蘆花③ 私は幸せになっちゃいけないのよ
「もうすぐ暗くなるだろうし送ってくよ」
パンケーキを食べた帰り道。
俺の降りる駅はまだ先だけど田代さんと一緒の駅で降りて延長戦の申請をする。
今の時期は陽が長いけど暗くなる時はあっという間だ。
目を丸くして驚くけどその隙に電車の扉は閉まり発車してしまった。
ちょっと卑怯だけどこれで田代さんが断る理由が一つ減った。別に降りたのは俺の勝手だし次の電車もすぐに来るから簡単に断れるけど、その心理的な壁一つで容易く俺を受け入れてくれるくらいには信用を勝ち取れている自信がある。
「それに田代さんともうちょっと一緒にいたいし」
「調子に乗らないで。近くのコンビニまでよ」
「りょーかい」
口説き文句はにべもなく突っぱねられるが特に否定はされない。
別に嘘なんて吐いてないのになぁ。
いやまぁ、冗談っぽく聞こえるように言った俺が悪いか。
どこかで本気で伝えたいんだけどその勇気が出ない。
現状田代さんと一番近い男は俺だろうけどクラスが違う訳だし距離を詰める機会なんてそう多くはない。だから早いとこ関わる理由がほしいけどなかなかこれが難しい。
「こっちよ」
改札に向かう田代さんに半歩遅れて付いていく。
降りたことのない駅は少し緊張するが迷うような大きな駅でもないから大雑把にどの方角に進むのかだけを記憶すれば良い。
「少し遠回りしても良いかしら」
「もちろんオッケー」
「ちょっとカロリー消費を兼ねて散歩するわ」
「あ、うん。分かった。お供するよ」
誘ってる?
……訳ないか。
これが俺のもうちょっと一緒にいたいという言葉に応えるものだというのは流石に楽観的過ぎる。
でも、そうじゃなかったとしても嬉しいものは嬉しい。
田代さんだって人間だ。
なら、嫌いな人と一緒にいたいとは思わない。
一緒にいたいと思ってもらえるような人間であることに誇りを持とう。
「あそこ、アガパンサスが綺麗に咲いているでしょう」
「この青い花のことだよね」
「そうよ。通学路にもあるの知ってる?」
「……知らない。アジサイが咲いてたような気はしてるけど自信ないや」
「あるわよ。ガクアジサイと並んでたわ」
「ガクアジサイ?」
駅から続く散歩道を二人で歩く。
田代さんの暮らす街はニュータウンだったから歩道がそれなり以上に整備されていた。
途中でジョギングしている人がいたり飼い犬を連れた人とすれ違ったり追い越したり、近所の人達から親しまれていることが分かる。
途中に木製のベンチがあったのでそこに座ってスマホでガクアジサイの画像を見てみる。
あぁ、そういえばこんな感じの花があった……気がする。
あれ、アジサイってどんなだっけ?
「あっちのツツジは春に赤と白の花を咲かせていたし、この樹は葉っぱを見て分かる通り
銀杏は分かった。
ただ、緑の葉をつけたものは初めて見た――というよりは認識した。
桜の蕾は見たことないから反応に困る。
日々を漫然と生きてる男子高校生はこうであれ(願望)。
えっと?
確かこいつが、……アガパンサス? といったか?
カタカナの羅列を覚えるのはいつだって一苦労だ。
「ふふっ。私だって一年前は碌に花の名前を知らなかったわよ」
田代さんはどこか懐かしそうに語る。
今気づいたけど結構距離近くない?
隣に座って一つの画面を見てたんだから当たり前だけど意識した途端心臓が跳ね上がった。
「ここ、鈴のリハビリ代わりに使ってた道よ。だから身近になったの。今は普通に散歩コースになっちゃった」
俺の動揺を知りもせずに言葉を続ける。
このドキドキが伝わってしまったら距離を置かれるだろうか。
「なるほど。今みたいに途中で休憩できる場があるし散歩にはもってこいな道なんだ」
「そうなの。疲れたってことはなかったんだけど痛みが走ることはあってね。それにベンチや東屋みたいな休憩できる場所があるってだけでずいぶんと出掛けやすいのよ」
「どうせ散歩するなら殺風景な道よりそこかしこで花が咲いてる道の方が良いもんね」
そして散歩中に親しんだ花は記憶に強く残る。
通学路は移動する過程の場所でしかないのに対して散歩だとそもそもその場所を歩くことが目的だから周りの景色の重要度がまるで違う。
「そうね。だからたまにこうやって時間ができた時はこっちの道を使うの」
中央の足場でよく亀が日向ぼっこしている池、セキレイが虫を捕りに来る芝。
思えば散歩という行為をしたことは初めてだ。
これまで歩くという行為は単なる移動手段であって、だからそこに意味なんてなかった。
散歩が楽しいのか、田代さんと歩くのが楽しいのか。
どっちだとしても影響を多大に受けているのは違いない。そのことを好ましく思ってる自分がいて、やっぱり好きなんだなぁと再確認。
嬉しそうに話してくれる横顔にどうしても惹かれてしまう。
もう少しだけ、勇気を出して踏み込んでみようかな。
「じゃあ行こっか」
話が終わったタイミングで立ち上がって田代さんに手を伸ばす。
遠回しに、手を繋ごうと言ってみる。
もちろん恋人でもないんだし立ち上がる時の一瞬だけのつもりだ。
手が離れてくれるかという心配もあるがその時はその時、振りほどかない方が悪い。
ドキドキしながら田代さんの反応を待つ。
俺の手をとるために手を上げて……、引っ込めてしまった。
「相手を間違えてるわよ。こういうのは鈴にやってあげなさい。きっと喜ぶわ」
「今俺の前にいるのは田代さんだよ」
やっぱり駄目なのかな。
でも最初は手をとろうとしてくれたんだし可能性がゼロってことはないはずだ。
「誰彼構わずこういうことをするのは感心しないわ」
……。
ちょっとイラッとした。田代さんじゃなくて過去の自分に対してだ。
この壁を超えなければ俺の想いが届かないと言うのなら、今すぐそれをぶち壊そう。
「じゃあ、これからは田代さんだけにするよ」
「……だからそういう 「今日、楽しかったよ」 」
まだ冗談と思われているようなので間髪いれずに次の言葉を紡ぐ。田代さんの言葉を遮って俺の言葉を押し付ける。
欲が出た。もっとこうなりたいとかそういう綺麗なものじゃなくて、このままじゃ嫌だというマイナスの欲求。
「そう思えたのは一日中ずっと田代さんと居る事ができたから」
最初の一言が出た時点で堰は切られた。
もう引き返すことなんてできない。
「田代さんはどうだった? ひょっとして今日一緒に居たのは俺に付き纏われたから? 嫌々だったかかな?」
「そんな事ないわ」
「なら良かった」
いや本当に良かった。
ここでもし迷惑そうな感じで控えめに肯定されたらもう二度と勇気なんて湧いてこない。
「今日オープンキャンパスで偶然会えたからその後もカフェとか行けたけど、今度からは約束して会いたい」
生活圏が一緒なら偶然会うこともある。
だけど運を天に任せたままにする気は全くない。
「田代さんって隠岐戸さんを支えるというよりはただ自然に、当たり前に傍にいるからさ。そういう姿勢に憧れたからこそ俺は今日ここにいるんだ」
単なる同級生に尊敬の念を抱いた。
水族館で会った時は可愛い印象しかなかったけど、一緒に過ごすうちに可愛いがすごく可愛いに進化して、服や靴を真剣に選んでくれて、その過程で隠岐戸さんとの関わり方を知った。
「誰より可愛くて、誰より格好良くて、誰よりも素敵で、誰より情が深い」
突発的だけど関係ない。
欠片も誤解のないように、俺の想いを伝えたい。
「俺はそんな田代さんが好きなんだよ」
「ごめんなさい」
ノータイムでお断りの言葉が聞こえたがきっと気のせい。
じゃ、ないな。
俺はフラれたんだ。
ショックで言葉も出ない。
「え!?」
なのに驚愕の声が耳を打つ。
俺の声ではなく、同年代の女の子の声。田代さんではなく、田代さんと一緒にいる時によく聞く声だ。
「鈴!?」
「え、隠岐戸さん!? いつから!?」
「ごめんね。アガパンサスの
全く気付かなかった。
どうしよ。隠岐戸さん視点だと親友に悪い虫がつく寸前だよね。
気まずさを振り払うように話しかける。
「隠岐戸さん、どうしてここに?」
「ここ、私の散歩コースだからね。私としては海藤君がここにいることの方が驚きかな」
そうだった。たった今聞いた情報をもう忘れていた。
この場で異物なのは俺の方だった。
「えっと」
「ごめんね海藤君。ちょっと黙ってて」
「はい……」
女心は分かりづらいとは言うけど流石に怒ってることは分かる。
でも分からない。
「
「……」
隠岐戸さんの感情の矛先は俺じゃなくて田代さん。
この状況、俺に怒ることはあっても田代さんに怒ることなんてないんじゃないだろうか。
田代さんの目の前、ちょうど俺が告白した場所に立って田代さんを見下ろした。
「蘆花、どうして」
「何の、……話かしら」
「言っちゃっていいの?」
問い詰める隠岐戸さんがちょっと怖い。
普段の雰囲気と全然違う。
「私の所為なの?」
「……」
「この足の所為なの?」
「……」
何かを
「何度も言ってるけど、この足は蘆花の所為なんかじゃないんだよ!!!!」
詳しい事情は分からないけど田代さんは隠岐戸さんの地雷を踏んだらしい。
「海藤君!!」
「はい!」
「悪いけどまた明日。蘆花はこのまま貰ってくね」
「……うん。また明日」
手を振られて別れを告げられる。
言外に二人にしてというメッセージを受け取った俺にできることはなかった。
次の日の朝。
いつもの電車、いつもの車両、いつもの駅。
だけどいつもは二人が乗ってくるはずのホームに田代さんしかいなかった。
「おはよう」
「……おはよう」
電車の中では話しかけられなかったから降りた瞬間話しかけに行く。
残念ながら昨日中に仲直りはできなかったみたいだ。このタイミングで隠岐戸さんが別件でいない可能性は消えた。
「酷い顔してるでしょ」
「顔を上げてくれないと分からない、かな」
「……意地悪ね」
俺の方は一晩考えて冷静になれた。
仮にこの二人がもう絶対赦さないって喧嘩をしたとしてもその原因は悪意とか害意によるものとはどうしても思えない。
普段はウチの学校と最寄り駅が離れていることを不満に思っていたけど今日はそれに感謝する。
この電車なら遅刻の心配はないし、いつもよりゆったりしたペースで歩いたらいくらか話ができる時間を作れる。この状態の二人を放っておかなくて済む。
「気にしないでいいわよ。元から私達はこうなる危険性がずっとあったんだもの。今回のことはそれが表面化しただけ」
「なら良かった」
俺の発言がよっぽど予想外だったのか俯いていた顔を上げてこちらを見てくれた。
「俺は諦めないよ。二人が親友同士に戻るまでなんだってやる。俺が関係できるタイミングで助かった」
田代さんと隠岐戸さんの関係が完全に壊れてしまう前にいろいろ手を打てる。
昨日は感情がグチャグチャで何をすれば良いか分かったもんじゃなかったけど、優先順位を決めたらスッキリした。
隠岐戸さんと田代さんが喧嘩したままなんて絶対に嫌だ。
「……貴方は知らないからそんな未来を信じられるのよ」
「俺的には知ってるから信じられるんだけどね」
「もとに戻れる保証なんてどこにもないのよ」
「え、それ必要?」
田代さんが不思議なことを言う。
俺が憧れた人はそんなこと気にしないタイプだと思ってたけど案外自分のことを分かってなかったりするんだろうか。
「そんな保証なくたって俺は二人のために尽力するよ」
泣きそうな顔の田代さんを見過ごしたまま悠々と生きる選択肢はない。
「やめて。そんなことしても貴方の想いに応えることはできないわ」
「どうだっていいよそんなこと。俺が関わらないで二人の関係が元に戻るなら喜んでそうする。だけど少なくとも今の田代さんには任せられない」
俺の恋心なんて些細な問題だ。
もちろんこうしてフラれた後にこうやって話ができることが嬉しくあったりもするけれど二人が喧嘩していることの方がよっぽど大事だ。
既に可能性がなくなった俺と田代さんの関係と比べるまでもない。
「なら、どうして貴方はそこまでするのよ」
「好きな人達には笑ってほしい。普通の理由だと思うよ」
田代さんは俺の言葉を聞いてまた俯いてしまった。
俺の知らない情報を今の内に聞いておきたい。
「俺、今日の放課後隠岐戸さんに呼び出されてるんだけど何か伝えたいことある?」
「そう、なの?」
「うん。田代さんに内緒でって話だけど」
「……それなら私に話したら駄目じゃない」
「だって田代さんは秘密にしたいって隠岐戸さんの気持ちを無下にできないでしょ。だったら話しても話さなくても一緒かなって」
田代さんは知らなかったこととして行動できる。
なんにも問題ない。
あったとしても俺の優先順位はどっちかというと田代さん寄り。
何よりこんなに弱ってる田代さんを前に向かせないと始まらない。
「田代さん」
「……なによ」
「一限目、サボれる?」
どうしても放課後までにある程度状況を知っておきたい。
さっき田代さんに言われた通り俺が知らないことはたくさんある。
通学路じゃ話せないことを話してほしい。
とことん関わらせてほしい。
「分かったわ」
田代さんはしばらく考える素振りを見せたのち、踏みこむことを赦してくれた。
「貴方心臓に毛が生えてるの?」
「俺のやり方真似しない方が良いよ」
「しない……というかできないわよ」
担任の先生に、青春するので二人っきりで話せる場所用意してくれませんか、と訊いたら数学準備室の鍵を貰えた。
サボりとか不純異性交遊とかいろいろ言われそうだなとか思ってたけど俺の隣にいる田代さんの姿を見て察してくれたらしくすんなり場所を提供してくれた。
別に担任の先生に嫌われるくらいどうってことないと思って攻撃的な言い訳をいろいろ準備していたんだけど使う機会がなくて何よりだ。
アニメとかだと都合よく空き教室とかあるんだろうけど昨今の諸事情で使われてない部屋は全部鍵がかかってるから無理だ。謎の理由で合鍵を持ってたりもしない。
「オープンキャンパスの相談にのってもらったからそれが良い影響を与えたのか、
田代さんが隠岐戸さんといつも一緒にいることは周知の事実。そこから瞬時に何かあったということを悟ってもらった可能性を考慮する。
学校内に場所を貸してもらえなかったらそのまま帰ってただろうから話の分かる人で助かった。
準備室に入ると照明をつけて中央のテーブルの端に通学カバンをおいて椅子に座る。
田代さんも同じようにカバンを脇において俺の向かい側に座る。
こんな状況で思うことじゃないだろうけど6人で座れる席をたった二人で占有するのはなかなか気分が良い。
「ここでチャイムを聞くのも変な感じね」
「朝のホームルーム始まっちゃったね」
遅刻が確定。
ひょっとしたら保健室登校みたいな感じで温情があるかもしれないけど放棄。どのみち一限目の授業に行く気はない。でも田代さんに悪いし二限目には間に合うように話を終えたい。
「さて、俺達はただ授業を受けるより有意義に時間を使う義務が発生した訳だけど」
大丈夫? と語りかけるように視線を投げかける。
今から語られる話はそれなりに重い話になる。
「心配しなくても話すわ」
「じゃあお願い」
なるべく気負わせないように軽く言う。
思い出したくないであろう記憶を言葉にしてもらう。
「……」
唇を堅く結び、そのまま十秒。
その間なにも言わずに田代さんを信じて待つ。
「鈴の足を奪ったのは私なの」
第一声は罪の告白。
信じられないけどとりあえずそこには触れずに続きを促す。
それが本当とは全く思わないけど田代さんがそう思っているんじゃないかというのは昨日の隠岐戸さんの台詞から分かってたことだ。
「あの日。車が私の方に突っ込んで来てね。訳も分からず立ち
……。
多少覚悟していたとはいえやっぱりキツい。
けど本当に
それに予想していた状況の中では比較的マシな部類だ。
だというのに込み上げてきた吐き気を抑え込むので精一杯。
本当は田代さんを気遣って優しい言葉をかける予定だったんだけどそんな余裕は全然ない。
「鈴一人ならこうはならなかった。私の所為で鈴は足を失ったのよ」
罪悪感に耐えながらぽつりぽつりと状況を語っていく。
既に未来のアスリートと期待されていた隠岐戸さんが足を失ったという事実は大きく、小さくだけどネットニュースにまでなったらしい。
「鈴がいなかったら死んでいたかもしれない。だから私は一生をかけて鈴に恩返ししなきゃいけない、なんて思っててね。鈴はそれが嫌みたい。私の感情は重過ぎるって」
昔の喧嘩もそれが原因。
仲直りしたのは、田代さんの意識が変わったからじゃなくて、それを隠せるようになったから表向き不和がなくなっただけ。
それが昨日ひっくり返ってしまったという訳だ。
「昨日まで頑張って隠していたのだけれど、とうとう隠しきれなくなっちゃったわ」
献身と言って良いほどの行動は隠岐戸さんが命の恩人だからという理由からくるもの。
「鈴のことは大事に思ってる。だけど、私が鈴と一緒にいるのは償いのためなの」
「違う」
だけどその台詞は認めない。
もう黙って聞いてられなくなったので口を挟ませてもらう。
「いや、義務として隠岐戸さんを支えなきゃいけないって思ってるのはあると思う。そんな状況になったら誰だってそう。だけど田代さんはそれだけじゃない」
田代さんがそれだけの人だったら、俺は田代さんに憧れてない。
隠岐戸さんだって停戦したりしない。昨日まで二人の仲が決裂しなかったのは田代さんが上手く隠したからだけじゃない。
「隠岐戸さんが好きだから、そばで支えてあげたいんだよ」
俺のライバルは最初から最後までずっと隠岐戸さんだった。
ずっと観察していたけど二人の間にある繋がりは恋愛じゃない。恋人よりもずっと強固な絆で結ばれている。
たとえ昨日告白が成功して田代さんと付き合えたとして、田代さんが俺に使ってくれる時間は右足の有無と関係なしに隠岐戸さん以下であったことは確実だろう。
「……私もそう思ってたけど、自分でももう分からないわ」
俺の声が届かない。
そんなことは分かってる。
「まぁ確かに、出会ってそんなに経ってない俺に言われても困るよね」
「……」
「いや、そんな目で見られても。隠岐戸さんと行った水族館は義務じゃないし、ショッピングモールもそうだろ。ちゃんと田代さんも楽しんでた。隠岐戸さんを楽しませなきゃって感じはしなかった。俺の根拠はそんなところ」
だから二人の過去に問う。
あの時の想いは本物。そこに間違いはないんだ。
「ねぇ」
「うん?」
「たとえば今みたいに私と鈴が喧嘩していたら、鈴は水族館やショッピングモールに行ったと思う?」
「……? ……!?」
できるできないで言うなら多分できる。
でもわざわざするかと言われれば、しないんじゃないかと思う。
俺みたいに一人で出歩くタイプじゃない。足が不自由なら尚更だ。
「田代さんの他に、隠岐戸さんを誘う人は?」
「私がいないと難しいんじゃないかしら。皆知らないもの」
「……はぁ。 だよね」
義足のクラスメイトがいるとして、興味本位で近づく人は多いかもしれない。
隠岐戸さんは話してて面白いし学校で話す人も俺よりたくさん居そうだ。
放課後に寄り道するくらいなら楽しく過ごせるだろう。
だけど休日遊びに誘うかと言われれば、俺なら誘わない。
そんな漠然とした不安が一緒に行動することを躊躇わせる。
事実、田代さんと隠岐戸さんは水族館でもショッピングモールでも二人でいた。
「私以外にも鈴と二人で出かけることができるような人が現れるのを待っていたのよ。貴方がそうだと期待していたのだけど、ね」
過去の田代さんの発言を振り返ると、確かに隠岐戸さんとの関わり方を諭すようなものが混ざってた。
俺に期待してくれてたんだなぁ。
なのに俺は期待に応えることができなかった。
「貴方が好きになったのが鈴だったら、なんの問題もなかったのに……」
田代さんがため息のように力なく呟く。
俺に義足の女の子を誘う度胸があるだろうか。
そもそも女の子をデートに誘う時点でだいぶ勇気のいる行動だから足はあんまり関係ないかも?
むしろ嬉々として手を繋ぐ口実にしそうだ。でもちょっと自信ないな。自問自答しても答えはでない。
「私が鈴から離れたら鈴が不幸になっちゃう。それが分かっていて、どうやって鈴以外のことに目を向けれるっていうのよ」
田代さんが抱えていた問題は俺が思ってたよりずっとずっと重かった。
現状田代さんは隠岐戸さん以外を選べない。
だから好きでそれを選んだのか、選ばざるを得ないから選んでいるのかが分からないのだと言う。
「これで分かったでしょう。私は貴方の想いに応えられない。私は幸せになっちゃいけないのよ」
予想外のその言葉によって、俺の気持ちは随分と揺さぶられてしまった。
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