにちょっと似てるかも」


「似てるだけみたい。カワハギはフグ目、テングハギはスズキ目よ」


「ほうほう」


 田代さんは気に入った魚の解説は全部読むタイプだ。

 対して隠岐戸さんは解説より水槽を見て楽しむタイプ。

 二人とも水族館好きなんだなって伝わってくる。俺みたいに突発的に来た人間とは違う。


「海藤君は?」


「俺はあのおっさんインストールしたサメかなぁ。なんてサメかは分かんなかったけど」


「あれね。遠目だったから私も分からないわ」


「仰向けに寝る魚がいたんだねぇ」


「もう野生には戻れないわね」


 大型の水槽の隅、ちょうどこちらとは対角線みたいなところでサメが寝そべって休憩していた。

 寝てたかどうかは分からないけど水槽の辺に沿うような位置でお腹をこちらに向けながらじっと横になっていた。

 しばらく目を離すといなくなっていたので死んではいない。

 ただ、もう一度見れないかなと最後にそこを見たら定位置とばかりに戻ってきていたので笑ってしまった。


「田代さんは?」


「……」


 なんかさっきと違う雰囲気で睨みつけられた。若干目が潤んでいる気がする。

 さっきまでは邪魔者を排除しようとする威圧。

 今は自己防衛のための威嚇。正直にいうと両手を広げたミナミコアリクイと同じくらいの可愛らしさがある。


「蘆花はね~」


「ちょっと鈴!」


「も~。早くしないと私が言っちゃうよ」


 仲良さそうでいいなぁ。

 今日の俺はこれを眺めるために水族館に来たのかもしれない。

 眼福。


「……ん」


「え?」


 いや、ごめんマジで聞き取れなかった。

 これ俺が難聴じゃない。信じてくれ。


「~~~~。だから! ペンギン! ペンギンが可愛かったの!」


「お、おう。可愛かったな」


 顔を真っ赤にして主張する。

 何か変なこと言ったかな?

 理由が分からない。


「どうせ私みたいに可愛げのない女に可愛いものなんて似合わないって言うんでしょ! 分かってるわよ!!」


「え、なんで? 田代さんこんなに可愛いのに」


「~~~~」


 なんかますます赤くなってる。

 え、これで可愛くないとかむしろ嫌味じゃない?


「まぁまぁ海藤君。その辺で赦してあげて。蘆花って中学じゃ格好いい先輩ってことで後輩女子にモテモテだったから拗らせちゃったの」


「鈴。もう黙ってて!」


「えー」


 気の抜けた、よく聞かなくても了承じゃない返事をして笑顔で押し切ろうとしている。

 その図太さ、ちょっと見習いたい。

 あと後輩女子にモテモテのところももうちょっと詳しく話してほしい。


「ちなみに海藤君。私は? 可愛い?」


 手をピースの形にして横に向け、目のすぐそばに人差し指と中指の先がくるようにポーズをとる。

 やめろよ。こちとら笑った顔を向けられただけで調子に乗る男子高校生だぞ。


「可愛いよ。二人とも可愛くて綺麗で格好いい」


 これもナンパした宿命と自分に言い聞かせ、恥を捨てて二人を褒める。

 実際女の子を褒めること自体が気恥ずかしいだけで嘘でもお世辞でもないからそこは気が楽だ。

 普段の俺だと話しかけるだけでだいぶハードルが高いが旅の恥は搔き捨て、もうどうにでもなれ。


 ……同じ学校だしそこそこの確率で会うことを今は考えてはいけない。


「えへへ。ありがとっ」


「るっきずむ」


「もぉ。蘆花はちょっとひねくれ過ぎ! こういうのは素直に受け取らないと」


「捻くれてる私は可愛くない」


「誰もそんなはなししてないでしょ!」


 むすっとした表情でも絵になるから美人は得だなぁ。

 絡み合ってる女の子が二人ともレベルが高いしずっと見てられる。

 なんて眺めてたら目があってしまった。


「あ、続けて」


「ヘンタイ」


 これに関しては返す言葉がない。

 俺から顔を逸らして隠岐戸さんの拘束から抜け出し、そそくさと次に行ってしまった。


「ごめんね。二人の邪魔しちゃったかも」


「大丈夫。あぁ見えてそこまで不機嫌じゃないよ。分かりづらいけど照れてるだけ」


 本当かなぁ。

 疑う訳じゃないけどすぐさま信じるのは難しい。


「蘆花は信用してない人と私を二人きりになんてしない。安心して良いよ」


 隠岐戸さんの目には田代さんに対しての確かな信頼がある。

 その説得力がすさまじい。


「じゃあ改めて、お手をどうぞ。我が姫」


「うん。ありがとう、私の騎士様」


 ただの階段を、カッコつけてエスコート。

 同じノリで返してくれたことは嬉し恥ずかしでちょっと顔を碌に見れそうもない。

 繋いでなかった方の手のひらを頬に当てて少しでも熱を逃がすけど残念ながら焼石に水だった。




 楽しい時間はあっという間。

 最後にお土産を買う売店にたどり着いた。


「なんか買うよ。今日付き合ってくれたお礼」


「おぉ! ありがとう。私ちょっとあっち見てくる」


「……」


 女の子だからなんかぬいぐるみ?


 値札を確認。一人一つずつくらいならなんとかなるな。

 イベントで目移りした時用に多めに財布にお金を入れておいて助かった。

 そもそもゲームという趣味は時間が吸われるだけで金はそこまでかからない。かけようとすれば青天井だが俺はそっち側じゃない。

 だから小遣いには余裕があるし、ここが使いどころということで未練なんてちょっとしかない。


 視界から隠岐戸さんを消さないように注意しながら店内を見て回る。


「これなんてどう?」


 ペンギンのコーナーがあったので田代さんにオウサマペンギンの雛のぬいぐるみを勧めてみる。

 親よりおっきい雛だ。ぬいぐるみだけじゃなく実際のオウサマペンギンの雛も成鳥よりおっきく育つ。

 最初は産毛がふわっふわで大きく見えてるだけだろうと思っていたけど体重も雛の方が重いらしい。


「いらない」


「そう言わずに。二人がいなかったら俺一人で回ってただろうしこれくらいお礼させてよ」


「そうじゃなくて」


 か細い声で何かを言いたげだったので言ってくれるまで待つ。

 20秒くらいかな。断った理由を教えてくれた。


「……その。も、もう持ってるから。……親子で」


 水族館ガチ勢だったか。

 さては今日が初めてじゃないな。

 二人してテングハギでテンション上げてた時にちょっと怪しいって思ってた。あれそんなに目玉になるような魚じゃなかったからな。二人がいなかったら普通に見逃していた。


「あー。じゃあこのタコは?」


「ん。それにする」


 適当に決めすぎな気もするがまぁこのメンダコ? というのは耳があって結構可愛い部類なので大丈夫だと思う。

 少なくともあっちで隠岐戸さんが見ているグソクムシよりは田代さんの趣味に合うはずだ。

 ……グソクムシを物色する女子高生。

 いや、趣味は人それぞれだしな。うん。


「ありがとう」


「だからこっちの台詞だって」


「そうじゃなくて」


 俺の言葉を遮る。

 少しだけ悔しそうな、でもそれ以上に嬉しそうな声。


「最初に言ったこと、訂正するわ。鈴は誰にでもあぁじゃない。いつもより楽しそうだった」


「っ……。それならいいんだけど」


「大丈夫。この私が言うんだから間違いないよ」


 だったら間違いないか。

 この二人の絆を疑うつもりは欠片もない。

 今日の俺はなんとか及第点くらいはとれたと誇っていいだろう。

 これは勘違いしても良いパターンじゃないかと調子にのろうとした瞬間。


「あ、でも次からは服装くらい気を遣いなさい」


 田代さんは最後に見事なオーバーキルを決めてくれた。

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