男には犬耳を
「ふわぁ……」
可愛らしい声をあげて欠伸をする。その際に顔は少し上に向け、眉尻も曲げて。別に演技ではないよ。ただ、リアクションを大袈裟にしているだけで。身体に刷り込ませた場面と状況に合わせた美少女ロールプレイ欠伸篇に従ったもので……あっ、ロールプレイなら演技なのかな? でも、体感では演技じゃなくて自然なものだし。まあ、美少女なら何でもいい。六歳なら幼女だろって? 価値観の相違だね。
時計を見たら、もう九時になっていた。前世では基準ではまだ九時だけど、子供の体というのは思いのほか不便なのだ。燃費が悪いのかね? やけに睡眠を欲する。もしかして、子供は風の子元気な子って言われるくらいだし、はしゃぎ過ぎて体力を無闇に消耗するからなのかな。お前は体力管理も碌にできないから眠くなるんだよバーカって。我、転生特典の高下駄で神童ぞ? ニ十歳までは馬鹿じゃないぞ?
いや、私が馬鹿かどうかはどうでもいいのだ。この犬耳の前にはな! 晴人が犬耳を欲しそうにしていたから、この優しい美少女幼馴染は特別に作ってあげているのだ。決して嫌がらせではないよ、うん。拒否権はあるし、あれは嫌だったら配慮を考えず拒否するような性格をしているし。
ただ、あれだ。幼馴染のために甲斐甲斐しく夜鍋して頑張る美少女って、とても良いじゃあないか。客観的には見れないから物足りなさはあるものの、魂が満たされる感じがする。宗教みたいだね。美少女教ってところかな。多神教の宗教で、神様は皆美少女。教義は美少女を崇めよ、然らば来世、汝を美少女とせん。美少女として振舞え、然らば汝は美少女なり。
どうでもいいことを考えながら、最後の工程の準備をする。
既に布に針金を通して耳を形成した。少し歪んだ三角形、奥行きも十分にとって。
そこに糸をぺたぺたと貼り付けもした。見栄えは気にせず、ほどほどに短く、隙間が生まれないように。耳の内側は入口だけもふっと、他はあっさりと。
この時点で作業時間は五時間越えだ。昨日から初めて、ようやくここまで来た。最後に使うのは魔術である。件のこの世界を現代ファンタジーと定義させた癖に影が薄いやつだ。一応ロマンを感じて私は習い事として魔導学を教わっていたのだ。ちなみに、感想としては面白いけど本当に科学的なんだなあ、と。内容としてはプログラミングと似たようなものだ。ただ、プログラミングと比べるとあまりにも使える範囲が限られているけれども。
そんな魔導学であるが、魔術の才能があればかなり使い勝手が良くなる。そして幸運なことに私は魔術の才能を持っていた。加えて、第二の脳を持つ私は記憶力や演算力という面で人より幾分か優れている。だから上達も早かった。む? ならば私は紛れもなく神童では? 高下駄を履いていることに変わりはなくともニ十歳で抜かれるようなものではないだろうし。流石は未知の二十一グラム。私の本体は魂かもしれない。
まあね、魂は私の前世からの記憶を引き継いでくれたわけですよ。さらに私の赤子時代には未発達な脳の代わりに高度な思考力を授けてくれたわけですよ。うん、確定したわけではないけどね。でも、多分あっているとは思う。今生ではマルチタスクとか思考速度が馬鹿みたいなことになってるし。こうやって意味の分からないことを考えているのもスペックを持て余してしまっているからだし。私ったら天才ね!
ということで犬耳が完成した。あの型を基に、変質させて終わり。いわゆる錬金術なのかな。糸はさらさらで細い毛に代わり、針金は布に溶けて消え、布も生物的な柔軟さを持つようになった。そこらの市販品よりもよっぽどクオリティは高いと自負する。改良点があるとすれば動かないことと触覚が繋がっていないことだね。まあ、その辺はいずれ技術と知識が追い付いたら。
とりあえず犬耳を付けてみる。ついでに以前に作った狐尾も。キメラだね。
洗面所の姿見の前に行って。うん、可愛い。美少女だ。とりあえずポーズを取る。犬耳狐尾少女に相応しい行動。しかも、私一人で完結し、首輪とかの小道具も必要としないもの。となると、あれだな。
少女は丸まり、尻尾を枕にして眠りましたとさ。それを見つけた母様と父様に怒られるまでがテンプレ。
◇
翌朝、小学校に登校する準備を終えた私は晴人の家を訪れていた。お隣さんだから、気軽に行き来できるのだ。早起きした甲斐もあり、時間はまだ六時半。集団登校だから同地区の人らとの待ち合わせ場所に行く必要があるが、それは七時四十分。時間に余裕はある。
ピンポン鳴らし、晴人マザーにおはようございますをし、標的の居場所を聞いてあやつの部屋に行く。
「なるほど、まだ寝ておるか。さて、どうしてくれよう」
意味の分からぬ言葉を呟いて侵入。寝ている晴人を見下ろす。乗りと勢いで来たが、はてさてどうしようか。起きたら美少女幼馴染が隣で寝ていた展開は定番だが、私の貞操は軽くない。美少女ムーブとして憧れないことはないが、特定の対象にしか使えない類の技だから男に消費したくないという気持ちが少々。相手がただの友人なら回数無制限でも、異性だと何であれ勘違いされる可能性があるからなあ。勘違いされた上でむやみやたらに繰り返せば無節操扱いされるだろうからなあ。それが例え小学一年生であってもね。可能性は排除したい。
なら、かの有名な義妹様のように腹の上でサンバを踊るとかは……普通に危ないね。んー……、耳元で囁く、頬つん、傍に座って待機、顔に落書き、怒鳴る、布団を引っ剥がす、ベッドから落とす。どれもしっくりこない。
「んー…、うん。起きろー」
とりあえず、起こすことにした。揺さぶりながら声を掛ける。
「んぅ……」
晴人は焦点の合わない目でこちらを見つめてきた。まだぼんやりとしているが、起きたと判断していいはず。
「これ。気に入らなかったら捨てて」
だから、一言前置きしてから犬耳を頭に付けてやった。寝ぼけていて何をされたか理解していないようだが、その内気付くだろう。これで用は終わったから、私は晴人マザーに一言言って家に帰った。
余談だが、晴人は案外あれを気に入ったらしい。私に勝手に付けられたせいで母に揶揄われたと文句を言ってきたが、捨てることも返却することもなければ、目が笑ってすらいた。普通に意外。千雪ちゃんは驚きました。略してちーちゃんショック。
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