あしたのために(その43)ドキッ! 男だらけの大運動会

 体育祭の日は、晴天に恵まれた。

「やばい、ぼくら二位だよ。このままいったら優勝できちゃうかも」

 沢本がランキング表を見て興奮気味に言った。やはりサッカー部がトップを走っていたが、文芸部も食らいついている。

 サッカー部員たちは渡の不在を「渡の兄貴の椅子を守る」と解釈し直したらしく、がむしゃらに勝とうとしている。そもそもサッカー部員が競技に勝つたび、渡に抱きつきにくる。見ていて狂気を感じずにはいられない。

「陸上部に総合で勝てているのはかなり痛快だな」

 川地の念頭には、宍戸と二谷があった。二人三脚で小林たちが負けたら、ヲタ芸を辞める、という約束をみんなには伝えていなかった。正直、負けてしまってもいいと、どこか思っていた。川地はセンターをおろされて以来、支離滅裂になっていた。

「シシドとニタニは強いよ」

 川地がなにを考えているのか、わかっているのだろう。沢本が言った。「うちらヤバすぎるもん」

 渡と小林は言葉を交わすこともなく、応援席でも顔を背け合っていた。

「西河が走者を選んだんでしょ。これで友情が深まるとかないよ。完璧オジの発想」

 自分たちだって、山内と和田をペアにするよう軽音に工作させたというのに、沢本は憤った。


 木陰で、太った中年男とひょろ長い私服の若者の妙な二人組が佇んでいた。

「イシハラくん、きみ、学校にいるんなら走りなさいよ」

「……インスピレーションが欲しいだけですから」

「アーティスト気取っちゃってるねえ。どう? 曲のほう」

「……構想中です」

「そろそろ始まるよ、本日最大の茶番」


 二人三脚マラソンとはその名の通り、お互いの片足を結んだ状態で町内を一周する。その間も別の種目が続き、みんなが忘れた頃にゴールする、孤独な戦いだった。

 二人で励まし合い、栄冠を掴め!

 全員が位置についた。応援している者たちも、一瞬緊張してぐっと静まり、そして、ピストルが鳴った。

 そのとき、見守っていた全校生徒が愕然とした。

 事前に示し合わせなかったからだろう。どちらも右足を前に出し、渡と小林は思い切りこけた。

「ええ?」

 観ていた全員が素っ頓狂な声をあげた。

 宍戸・二谷はさすがの相性で悠々とグラウンドを一周し、すぐに校外へ軽快に走り去ってしまった。山内・和田の軽音楽部ペアも落ち着いて走っていく。

「おい小林」

 渡が起き上がり小林を睨んだ。

「なんだよ」

「なんで右足出してんだよ。普通結んだ足から出すだろうがコラ」

「世間の常識、俺に求めんなコラ」

 二人とも、ずっと無視し合っていたというのに、額をくっつけて、メンチしだした。

 サッカー部の応援席から悲鳴があがった。渡とこんなに顔を近づけられる小林が羨ましいらしい。

 小林の隠れファンは「かっけえなあ」と見惚れている。

 とにかく、会場は渡と小林がどうなるのか注目した。

 二人は嫌々肩を抱き合い、よたよたと進みだした。

「ちゃんと合わせろコラ」

「てめーが合わせろコラ」

 二人は睨み合い文句を垂れながら、少しずつだが、足を動かすリズムがあってきた。

「いちに、さんし、ごーろく、しちはち」

 二人とも、自然と8カウントをとり始めた。

「おい、足を引っ張るんじゃねーぞ」

 渡が言った。

「てめえこそ! 俺らはな、大会優秀しなきゃなんねえんだよ。優勝して、ついでにこの学校を救ってやるよ!」

 小林が絶叫した。「なんでもいいから一番になってやるんだよ! 俺は、自慢できる兄貴になりてえんだ!」

 その言葉に、小林のファンたちは勝手に流れ弾に撃ち抜かれた。あにさん、一生推します、と。彼らに放ったわけではなかったが。

 渡が腕にぐっと力をこめ、小林に顔を寄せて、小声で言った。

「俺がその願い、叶えてやるよ」

 見ていたサッカー部員たちがざわめく。俺たちの兄貴が! あんな、どこの馬の骨ともわからんやつに、自ら顔をくっつけてる! 

「ランプの魔人気取ってんじゃねえぞ」

 小林がふっ、と笑った。

 次第に二人のペースが上がっていき、校外へと、やっと出ていった。

「もう間に合わないよ、終わった」

 応援席で、沢本が言った。

「俺、一緒に走って応援する」

 川地は立ち上がり、二人を追って走りだした。負けたらそれまでだ、なんて思っていた自分が、恥ずかしくてたまらなかった。もう、無性に走りたくなった。

「おい、次は玉入れ」

 高橋の呼ぶ声など聞こえないようだ。

「カワちん、待てよ!」

 文芸部員全員が後に続いた。

「文芸部! 種目不参加の場合はーー」

 教師の誰かが叫んだが、その声は、彼らに届かなかった

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