第四章

あしたのために(その39)新センター見参!

 翌日小林が登校すると、大会参加メンバーがクラスの過半数を超えていた。そして、朝礼で西河が、放課後の練習から渡をセンターにして振り付けを始めると発表した。

 昨日起きれず、練習に行かなかったら世界が一変していた。

 チームの新センターとなった渡は休憩時間、いつもと同じように誰とも群れずにサッカー雑誌を読んでいた。

 小林は部室に走った。

「納得いかねえ」

 憤っている小林を前に、中平は漫画を読み続けていた。

「そうかね」

「川地が発案者だろ、なのになんでぽっとでのやつが」

「ぽっとでのほうがスキルが高いし身長高いし男前なんだから、しょうがないだろ」

「朝起きたら突然ポジションが変わってるなんてありえねえよ」

「朝起きたら、男女入れ替わったりするから」

「アニメの話だろうが!」

 適当に受け流し、映画の主題歌を口ずさむ中平を、小林は睨みつけた。

「いいから授業行けよ。いまいいところなんだよ」

 中平は漫画から目を離さず、言った。

「……なったものは仕方がないですよね……」

 中平の横にいる、見知らぬ男が言った。

「いや、さっきから気になってたんだけど、お前誰だ?」

 小林が見知らぬ男を睨んだ。

「……イシハラです」

 臆することなく、男はゆっくり名を名乗った。

「は? お前、引きこもりじゃなかったのか?」

 入学式以来学校にこなかったやつが、なんでここにいるんだ。しかも学生服でなく、小花柄の洒落たシャツを着ている。

「……初めて保健室登校してみました」

「取材だってさ。頑張ってきたんだから、優しく扱ってあげて」

 中平が、いい子いい子、と石原の頭を撫でた。

「取材? 意味わかんねえよ。そもそもここは部室だが」

 小林は優しくするつもりなど毛頭ない。

「ちょうど小銭の持ち合わせがなかったから、保健室にいた彼にジュース奢ってもらったんだ」

 恐ろしく情けないことを中平はまったく恥ずかしげもなく言った。

「……さっきこのオジさんに」

 石原が意を決するように言った。

「中平だよ〜」

 小さく手を振って、首を傾げているおっさんのおぞましさといったらない。

「……中平ニキに聞いたんですけど、仲間割れしているんですか」

「だからどうした」

 小林はカチンときた。外野に言われる筋合いはない。

「……大会に優勝すれば、学校が存続するとか、本気で思ってますか?」

 石原が顔をあげた。真剣そのものだ。「……ハッピーセットすぎません?」

「てめえには関係ねえだろ」

 いちいち長い間をとるんじゃねえ、と小林が凄んでも石原は動じなかった。

「……楽曲依頼されたんで」

 石原は目を伏せた。だが、怯えている様子はない。こいつ、意外と肝が座っている、と小林は妙に感心してしまった。

「きみ、人のこと気にする前に自分のことを気にしたほうがいいよ」

 中平は漫画本を放り投げた。

「なにをだ」

「次のふれあいコンサート、きみとワタリのダブルセンターになるだろうね」

「どういうことだ」

 小林は呆気にとられた。

「西河のやつ、学生時代にグループアイドルにはまってたから、プロデューサー気取りだ。投票するために聴きもしないCD二百枚買ってたし。怖すぎじゃない?」

「その情報、耳が腐る。話を逸らすな」

「いまは華のある、できのいいやつを中心に置くべきだろう。カワちんは頑張り屋だし、この計画の要であることは間違いない。だが、正直まだまだ前に立つ器でない。ズル剥けになってもらわないと。それに比べ、きみとワタリには華がある。それに、ダンスにキレもある。センターがしっかりしていないと、周囲が合わせてようとして乱れていく。芯がしっかりしていているほうが、全員の上達も早い。それに、次は本番前最後のステージ、失敗は許されない」

「能書は聞き飽きた」

 小林は苛立ちながら、立ち上がった。「とにかく俺は認めねえ。あとイシハラ、お前もヲタ芸やれ、教室にこい」

「……教室に行くのは軸がブレるんで」

 石原はうつむいて答えた。


 放課後、小林、渡を中心にした技の稽古が始まった。

 小林と渡は口をきかず、お互いを確認することもなかった。

「はい、いちに、さんし……」

 カウントが少しずつスピードアップしていく。慌てだして、振りが雑になるものなど構わず、二人とも正確に打ち続けた。お互いを気にすることもなかった。見なくても、気配で伝わってくる。

 うまい。

「よし。では今日から振り付けを始める」

 西河が宣言した。

「やっとかよ〜」

 全員がリズム感をとることに飽き飽きしているところだった。

 立ち位置が発表された。小林と渡が曲ごとにセンターを務める。

 川地は後列の端だった。

「川地、お前はちゃんとみんなと合わせろ」

 西河が冷ややかに告げた。本気でこのチームを優勝させるためには、完璧に近づけなければならない。お前は先頭に立ちたいわけじゃないだろう、優勝したいんだろう。言葉をかけるべきか迷い、言わなかった。

「……はい」

 発案者であるというのに、まるで自分が一番、「できていない」と宣告されているみたいじゃないか。川地は下を向いて、唇を噛んだ。震えてくるのを、一所懸命に止めようとするが、できなかった。嗚咽が起きて、我慢しようとしても止まらない。

 沢本が駆け寄ってきた。背中をさする手の温かさがうとましくて、川地は乱暴に払い除けた。

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