田代蘆花を選ぶ

蘆花① 隣に立つには

お待たせしました。蘆花ろかルートです。共通②からの分岐になります。

大雑把なあらすじは主人公が水族館ソロ→ヒロインをナンパ→服がダサいと指摘される→翌週買いに行ったら二人と会ったのでお互いファッションショー

その夜に「今度は二人きりで遊びに行きませんか?」というメッセージを下記選択肢の相手に送ります。



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≪田代蘆花に送る≫ を選択しました。

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 靴を買うための軍資金をお母上様にねだり、気持ち悪いから普通に言えと怒られ、女の子と二人で行くと伝えたら予定より多めのお金を貰えた。


 ありがとうございます。

 でも、『あんたこのままじゃ将来お金払って婚活するようになるんだから今の内にお金貰って恋愛しときなさい』は酷過ぎませんか?

 言い訳の余地がない事実の陳列は人を傷付け『いらないの?』貰います。ありがとうございます。


 と言う訳で服を買った翌日。

 女の子と初デートなんだけど母親にプライドをズタズタにされた所為おかげで大して気負わずにいることができた。


「今日はありがとう。俺、靴の専門店があることすら知らなかったよ」


「でしょうね」


 俺の評価の低さよ。

 田代さんに二人きりで会おうと提案し、何処に行くかを訊かれたからとっさに靴を新しくしたいと答えた。

 服と同じ戦法だ。

 正直断られたらだいぶ落ち込む自信があるので少しでも可能性がある手段を取った。


 そこから靴屋さんという概念を教えてもらい、普段田代さんが利用している靴屋さんに案内してもらった。

 休日を潰してしまって申し訳ないと同時に俺のために休日を使ってくれるのが嬉しい。


 そんな田代さんの格好は七分丈(肘が隠れるくらいをこういうらしい)の黄色いカットソー(Tシャツのおしゃれな言い方みたい)と白いスラックス(生地の種類を当てる自信はないからたぶん)。

 ごめんな、こういうのに疎い奴で。

 最近勉強しだしたから赦して。


「俺の中で靴を買う場所のイメージって大きめのスーパーの一画をちょっと間借りしているようなものだった」


「私だって昔はそうだったわよ。ただ、もう使えないけどね」


「え、なんで?」


「試し履きの時に鈴が転んで義足が脱げちゃってね。それを見た子供が泣いちゃったのよ」


「そういえばそんなようなことをちょっと聞いたかも」


「あれは調子にのった鈴が悪い。別にまた行っても良いとは思うけど、心理的にちょっとね」


 そういう理由だったか。

 確かに俺が田代さんの立場でも利用しない気がする。


 一つ気がかりがあるとすれば……。


「良かったの? そんなこと俺に話して」


「これからも鈴と仲良くしたいなら、そういうこともあると知っておくべきだと思ったの」


「あぁ、そういう。なんていうか、光栄だね」


 思ってたより俺への信頼が厚い。

 ちょっとした誇らしさを感じて顔が綻ぶがこれは仕方ないだろう。

 だって田代さんが俺と一緒にいることを是としないとこの発想は出てこない。


「何がそこまで嬉しいのよ」


「顔に出てた?」


「ばっちり。こんな笑顔だったわよ」


 好きな娘の不意の笑顔で危うく昇天するところだった。

 これがニコポかぁ。もう笑うだけで惚れるキャラを馬鹿にできないや。


「どうしたの?」


「田代さん。いい加減自分の可愛さを自覚してほしいんだけど」


「なっ!? 馬鹿言ってないでさっさと選ぶわよ!!」


 俺をほうけさせた田代さんは一瞬で真っ赤になった照れ顔を隠すために体ごと背け、すたすたとメンズ売り場へ向かう。

 ちょっとした思いつき、速足で追いついて隣に並び仲の良いカップル感を出す。このままどんどん外堀埋めていきたい。


「俺が馬鹿なのは事実だけど田代さんが可愛いのも事実だからさっさと受け入れてほしいんだけど」


「黙って」


 力説したい気持ちを抑え売り場に到着。そこであまりの靴の多さに圧倒された。

 靴っていっぱい種類あるんだなぁ。壁の上の方にも商品が置いてあって背伸びしたくらいじゃ手が届かない。

 店に入った時点で目に入っていたはずだが俺の目は田代さんを見るのに忙しかったから気付くのがだいぶ遅れた。


「スペースが大きいと展示品も多いから迷っちゃうね」


「ネットの方が種類たくさんあるわよ。でも貴方自分の服にあった靴を選べる?」


「隠された才能に頼るくらいしか選択肢がない」


「開花してない才能なんかに頼らずネットを頼りなさい。どんな服にどんな靴が合うかはきっと誰かが書いてるわよ」


 初手を間違えるから初心者なんですよ。

 でもそう考えるとここで田代さんに頼ったのはファインプレーだと思う。


 最終的におしゃれな人と思われるのは今からでも遅くない。

 むしろ初期評価が低いのにこうやって付き合ってくれているんだから可能性は結構高いんじゃないかなと期待しちゃったり。


「私達の場合、ネットはネットで使わないんだけどね」


「実際に手に取ってみないとって感じ?」


「手じゃなくて足」


「あっ」


「義足を付けた上で靴を履く訳だからね。私達、意外と足で靴を支えているみたいよ」


 当然の話だ。

 道具を手足のように扱う、なんて表現はあるがそれでも本当の手足のように扱える訳がない。

 まして隠岐戸さんは水族館の時にはっきりと"まだ慣れてない"と言った。

 後天的に足を失った出来事が存在する。そしてそれはきっとここ一年、早くとも中学に入ってからのことだったはずだ。

 あれ、受験と丸かぶりしてね?


「ここでデザインが良くて使いやすいモデルを見つけたの。だから貴方にもこのお店を紹介しておくわ」


 義足の人と友達でいること。

 これからも田代さんと、もっというと隠岐戸さんと一緒にいることを選択するとはこういうことなのだと言われた気がした。

 一般の人より確実に選択肢は少なくなる。


 それでも妥協なんかするものかと抗った結果がこのお店だ。


 格好良いな。

 こうやってなんでもない顔で支え続けるのだ。

 その生き方に憧れさえいだく。


 毎日適当にゲームして、簡単な日々に流されて、怠惰な日常を送っている俺とは雲泥の差がある。

 もう高校生。早い奴は将来の夢を見定めて既に動き出している。もちろん上を見ればキリがないことは分かってる。

 それでもこうやって身近な実例を見せられては動かなきゃという気にもなる。


「同じサイズでも履き心地って全然違うね」


 いくつか試し履きしてみるが感触がそれぞれ違う。

 なんならしっくりくるサイズが靴によって変わった。

 これとこれは本当に同じサイズなのだろうか。


「そうね。私もこのくらいなら大丈夫と思って買った靴を一日履いたら靴擦れしたことあるし、初日は絆創膏を持ち歩いてた方が良いわよ」


「え、大丈夫だったの?」


「心配しなくても私はいつも持ち歩いているわ。貴方はそういうことにうとそうだけど違ったかしら」


「何も違わないです」


 ぐうの音も出ない。

 まさしくその通りだ。

 そのポーチって何が入ってるのかちょっと疑問だったけどそんな感じの便利グッズが入ってたんだな。


「まぁ私がいる時は私が持っているから大丈夫よ」


「人生で一回は言ってみたい台詞だ」


 田代さんがイケメンすぎる。

 本当に同じ高校生か。改めてとんでもない人を好きになってしまったと、いや逆に考えて俺に見る目あり過ぎないか?

 こんな娘がいたら好きにならない訳ないじゃん。


「別に言ってくれても良いのよ」


「精進します」


「弟子なの?」


 呆れられてしまった。

 正直弟子入りしたいところだけどそれだと告白までの道が遠のく気がしてやめておく。


 目標は田代さんに頼りにされること。

 一方的に寄りかかるのは違うし、どっちみち田代さんなら俺より隠岐戸さんを優先するんだからヒモ路線は駄目だ。俺は田代さんのファンで終わりたくない。






 靴を買った帰りに二人で喫茶店に寄る。

 選んでもらったお礼に何か奢ると言ったら受け取ってくれた。


「甘いもの好き?」


「そうね。嫌いとはとても言えないわ」


 パフェを頼んでからずっとソワソワしている。

 目を輝かせながら待っている様を写真に撮って保存したい。

 格好良いと可愛いを兼ね備えた最強の存在と二人掛けのテーブルを挟んで向かい合って座っている。


「改めて、今日は靴選んでくれてありがとう」


「構わないわ。それと靴擦れって結構痛いから我慢せずにちゃんと対策するのよ」


「りょーかい。でも一日履かないと靴擦れするかどうか分からないってちょっと不便だよね」


 飲み物とパフェが来るまでしばし雑談タイム。

 話題は無難に靴のことだ。


「それが嫌ならオーダーメイドするしかないわ」


「そんなのまであるんだ」


 靴の専門店に続き知らない概念。

 俺が知らないだけで靴ってそんなに重要なアイテムだったとは。


「普通の人でも右足と左足の大きさが違うって人って多いわよ。ぴったり一致する人の方が少ないくらい」


「毎日履いてるのに知らないことばっかりだった」


 もちろんこうして靴を左右セットで売っているということは深刻なサイズ違いがある人はそう多くないということなのだろう。

 でも、例えば靴擦れが片方の足のみで起こるみたいな人は多いのかもしれない。


「義足だともっと細かいわよ」


「あ、やっぱりそうなんだ」


「まず、足の大きさが一日のサイクルの中で変わるわ」


「初手で詰んでる!?」


「足を切断した箇所を断端というのだけれど、朝が一番太くて夕方が一番細いの」


 身長が朝と夕で違うようなものかな?

 意識したことはないが当然といえば当然。

 だって俺たちは生きている。当たり前だけど失念していることなんてザラにある。


「だから包帯で圧迫してなんとか形を一定にするのよ。当然オーダーメイドになるわ」


「あ、あの包帯そういう意味だったんだ」


「……見たことあるの?」


「俺初対面で義足持たされたから」


 あれは衝撃だった。

 いきなり足を外したのだ。

 正直事情を知らない子供が泣いた気持ちちょっと分かる。

 少しくらい心構えが欲しかった。


「そうだったのね」


「義足を見たのはあの時が初めて。あんな形だったんだね」


「義肢装具士の方には感謝しているわ。鈴がもう一度歩けるようになったんだもの」


 そっか。

 当たり前だけど義足があるということは誰かが作ったということだよな。

 あの時持った義足がちょっとだけ重くなった。


「義肢装具士っていうんだ」


「国家資格よ。義足とか義手を作ったり売ったりするなら必要な資格になるわ」


「義手は見たことないなぁ」


「私だってそっちは見たことないわね」


「義足を作るってやっぱり大変なの?」


「基本的な流れは断端の型をとって仮義足を作って歩行訓練しながら調整を続けていく感じね」


 当時を思い出したのか少ししんみりした空気になる。


「大変だったわよ。靴擦れのように最初は違和感程度で後から痛むようになったこともあったわ。鈴は運動できる娘だったから歩行に関してはすぐできるようになったけど義足との相性は身体能力じゃどうしようもないもの。むしろ下手に我慢強いのは欠点ね」


 静かな口調。

 だけど耳に残る言葉。


「まあなんとか義足の違和感は意地を張らずに早めに解消するようにさせたわ。のちのち痛い目を見るのは鈴だからね」


 義足の人も大変だけどそれを当たり前に支える人も立派だ。

 なんて、話が一区切りついたところでこの喫茶店に来たメインの目的が目の前にやってきた。



「こちらコーヒー二つと苺パフェ、チョコレートパフェです」


「苺こっちでチョコレート彼女にお願いします」



 勢いで田代さんのことを彼女って言ってやったぜ。

 まぁ全然気にしてなさそうだけどね。

 言うまでもなく店員さんも気にせずにパフェとコーヒーを並べ終えた。


「今日はパフェ食べても良い日よ!」


 今ある雰囲気を払拭するように明るく宣言する。

 俺もそれにつづいた。


「駄目な日があるの?」


「あるのよ女の子には」


「あー。健康診断の前の日とか?」


「そんなものがあったら一ヵ月は食べちゃいけない日ね。知らなかったの?」


 そういうの都市伝説じゃなかったんだ。

 なら今日が駄目な日じゃなかったことに感謝しないといけない。

 おかげで嬉しそうに目を輝かせる田代さんを見ることができた。


「知らなかった。考えてみたら田代さんバツグンに可愛いんだからそういうの当たり前なのか」


 体型維持とか美容なんちゃらとかやっているんだろう。

 俺も化粧水とか買ってみるか。


「可愛くない」


「じゃあ美人さん」


「はぁ。別に人に褒められるためにやっている訳じゃないわ」


「あー。そういう感じか」


「……本当に分かったの?」


 もう容姿を褒めても呆れの感情しか引き出せない。

 俺の対人スキルの低さが露呈している。なんならちょっと地雷踏んだ気さえするけど黙ったって仕方ないので口を動かそう。


「俺はつい最近見た目に拘りだしたからさ。なんで人はこんなことするんだろうって考えたんだよ。で、俺が思いついたのは三パターン」


 パフェを一口。甘い。

 パフェを食べたのはいつぶりだろう。

 少なくともこうやってパフェだけを食べるのは初めてだ。


 田代さんもパフェを食べて少しだけ機嫌をなおしてくれた。

 甘いものは人を寛容にする。

 これから田代さんと話す時は甘味必須だな。味覚を通して話題選びなんかの採点も甘くしてもらおう。


「一つ。不特定多数に見せるため。まぁ大雑把に言うとモテたいって奴」


「分かりやすい理由よね。でもそう思われた方はたまったものではないわ。それで他は?」


「二つ目は一つ目と同じような感じだけど、特定の誰かに見せるため。その一人以外の評価はどうでも良いけどその人からの評価は欲しいって奴」


「確かに似てるけど違うわね」


「これちょっと田代さんにも当てはまると思う」


「なんでよ。私に特定の人はいないわ」


 ぃよっしゃああああああああああああ!!

 会話の流れで田代さんに好きな人がいない(公称)ことを聞き出せた。

 俺に秘密にしている可能性はまだなくもないがたぶん大丈夫のはずだ。


「田代さんが隠岐戸さんのことを考えてその日の服をコーデしたなら当てはまるよ」


 俺はチキンなのでここで実例を出すのは隠岐戸さん。

 踏み込むのは一歩ずつ。

 というかさっきまでの反応からして俺のために頑張った訳じゃなさそうなので自分から可能性をゼロにするのはやめときたい。確定してなければシュレディンガーだ。

 ちなみに俺の方は昨日田代さんの反応が良かった方を着ているから完全にこのパターン。


「ふーん。恋愛と恋愛以外を区別してない訳ね」


「そうそう。だからSNSでコスプレ披露していいねが欲しいとかも一つ目のパターン。あと読モもこれに分類してる」


「貴方は一番のモテたい方よね。その格好は女の子受けするためというリクエストだったもの」


「いやいや、ちゃんと田代さんを思ってこの格好してる訳だから二番に決まってるって」


「……。流石ナンパ師ね。言葉がふわふわで空を飛べそう」


 過去の俺が現在の俺を全力で邪魔してくる件について。

 仕方ない。何が仕方ないってあの時ナンパしてなかったら田代さんと二人で出掛けるほど仲良くなれてないってことだ。この流れは既定路線。

 俺ナンパしたの人生でたった一回。その一回が上手くいってるのかいってないのかはまだよく分からないけど少なくとも後悔するようなものじゃない。たとえこの後田代さんにフラれる未来が待ってたとしてもそれは同じだ。


「多少強引だけどだいたい分かったわ。最後はなに?」


「最後は自分のため。単に可愛い格好したいって奴。二つ目の特定の誰かを自分にしたイメージ。ようするにただ自分がしたい格好をしてる人」


 ざっくり言うとこんな格好じゃ街を歩けない、とかだ。

 ナルシストってほどじゃなくて良い。気合を入れるために鉢巻をするのもこれ。

 俺の中の概念だとアバターを着飾るのが近い。誰に見せるためでもなく自分が見るためにそれなりのリソースをつぎ込む。それを考えると仮想世界の自分に金をかけるより現実世界の自分に金をかけた方がよっぽど合理的な気がする。でも何故かそんな気はしなかったんだよなぁ。

 俺は今まで自分の格好よりアバターの格好を良くする方が自己満足が強かったらしい。


「他にも俺が思いつかない理由があるかもしれないけど大別するとこの三つのはず。もちろん理由は一つじゃなくて良いし複数あるのが普通だと思う」


「そうね。少なくとも私から異論はないわよ」


「まぁそういう訳で、田代さんは今日は三つ目のパターンなんだろうなって。どう?」


「ま、正解ということにしておくわ」


 よし。

 空気戻ってくれた。

 失言の分を取り返せたとは思わないが次へは繋がったはずだ。


 でもなぁ……。


「納得いかない?」


「いや、田代さんが自分のためにおしゃれしてるのは分かったしこんな感情を向けられるのは迷惑かもしれないけど、俺が田代さんを可愛くて格好良い美人だと思ってるのは分かってほしいなって」


 白状するとさっきのは田代さんを口説くために大袈裟に褒めた。

 田代さんはそういうのが嫌なんだと思う。


 趣味の勉強をしていたとする。

 それを他人に見られて、テストにむけて頑張ってるねと言われたらすごくモヤモヤするはずだ。

 目的外の利を褒められても全然嬉しくない。こっちはそのためにやってる訳じゃないと声を大にして言いたい訳だ。

 英英辞典サイト覗いたって良いじゃん。単なる和訳サイトで調べたら大抵ポンコツでそのままカタカナ表記しかされないんだよ。それよりは英英で訳してくれるサイトの訳をさらに和訳する方がよっぽど分かりやすい。


 閑話休題はなしがそれた

 持ち上げるための褒め言葉は不快らしいから単純に感想だけを伝える。

 自分のしたい格好をする自由は当然あるとして、それを見た俺がどう思ったとしても等しく自由だ。


「……。そのくらいなら受け取ってあげるわ」


 気持ちは伝わったと思う。

 俺の拙い言葉をクールに返した田代さんはこれでこの話は終わりとパフェを口に運ぶ作業を再開する。

 綻んだ口元からパフェの美味しさが伝わり、俺も自分の分のクリームをかき分けて中のアイスを掬う。


「ん、おいしっ」


「甘味は偉大だ」


「そうね。心が豊かになるわ」


 女の子の地雷踏んだ時の仲直りに使われる理由が分かる。

 なんて、これは田代さんには言えないな。


「……」


 田代さんの視線が俺の持つスプーンに注がれてる気がする。


「苺、好き?」


「女の子を代表して言うけど女子は皆大好きよ」


 女の子を代表するのは面白すぎるからやめてほしい。

 でも俺の中で女の子といえば田代さんが真っ先に思い浮かぶし間違ってないんだよなぁ。


「はい。あーん」


 スプーンに苺とクリームを乗せて田代さんの方に近づける。

 スプーンはもちろん俺が今使っていたもの。だからすぐに拒否されて終わりだ。

 それまでちょっとだけ恋人ごっこを楽しもうとした遊び心。


――パクッ


「!?」


 俺の予想に反して身を乗り出した田代さんが口を開けてスプーンの先端を咥え込む。

 そのまま身を退き残されたのは空になったスプーン。


 一瞬で顔が熱くなる。

 普通に間接キス。田代さんそういうの気にしない人なのかな。


「あとはそれを照れずにできたら立派なナンパ師ね」


 顔を真っ赤にして冷静ぶっているから絶対気にしている。

 え、待って。ならなんでやったの!?

 やらないって選択肢あったよね!?

 苺の誘惑!? 同じ奴頼まなくて正解だった!!


 大混乱に陥るけど取り乱すのも恥ずかしいので口調だけはいつも通りに言葉を返す。

 平静をよそおえてるかどうかは定かではない――たぶんできてない――が慌てふためくよりマシだ。


「それ忘れてくれるとありがたいんだけど」


「そう? 今の貴方ならナンパ待ちの娘をひっかけるくらいできると思うけど」


「意外に高評価」


 ナンパ待ちしてる娘って実在するんだろうか。

 それお金取られたりしない? パパって呼ばれたりしない?

 というかナンパ待ちの娘が仮にいたとしてその娘をナンパするメリット何かある?

 その人達欲しいのは恋人じゃないよね?


「女の子って意外と単純よ。見た目が整っていて持ち上げる会話してくれてパフェ奢ってくれる人がいたら悪い気はしないわ」


「え、田代さんも?」


 今日を楽しんでしんくれたのだろうか。

 だったらすごく嬉しい。


「その口の軽薄さはまさしく歴戦のナンパ師ね。騙されないように注意しないと」


 ところで俺には一つ重大な問題が残されている。

 田代さんが口を付けたスプーンをどうするか、だ。

 これを使って残りのパフェを食べればいいんだろうか。気にし過ぎかなぁ。わざと落として変えて貰う? 俺それされたらかなり凹む。

 そもそも田代さんの方から口をつけたんだし俺がどうこう気を使う必要なんてないはずだ。


「あまりスプーンの先端ばかり見ないで。ヘンタイみたいよ。私は気にしないから変に意識せずにそれで続き食べれば良いわ」


 当然だけどそこから先、パフェの味を気にする余裕なんて欠片もなかった。

 意識せずにとか無茶を言わないでほしい。




 パフェを食べ終わり、学校のこととか勉強のことなんかの話題も尽きたので解散する流れになった。

 もう少し会話デッキがあればまだ話せたかもしれないがあんまり長いこと話すような仲でも(まだ)ないのでこれで良かったんだと思う。


「あ、鈴には義足のこと話題に出さない方が良いわよ。あの娘、障害者扱いされること嫌いだから」


「覚えとくよ」


「ま、女の子扱いされるのは好きみたいだから水族館のときと同じように接すれば良いわよ」


 田代さんは、と訊こうとしてやめた。

 今日なんかずっとこう訊いてその度にナンパ扱いされるし本気で受け取ってもらえる気がしない。

 くどいと嫌われるのだけは避けなきゃいけない。


「実際普通と変わらないもんね」


「そう、その意気よ」


 走る以外の動作でそこまで困るとは思えない。

 少なくとも水族館を普通に回るのに支障なんてなかった。

 そう考えると義足って偉大だ。日常を送れないはずの人が普通の日々を過ごすことができる。


 まるで普通じゃない人が普通に過ごすための魔法みたいだ。

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