蘆花④ 隻脚の少女は親友が不幸になるのを赦さない
「ごめんね、二限目もサボらせちゃって」
「構わないよ。二人が喧嘩したままだとどうせ授業なんか手につかないし」
女の子をとっかえひっかえ密室に引き入れてる奴だーれだ。
……俺だ。
割と最低なことをしている自覚はある。
一限目が終わるタイミングで田代さんが教室に戻り、俺はここで待機。
田代さんと入れ替わりでやってきた隠岐戸さんと話すことになった。
「蘆花が教室に来ないのは予想外だった」
「ごめん。一報いれるべきだったね」
「蘆花にもらったから大丈夫」
「いつの間に……」
隠岐戸さん第一主義の田代さんらしいなと感心する。
喧嘩した親友が次の日教室に現れなかったら誰だって心配する。
ただ、そこまで気がまわるかって言われたら俺はまわらない。
田代さんがここを去る間際、ここに隠岐戸さんが来るから待っていてと言われた。
スマホで連絡を取り合っていたらしい。
入れ違いで入ってきた隠岐戸さんはさっきまで田代さんが座っていた椅子に座る。
休み時間の終わり――つまり二限目の開始――を告げるチャイムが流れても自分の教室に帰る素振りすら見せない。
「ゆっくり話ができる最速って放課後だと思ってたけど、なりふり構わなかったらなんでもできるんだね」
「まぁおかげで、結構いろんな話ができたよ」
そこで隠岐戸さんは顔を赤らめ、顔を逸らそうとして失敗し、チラチラこちらを見る。
「じゃあ、その。私が海藤君を好きなこととか……」
まあ、うん。
そっか。それが最初か。
「えっと……。それっぽいことは確かに言ってたけど確証はなかったよ」
「じゃあ改めて。海藤君。好きです。私と付き合ってください」
「……」
「……」
沈黙が俺と隠岐戸さんの間に降りる。
隠岐戸さんが俺のことを好きな可能性は考えてた。
――貴方が好きになったのが鈴だったら、なんの問題もなかったのに
田代さんの言葉にはいくつか、そういう前提のものがあったからだ。
確信があった訳じゃないけど意外というほど驚くようなことじゃなかった。
「なんで」
「ぅん?」
「なんでこのタイミングで告白なんてしたの?」
分からないのは何故今かということ。
俺が田代さんに告白したのが昨日、それを隠岐戸さんはきちんと目撃していたはずだ。
「このタイミングで告白なんてしても成功しないの分かってるよね」
人生初、女の子に好きだと告白されたと言うのにそこにあるのはドキドキじゃなくて困惑だ。
そのくらい隠岐戸さんにとってメリットがない。
きちんとフラれるためっていうのもちょっと思ったけど、失恋なんて俺が田代さんに告白した瞬間確定するんだからその線は薄いと思う。
「だって今私に
「……。あぁ。あー、なるほどね」
理由を聞いてすごく納得した。
脱力しながら二人の絆を再確認。
こんなにお互いを大事に思ってるのになんで喧嘩なんかしてるんだろう。
「田代さんのこと大好きじゃん」
「当たり前でしょー」
二人とも喧嘩相手より俺の方が優先度低いってどうなんだろう。
俺の初告白(する方もされる方も)こんな感じかぁ。嘘コクとか罰ゲームとかじゃないだけマシと思おう。
「ごめん、って言うのも変だね。俺が好きになったのは田代さんだ」
「ふーん」
田代さんのためとはいえ仮にもフラれたんだ。
面白くないに違いない。
隠岐戸さんは俺の返事を聞いて少し考え込んだ後、話を進めるために口を開いた。
「ま、いいや。蘆花からどのくらい聞いた?」
「隠岐戸さんの足がなくなった原因は聞いたよ」
「えへへ。凄いでしょ」
俺の予想に反して誇らしげに胸を張る。
そうか。暗い雰囲気を出してしまったけど、隠岐戸さん視点だと田代さんを失うところを救えたプラスの出来事だったのか。
「そうだね」
欲をいえば隠岐戸さんに後遺症が残らない感じだったらもっと良かったと思うけど当時その場にいなかった人間にそんなことを言う権利はない。
そもそも悪いのは二人じゃないんだ。
関わった時点でマイナスの出来事に対して正解はない。
「この話すると皆暗くなるからあんまりしないんだ」
「いや、どう考えても明るい話じゃないじゃん」
それでも暗くなり過ぎないように気を付ける。
俺は二人と関わり続けることに決めたんだから声が出ないような悲劇も乗り越えないといけない。
「海藤君だって蘆花の命と私の足を比べたら蘆花を取るでしょ」
「そんな単純な話じゃないから今こうなってるんだよね」
「はぁーーーー。はいはいその通りですよー」
隠岐戸さんが机に突っ伏してしまった。
もちろん大筋は隠岐戸さんの言う通りだと思う。
だけどやっぱり田代さんの言い分を正しく感じてしまう。
「蘆花を縛り付けたい訳じゃないのになぁ」
そうなってしまっているのは事実だ。
それは恩恵を受けている隠岐戸さんが一番よく分かっている。
「実際どう? 田代さんいなくて生活成り立つ?」
「……やっぱそんな感じの話になったんだ」
「まぁね。昨日は一人で散歩してたみたいだし案外なんとでもなったりする?」
「あの散歩コース、大回りルートと小回りルートがあってね。蘆花がいないとどうしても小回りのルート行っちゃうんだ。健脚のためにはもっと歩いても良いって頭では分かってるんだけどね」
強がったりせずにキチンと話してくれた。
ここで問題ないとか言われても信用なんてできないから助かった。クラスメイトとの
田代さんの様子から多分駄目なんだろうなとは思ってたけどやっぱりそうか。
「今は学校があるけどなかったら引きこもり一直線かも。少なくとも海藤君みたいに一人で水族館へは行けない。家から出るのすら億劫に感じることは多いよ。蘆花には随分助けられてる。ううん。助けられてるって感じる前には既に助かっちゃってる」
流石だなぁ。
どれだけ想えばそれが可能になるんだろう。
例え命の恩人だからってここまで徹底して尽くすことができる人なんてなかなか居ない。
ただ、それならちょっと俺の扱いが特別過ぎやしないかと不安になる。
「そういえばごめん。嫌じゃなかった?」
「うん? なにが?」
「隠岐戸さんの過去話を無断で聞き出したこと」
「無断じゃないよ。ちゃんと連絡来たもん。それになかったとしても蘆花が話して良いと思うならそれは必要なことだよ」
俺が知らない間に二人が連絡を取り合ってた。喧嘩中でもちゃんと反応するんだ。びっくり。
ノータイムで、突っ伏した姿勢を崩しすらせずに言い放つ。
田代さんもそうだけど隠岐戸さんも隠岐戸さんでこの調子だからなぁ。
田代さんも隠岐戸さんもお互いの幸せを願ってる。
なのに衝突しているのは今のままでは片方の幸せを諦めることになるからだ。
「ちなみに海藤君はどう思ってる?」
「隠岐戸さんが我儘だと思ってる」
「……それで良いの?」
「あんま良くないからどうにかならないかと頭を捻ってるところ」
できれば二人ともに幸せになってほしいけど、その方法が見つからないなら俺が肩を持つのは田代さんの方だ。
隠岐戸さんが意見を引っ込めてくれれば今まで通り、俺と出会う前の二人に戻ることができる。
というか隠岐戸さんの意見を通す方法が無い。
田代さんはもちろん俺だって、隠岐戸さんが一人ぽつんと取り残されてるのが分かってしまうからデートとかしたって楽しめない。
「ねぇ海藤君」
ようやく顔をあげた隠岐戸さんがこちらを見る。
少しだけ迷って結局言葉にした。
「どうして蘆花が海藤君のこと好きって知ってるの?」
「あ、言っちゃうんだ」
俺と田代さんは今両想いだ。
直接的な言葉は聞いてないけど確信がある。
昨日から隠岐戸さんが怒っているのは、それなのに俺の告白を田代さんが拒否したことに起因する。
「蘆花だって私の気持ちバラしたんだからお互い様でしょ」
それもそうか。
俺はそういうの鈍い方だし言われるまで全然分からなかったけどこの二人感情たいぶ筒抜けだなぁ。
それを煩わしいとも思ってるようだけど一緒にいることを躊躇しないことに絆の深さを感じさせる。
田代さんも隠岐戸さんにバラされる前提で、それでも俺を味方につけるために情報を渡した感じだ。
そういうとこ
「話してる最中に口を滑らせてね。田代さん、俺とは付き合えない、自分は幸せになっちゃいけないからなんだと」
「あー、もう。蘆花! そういうとこだよ!!」
たぶんこの声は廊下まで届いた。
忘れがちだが今は授業中。あんまりうるさくするとサボりを黙認してくれている先生に申し訳ない。
どうどうと
最悪追い出されて授業に強制参加させられてしまう。学生のあるべき姿だと言われればそれまでだ。
「でもなるほどね。それが決め手なんだ」
俺と付き合う未来に幸せを感じてくれていた。
こんなに嬉しいことはない。
「蘆花ってガード固いのによく落とせたね」
「え? そうなの? そのイメージないんだけど」
んー?
思い返してみてもガードが固いって印象はない。
強いて言えば水族館ではそうだったかも?
「男の子と二人っきりになる状況は避けるタイプだよ」
「……。その情報もっと早く欲しかった」
じゃあ田代さんの好きな人俺で確定じゃん。
探り探り間合いを詰めてく必要なんてなかった。
最初にデートに誘った時に断られなかった時点で脈アリじゃん。
「完全に恋する乙女だったのに気づかない海藤君が悪い」
「いや分からないって。あのくらいの距離感が普通なのかなって思っちゃう」
「あー。うん。ほら、蘆花って一度気を赦した人には際限なく距離が近くなるタイプだから。男子にもそうだったとは知らなかったけどね」
ほらって言われても知らないって。
でも、俺が痛い勘違いをしている説が消えたことは朗報だ。
「海藤君が蘆花を幸せにしてくれたら私としてはもう解決なんだけど?」
「……返す言葉もない」
肩を竦めて降参のポーズ。
こうでもしないと……
「なんて、私に言う資格ないか」
遅かったか。
責任を感じた隠岐戸さんが落ち込んでしまった。
田代さんは俺より隠岐戸さんを選んだ。選ばざるをえなかった。
俺と付き合うということは隠岐戸さんを見捨てることと同義だからだ。
俺はフラれても不幸にはならないけど、俺達が付き合うと隠岐戸さんが不幸になる。
「信号が点滅している時とか、電車が発車しそうな時とか、日常でも結構な頻度で走りたくなる時あるんだよね。その全部を諦めるのってやっぱりストレスたまるよ。蘆花がちょっと居ないだけでもうこれ」
自分のことをしょんぼりしながら白状する。
義足でなんでもできるようになる訳じゃない。
田代さんはずっと俺に伝えてくれていた。
「でもこのくらい、蘆花のためなら耐えられる」
「翼をもがれてた鳥が籠の中で生を終えるには充分って?」
わざと辛辣に言う。
それを田代さんが認めるなら苦労はない。
義足は翼の代わりにはならない。田代さんの代わりにはならない。
八方塞がりだ。
「わりと真面目に言うんだけどさぁ」
「ん?」
「海藤君、ハーレムに興味有る?」
「……」
サボり中の男女の話題がハーレムで真面目な話できる?
なんて茶化そうか迷ったけど少しだけ真剣に考えてみる。
田代さんは隠岐戸さんといる時間を削らない。
だからデートだろうがなんだろうが三人で行おうという案だ。二股というよりは三人で付き合う形になるのかな。
世間の目がやや(どころではないだろうが)厳しくなることを除けば俺達全員にメリットがある。
一番メリットが大きいのはもちろん俺だろう。
美少女二人と同時にお付き合いできる機会の価値は計り知れない。
「私、頑張るよ。いろいろ。蘆花次第だけどね」
天秤の片方の比重がぐぐーんと大きくなるのを感じた。
これで反応しない奴は男じゃない。少なくともノーマルじゃない。
「興味有り無しの二元論で語るなら、まぁ有るんだけど……」
ただ、だからと言ってアクセルをフルスロットルにできる奴も少数派じゃないかとも思う。
今回の場合、俺にブレーキをかけるのは田代さんがパンクするんじゃないかなぁという不安。
恋人になるとしたら俺もいろいろ求めるだろうし、二人ともそれに全力で応えてくれる気がする。
そういう時に負担が集中するのは田代さんみたいに気が回り過ぎるタイプだ。俺がちょっと面倒臭いなと思うことを気付く間も無く済ませてしまう。調子乗って際限なく求める俺に完璧に応えてしまうんだろう。
そしてある日突然限界を迎えて倒れてしまうんじゃないかという懸念が消えない。
「やってみるだけやってみるでもいいよ。蘆花も分かってくれるんじゃないかな」
「恋愛抜きの友達同士ってことならやってみる価値あるかもね」
遠回しに
付き合ってさえなければそこまで不安定にはならないはず。
男女間の友情が成立するかという問題を乗り越えなきゃいけない――それも既に恋愛感情を持ってる三人で――けど二股よりは破綻する可能性が低いはずだ。
ただの友達なら恋人ほど求めずに済む。
「またフラれちゃった……」
「どうせ自然にフェードアウトしようとするだけでしょ。俺ヤダよ、三人でデートする予定の時に二人が同時にドタキャンして一人でデート()する羽目になるの」
二人とも親友を最優先するんだから充分ありえる未来だと思う。
相手のためなら身を引く事を迷わない。そうじゃないなら今こうなってない。
「分かんないよ。蘆花を出し抜いて海藤君を独り占めしようとするかも」
「いやそもそも隠岐戸さん、田代さんに隠し事できるの? 逆でも良いけど」
「……うん。できる気がしない。蘆花が本気で隠したいことでも内容を読めるかどうかは別としてそんな秘密を持ったことはすぐ分かっちゃうんじゃないかな。そこで思考を止める事ができれば蘆花の隠し事は成立するよ」
「という訳でハーレム案は却下。そんな器用なタイプじゃないしね」
俺も、田代さんも、きっと隠岐戸さんも。
破綻が約束された未来へ突き進む事はできない。
……ちょっと惜しいけど、な。
「じゃあ蘆花と海藤君をくっつけるにはどうしたら良いの!? 両思いなのに付き合えないなんておかしいじゃん!!」
「ありがと」
「お礼言われる筋合いない。邪魔してるのは私なんだから」
「でも、俺が隠岐戸さんの立場だったらそんな風に思えないよ」
俺が言うのもなんだけど、好きな人と親友が付き合う事を素直に祝福できるかと言われたら無理だ。
「……海藤君、今回の落とし所って何処になると思ってるの?」
「うーん。俺、ついさっきまで田代さんの気持ちに気づけてなかったんだよね。だから隠岐戸さんが怒った理由、半分しか分かってなかった」
だからまさか俺と田代さんをくっつけるために動いてくれているとは思ってなかった。
そう言う意味では隠岐戸さんより先に田代さんと話せて良かった。
ちっぽけなプライドかもしれないが自分で気付けたのと隠岐戸さんに教えられたのでは心象がまるでちがっていたはずだ。
「えー。あんなに分かりやすいのに?」
「会って間もないのに分かる訳ないって」
そもそも女の子から好かれてるって発想がない。
他人が俺のことを友達だと思ってくれてる、というだけでもそこそこ難易度が高いというのにそれ以上なんてよほどの確信がなければ無理だ。
「で、そっちだけなら解決できるの?」
「今思うと深夜テンションでめちゃくちゃな事思ってたなぁって。いやホント、馬鹿にしてくれて良いから」
そう前置きして俺は、昨夜考えた無茶無謀な試みを話す。
別にその案が通るとは思ってない。でも、ちょっと方向性の違う案だからこれを元に二転三転させれば良い案になるかもしれない。一考に値しないというならそれまでだ。何せ隠岐戸さんの負担が一番大きい。
それにこの案じゃあ田代さんと隠岐戸さんを仲直りさせることはできるかもしれないけど俺と田代さんが付き合うのは余計無理だ。
でも
「それだ!」
「本気?」
「本気本気。いやぁ盲点だった。うんっ、それでいこっ」
目を輝かせてその案を肯定されるのは予想外だ。
止めないと大変なことになる。
だってこれは幸せになれる保証がどこにもない。
「いや、これをこのまま使う訳にいかないでしょ」
「だって蘆花はそう言ったんだよね。明日から……、ううん今日から忙しくなるなぁ」
「待って待って。これならさっきのハーレム案の方がまだ現実的だと思うよ。正気に戻って」
「正気じゃ目指せない世界に飛び込むの!」
「落ち着いて。冷静になろ」
「海藤君の言いたいことは分かるよ」
「良かった。分かってくれた」
「この案だと蘆花と海藤君が付き合う暇がないって話だよね」
「違う!! 純粋に友達の将来を心配してるの! こんな簡単に決めて良いことじゃないじゃん」
「任せて。ちゃんと二人の仲が深まるようにもできる」
「聞いて!?」
助けて、田代さん。
もしくはごめんね。これ俺の所為にして良いから。
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