蘆花② オープンキャンパス

 憧れは自分を変える第一歩だ。

 それを原動力にどこまで変えていけるかは分からないが幸い高校生という立場だからこそ手頃な手段がある。

 という訳で思い立ったが吉日、田代さんとデート(俺視点)から帰った直後にオープンキャンパスの申し込みを確認する。



 検索対象は義肢装具士。


 あ、一番近いとこ隣の県だわ……。

 えぇ……。待って。国家資格の癖に義肢装具士になれる大学とか専門学校って全国に12校しかないの? しかも1校もう募集終了してるから実質11校じゃん。


 ちょっと待って決めたはずの覚悟が音を立てて崩れ去ったんだけどどうしようか。


 年収も全然高くない。そりゃそうか。客を選べる職が収入大きいのは当たり前で、義肢が高かったら色んな批判が次々にやってくるのは目に見えてる。客からお金をとれない以上給料も安くなるわなぁ。でもだからこそ隠岐戸さんが普通に過ごせている訳だ。難しい。


 やらない理由はたくさんある。

 やることによる利はあまり見えてこない。


 それでも自分から終わらせるのは趣旨に合わない。

 例え義肢装具士にならなくたって今この時期にオープンキャンパスに行ってみるのは糧になるはず。

 それに他学科の話も聞けるみたいだし行ってみよう。


「それに新しい服着るいい機会だしせっかく買ったんだからちゃんと着ないとな」


 オープンキャンパスの説明には制服でも私服でも良いとある。今までは制服一択だったんだけど今の俺は二人の女の子のおかげでおしゃれ度がちょい高め。気が大きくなっているだけかもしれないが着こなすには着慣れることも重要と理屈をこねて決心を固める。

 幸い次の日曜日が空いていた。

 決心が鈍らないうちに申込をしよう。






「なんで貴方が?」


「え!? 田代さん?」


 交通費が出るとはいえ隣の県まで出かけての唐突な再会。だけど場所が場所だけに妙な納得感がある。

 この学科は義肢装具士を目指すことに特化した学科。

 義足や義手を日常的に使う人と関わる機会がある人だけが来る場所だ。ソロでいることが多い俺の世界を基準にしていいかは分からないがそれでも田代さんのように義肢の人と友達という人がありふれているとは思わない。隠岐戸さんと知り合う前は義足なんて存在を朧げに知っているだけで興味も関心もなかった。漫画だと有名なキャラクターが何人か思い浮かぶけどそれフィクションだしな。


「奇遇だね。まさか田代さんがいるなんて思いもしなかった」


「私もよ」


「でもちょっと助かったよ。知ってる人が一人でもいると安心感が段違いだし心強い」


「そうね。私も貴方がいてくれて良かったわ」


 話しかけながら当然のように近くの席に向かう。

 嫌悪感は……よし、大丈夫そうだ。このまま隣の席に座ろう。

 ただオープンキャンパスに来ただけなのに俄然やる気が出てきた。


 普段はクラスが違うから同じ教室で授業を受けることはない。 

 いつもとは異なるちょっとした特別感を味わいながら始まるのを待った。






 指の模型を作る体験授業を終え、お昼ごはんを田代さんと二人で食べることになった。他の人も思い思いの人と一緒に食べ始めている。

 田代さんに近づく不届き者は一人しかいなかった。もちろん俺のことだ。


 昼食は持参とのことだったので弁当を作ってきた。

 田代さんも同じでピンクのこじんまりした弁当箱を取り出している。


 オンラインでの参加と迷ったけど勇気を出して現地のオープンキャンパスに参加して良かった。

 こうやって田代さんと一緒にお弁当を広げる機会なんて学校じゃそうそうない。


「田代さんって学校でも弁当なの?」


「そうよ。貴方は?」


「俺もだよ。ミニトマトとたまご焼きいれれば最低限カラフルになってくれるから重宝してる」


「私もその二つにはお世話になってるわ。一人で作ったの?」


「今日は早起きの必要なかったからね。といっても他は夕食の残りと保冷剤代わりの冷食詰めたんだけなんだけど」


 そして朝食は弁当のあまりだ。

 弁当に入りきらなかった具材を中心に、あとはインスタントの味噌汁をいれて完成。


「高校入学を機に弁当くらい自分で作ってやるって意気込んでたんだけど未だにお手伝いの範囲なんだよね。ご飯を移してたまご焼き作るのが精一杯。そもそも早起きが難しい。すぐに登校しなきゃいけない時間になる」


「良いじゃない。一緒に作るの楽しいわよ。私いつもは姉と作ってるけど今日は一人で味気なかったわ」


「あー。なるほど。まだそこまでの域には達してないかな」


 見方を変えると今食べてるのは昨日の夕食と今日の朝食の残りだ。

 代り映えしないメニューが気になってしまうというのは分かる。


「自分で献立考えて、自分で作って、自分で食べる。ただの作業だわ」


「あー。じゃあどれか食べる?」


「そうね、貰うわ」


 ひょいとたまご焼きがとられた。

 代わりに田代さんの弁当箱の中にあったたまご焼きがこっちに来る。


「……」


 正直断られる前提だったからどう反応して良いか分からない。でもパフェの時みたいにワンチャンあるかもと提案したらノータイムで取引が成立してしまった。

 もういいや。何も考えず食べちゃおう。

 田代さんはおかずを交換するタイプ。メモメモ。


「田代さんっていつも隠岐戸さんとおかずの交換とかしてる?」


「たまにね。毎日じゃないわ」


 やっぱり田代さんにとってこれは普通のことなんだろう。俺にとって都合が良いからこのままでいいや。味の保証されている冷食じゃなくて俺が作ったと言ったたまご焼きを選んでくれたのがちょっと嬉しい。

 田代さんは俺が作ったそのたまご焼きを口に入れて咀嚼する。


「これ甘くしてあるのね」


「今日はそうだね。砂糖と塩をその日の気分で選んでる」


「なら今日は当たり」


 どうやら気に入ってくれたらしい。

 これから毎日砂糖で味付けしよう。


「甘いの好きなんだ」


「そうね。私のは何か分かる?」


 刻んだ大葉があるのは見て分かる。

 他はなんだろう。何かあるのは分かるんだけど見ただけじゃ分からないな。

 女の子の、それも好きな娘の手料理だ。これは付加価値だけでおいしいことが保証されて……


美味うまっ。……え、待って何入ってる? ツナ缶?」


「正解よ」


 料理できる娘って良い。付加価値なしで毎日食べたい。

 たまご焼きって思ってたよりずっとバリエーション豊富なんだな。やっぱり一辺倒じゃなくてこれからちょっと調べてみようか。実験台は自分なんだしおいしいのができたら田代さんに紹介してみよう。


「料理上手なんだね」


「お父さんに教えて貰ったの。ツマミに良いらしいけどおかずとしてもおいしいからたまに作ってるわ」


「俺も今度作ってみるよ」


「大葉じゃなくてネギでも良いし黒胡椒を入れてもおいしいわよ。後でレシピ送っておくわ」


「ありがとう」


 ……黒胡椒って単体であるものだったか。

 ウチには塩胡椒しか無いと思うけど一応聞いてみて今日帰りに買ってみようかな。


 今朝弁当を作ることにした自分を褒めてやりたい。

 適当に購入した弁当じゃこうはいかなかった。




「あ、せっかく遠出したんだし今日終わったら何処か寄ってかない? パフェでもなんでも奢るよ」


「要らないわ」


 俺の誘いを一刀両断。

 パフェ奢るならナンパOKじゃなかったのか。

 それともあれか、今日はパフェ食べちゃ駄目な日なのか。

 弁当を食べ終わった田代さんはもうスマホを弄ってる。これは明確に脈なしかなぁ。今日の雰囲気悪くないと思ってたんだけど単に友達としての対応だったのか。


「ねえ」


「ん?」


「ここなんてどうかしら?」


 田代さんがスマホの画面を見せてきた。

 目に入ったのは真っ白な皿の上に乗ったプリンカラーのスフレパンケーキ、生クリームと鮮やかなイチゴ、ブルーベリーにラズベリー。それと名前は知らないけどよく見かける小さな赤い実。

 ミントも乗っていてカラフル。すごく美味しそうだ。


「何の話?」


「何処か寄るんでしょう? あ、それとももう目星つけてたかしら」


 不思議そうな顔をしているけど言葉の意味がよく分からない。

 結局一緒に行ってくれるんだろうか。そういう流れだった?


「あれ? 今断られたと思ったんだけど?」


「……。あぁごめんなさい。驕りが要らないと言ったのよ。今回は理由がないもの。自分で食べる分くらい自分で出すわ」


 ふむ。

 つまりあれだな。

 デートはしてくれるんじゃな?


 思わず語尾が変になるくらい混乱しているが田代さんがデートしてくれるならなんの問題もない。


 そういや俺だって奢られるの苦手だったわ。

 他人ひとの金で食う焼肉より自分の金で食う焼肉の方が美味い。

 その時奢られたメンバーの中で俺は異端だったけど田代さんも同じタイプだった。


「オッケー。特にどの店とかは考えてなかった。そこにしよっか。探してくれてありがとう」


「別に、私は行きたい店を言っただけよ」


 さらっと流してデートに行くことを前提に話を進める。

 ここでやっぱりやめとかの展開がないとは言い切れない。このまま勢いを利用させてもらう。

 誤解だったとはいえさっき断られたダメージが抜けきってない。


「一人だとこんな雰囲気の店行きづらいしちょっと興味ある」


 難易度としては水族館とどっこい。

 だけどリターンが不確定だからやるとしたら自分で作ることになるかな。

 ……。絶対そっちの方が高くつくし店の方がおいしいはずだからやっぱり店にいくかも。でも人込みと散財なら人込みを避けたい。


「そうよね。だからちょっと諦めてたのよ」


 表情あんまり変わってなかったけどひょっとしてかなり楽しみだったりするんだろうか。

 これたぶんあれだよね。俺が言うまでもなく行きたい店ピックアップしてたよね。

 お店を探す労力を押し付けちゃったと少し申し訳なく思ったけどそれと俺に関連なさそうだ。


「今日は食べて良い日で良かった」


「ホントは駄目よ。だから内緒ね」


 一本だけ立てた左手の人差し指を口元にもっていたずらっぽく笑う。


 これホントに狙ってないの?

 どう考えても可愛いって言って欲しい人の仕種でしょ。だってめちゃくちゃ心にクるよ。

 過去の失敗を繰り返す訳にはいかないので控えめな反応しか返せないのがもどかしい。


「分かった。秘密ね」


 同じように右手の人差し指でシーっとジェスチャーのポーズを返して笑いあった。

 これはこれで恋人っぽくていいな。それに俺のために普通を曲げてくれたこともポイント高い。トキメキを抑えるのに随分苦労した。


 ところで誰に内緒にすれば良いんだろう。

 ……胃?






「改めてオープンキャンパスおつかれさま」


「おつかれさま」


 体験授業と他学科のガイダンスを受けて無事全てのプログラムを消化。

 高校受験の時はオープンキャンパスとか行かなかったからだいぶ緊張したけどその緊張を隣に悟られるのは格好悪いので必死に隠した。結果はどうか分からないが大きな失態はないので上手くいったと思う。


 そして二人で簡単な打ち上げ。パンケーキを食べにカフェに入る。

 昼休みの間に田代さんがホームページから予約してくれたおかげでスムーズにいった。エスコートりょくで負けてるとか言ってはいけない。だって俺の知らない間にもう予約が終わってたんだもの。

 本気度がガチ仕様。それともこれが普通か?

 知らない業界だけど席が満員気味だし下手したら行列に並ぶことになって店に入る前に時間切れだった可能性も?

 やっぱりエスコート力が足りない気がしてきた。


「鈴はあんまりこういう場所に付き合ってくれないのよ」


「そうなんだ。意外……って言ったら失礼かな」


「来てくれてもあっという間に食べきっちゃうからペースが合わないのよね」


「こんな美味しいのにもったいない」


 ゆっくり食べよ。

 この前のパフェの時は……アイスだからとけないうちに早く食べなきゃって感じだったのにあーんの所為でペース乱されてそっから先あんまり記憶にないや。


 田代さんが頼んだのはお昼に見せてくれた画像のベリーたっぷりのパンケーキ。一人前で大きなパンケーキが二枚もある。

 俺はもちろんシェア目的で違うのにした。なんか脳内のメモに良いことが書いてあったからな。

 抹茶の粉がかかったやつが気になったのでそれ。田代さんのが甘さ+酸味だったから甘さ+苦味のやつがよさそうだとの判断。


 そして俺の目論見通り、俺の皿にはその二種のパンケーキがある。

 抹茶のが一枚半とミックスベリーのが一枚。田代さんはカロリーが心配とのことで俺の方が総量多め。確かにこの量は俺だって晩御飯に影響する。

 ただ、残念ながら最初来た時に交換したため間接キス等のイベントは発生していない。そうだね、最初からシェア目的だったらこうなるよね。

 ちょっとしか残念と思ってない。

 いや、流石にこの思考回路はどうかと自分でも思ったから表に出さないように厳重に封印。


 飲み物はほうじ茶ラテにしてみた。

 前回は格好つけてコーヒー頼んじゃったけど田代さん甘いもの大好きみたいだし必要無さそうで虚しくなったからだ。

 田代さんはマロッキーノ。コーヒーとチョコレートをブレンドしたものらしい。そんなドリンクバーみたいなことして大丈夫かと一瞬思ったけど商品としてあって名前もついているということはおいしい組み合わせなのだろう。


「貴方のほうじ茶ラテだって似たようなものじゃない」


「……ホントだ」


 誰だよほうじ茶に砂糖と牛乳入れたやつ。悪ふざけといわれてもしょうがない組み合わせだぞ。

 いや、おいしかったから良いか。そもそも日本ってこう、食に妥協しない国柄だしこういう魔改造は日常茶飯事か。そのうちコーヒー+緑茶とかやりかねない(※既にあります)。


「少し飲んでみる?」


「へ?」


「代わりにそっちの貰うわね」


「いいよ。どうぞ」


 どうやら俺はまだ田代さんの距離感を見誤っていたらしい。

 マロッキーノが入った耐熱グラスとコースターがこちらに来て、代わりにほうじ茶ラテのを向こうに渡す。

 たまご焼きの時とは違いどうにか返事するくらいの頭の回転数を確保。ショート寸前の頭を酷使して平静を心掛ける。

 下手に小細工なんてしない方が良いのかもしれない。


「やっぱりこっちもおいしいわね」


 きっと俺が意識し過ぎなんだ。グラスの向き的にわざわざ半回転させないと同じ場所に口をつける訳じゃないからこんなものなのかな。

 でも少なくとも信頼くらいはされてないとここまで近くはないはずだ。


「これがマロッキーノ。予想の十倍美味い」


 チョコレートの甘さとコーヒーの香り、ミルクの風味。

 正直ほうじ茶ラテより好きかもしれない。冒険心が足りなかった。メニュー表は無難なものじゃなくてもっと解説読まないと分からないもの頼んでこそだろう。次は名前だけじゃ分からない奴を頼むことを心に決め、あんまり飲み過ぎないように注意して持ち主に返す。


 そしてほうじ茶ラテが帰ってきた。

 これ、田代さんが口をつけたやつだよね。いや、マロッキーノもそうだった。


 三十割増しで甘く感じるようになったラテを飲みながらパンケーキも食べていく。

 考え過ぎるとボロを出しそうだし会話して場を繋ごう。


「実際に学生の人呼んでくれて良かったね」


「そうね。どんなことをどんな風に学んでいるか、いろいろ聞けたわ」


「俺、義肢装具士って義手と義足だけ作ってるのかと思ってたよ」


 もちろんそれが一番の仕事だ。

 だけど実際には営業をするためにもこの資格は必要らしく、この資格を取った人は基本的に何処かの会社で働く事になる。中にはプロのスポーツ選手が使うインソールを作っている人もいるそうだ。

 他にも人間が使うものだけじゃなくてペット用の義肢も紹介された。

 知らなかった職業が段々と形を持っていく。


「勉強はこれからすれば良いとして、コミュニケーションと手先の器用さは課題ね」


「あー。だね。俺もコミュりょく磨かないと」


 一つ一つがオーダーメイド。

 作った道具を手足のように使いこなして貰わないと意味がない。

 そのために聞き出す力が重要になってくる。勝手に話してくれる人ばかりじゃない。感覚を共有できない以上コミュニケーションをとって理想に一歩一歩近づけていく必要がある。聞き上手より喋らせ上手を目指した方が良いらしい。

 高校生という立場なら自分が気に入った相手とだけコミュニケーションをとっていれば良いけど義肢装具士の仕事はそれとは違う。


「器用さに関しては田代さん特に困って無さそうだったけど?」


 今日の体験授業を見る限り手間取っていたようには思えない。


「今日はきっと簡単なものだったでしょう? だって全員できることを前提に組まれたプログラムだもの」


「そこまで深読みしなくても。それこそ入試受かってからでも大丈夫でしょ」


「貴方は一番最初に完成させていたから余裕よね」


 俺、好きな娘の前だと張り切るタイプなんだ。

 空回りしないように気をつけて全力でやった。頑張った甲斐があったというもの。


「まぁ仕事じゃないし楽しくやれたと思うよ」


 目の前のケーキをフォークで一口サイズに切り別けて口に放り込む。コレおいしいな。

 こんなにフワフワのパンケーキとか初めて食べた。いや、パンケーキ自体が初めてかも? ホットケーキと何が違うんだ?

 ちょっと苦めのアクセントが良い感じ。


 田代さんも同じようにパンケーキを食べて顔をほころばせている。

 きっと俺の顔も笑っているだろう。田代さんのペースに合わせないとと思ってたけど会話に夢中で俺の方が遅いかもしれない。


「?」


「いや、美味しいね、って」


 視線が合ったので笑いかける。

 田代さんも笑顔で頷いてくれた。


「そうね。幸せの味がするわ」


 俺も幸せな気分。

 こうやって田代さんと他愛もない話をしながらスイーツを堪能する。

 二人だけの至福の時間だ。


「そういえば他に気になる学科とかあった?」


 オープンキャンパスで体験授業をやったのは義肢装具士になれる学科だけだけど、話を聞くだけなら色んな学科の人が来てくれたからたくさん情報が手に入った。福祉に力を入れているところだからその特色を活かして複数の学科に跨った授業というのも一部あるらしい。


「難しいわね。貴方はどう?」


「理学療法士とか面白そうだなって。ちょっと福祉の分野とはズレるけどスポーツ選手のフォーム改善とかもするんだね」


 それだけじゃなくて他にもできることがたくさんあった。

 チーム医療では専門医と専門医の橋渡し的な役目をするらしいし、リハビリの手伝いや生活習慣の改善のための運動指導などと多岐にわたる。健常者も障害者もお世話になるタイプの職だ。

 でもプロスポーツ選手と関わるのは花形で絶対ごく一部の人だけなんだろうな。


「良いんじゃない。鈴みたいな人がスポーツするとなると必須になる訳だし」


 隠岐戸さんのことは頭に無かったけどその通りだ。

 障害者スポーツはパラリンピックみたいに競技としての側面だけじゃなく、ただ楽しむためのものやリハビリを兼ねているものなどいろんな目的がある。

 やりたくてもできない、をやりたいからする、に変えるために必要不可欠な人材になる訳だ。障害者でも草野球やスキー・スノボーみたいな感覚で運動できるようになれば良い。


「それに、鈴がもう一度表舞台に立つ姿は見てみたいわ」


「何かやってたの?」


「中学のときの部活でね。一回だけ全国大会に出場したわ。すぐ負けちゃったけどね」


「え、そんな凄い人だったの?」


 そう言えば運動できるとか言ってた気がするけどそこまでだったとは。

 でも惜しいな。それほど凄い人だったのに足の所為で辞めちゃったのか。今は帰宅部で学外のスポーツチームに所属しているとの話もない。


「その顔、しない方が良いわよ」


「え?」


「その、足を失って無念だったに違いないという顔よ」


 ――パンッ


 即座に両手で頬に喝を入れる。ちょっとヒリヒリするけどこのくらいなんて事ない。

 確かにそうだ。可哀想と言われるのが嫌というのはすごくよく分かる。

 人によるかもしれないが俺は隠岐戸さんがそういうの嫌がっていると既に田代さんから聞いている。なのにそういう目で見てしまうのは嫌がらせ以外の何者でもない。指摘されるまで全然気付かなかった。


「ありがとう。気をつけるよ」


「構わないわ。過去の私はそれが分からずに鈴を怒らせてしまったもの」


 田代さんでも無理だった。

 それだけ難しいことをしなくちゃいけない。最近できたここにはいないもう一人の友達の顔を曇らせたくはない。

 難しい程度で退けるようなことじゃない。


「二人にもそんな時期あったんだね。ちょっと安心した」


「あの時は笑い事じゃなかったのよ。絶交の一歩手前までいって大変だったんだから」


 今は笑い事に変わっているのだからそれは本当にすごいことだ。

 俺は身近な人が義足を強いられた時、短期間でその人を笑顔にする術を持っていない。その体現者が俺にアドバイスしてくれる幸運に感謝しないとな。


「だって俺から見たら二人の仲ってすんごい親密だし。俺が出会った人達の中で一番近い関係だよ」


 田代さんの優先順位は隠岐戸さんが不動の一位。仮に田代さんが俺と付き合いだしたとしてもそれは一緒だと思う。まぁそれは良い。もし彼氏が出来た途端に隠岐戸さんを蔑ろにするような人だったら俺は田代さんに惚れてない。

 どうやって距離を詰めたものかと思案中だったけどこうやってたまに時間貰って一緒にカフェ巡りするのもアリだなぁ。露骨に詰めようとしたら駄目だろうけどちょくちょく会っていつの間にかデート自体に疑問を持たないくらいの距離感を目指そう。


「そう見えたなら良かったわ」


 はにかむ田代さんにやられて結局俺の頭はショートした。

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