天凪千雪という名の亡霊
時が経つのは本当に早いよ。しみじみとそう思う。生まれた時のことも、晴人が手を舐めてきた時のことも、ソーニャと初めて会った時のことも昨日のように思い出せるのに。もう中学生二年生だよ? 高校受験もすぐだ。
ソーニャも大きくなった。あんなに小さかったのに、今では私よりも大きくなった。あの銀髪もコンプレックスだって言っていたのに、今では誇れるようになった。ロシア語も使う機会が無くて忘れそうだってぼやいていた。何やかんやで長い時間をソーニャと共有してきた。だというのに、喧嘩はこれが初めてだ。
お願いだから、私を見てよって、そう言われてしまった。
吃驚だよ。本当に。人って、案外自分のことを見てくれているものなんだね。いや、返す言葉がない。あの爆発の仕方からして、相当貯めこませていたようで。分からないねえ。私はどうすればいいんだろう? 少なくとも、こうして近所の寂れた神社で時間を潰すのは無駄だってのは分かる。
「はあ………、美少女になれたらなあ」
私は美少女だけど、美少女じゃない。だから、かつて外側に美少女を求めた。それの対象となったのがソーニャだった。無意識だろうと、フィルターをかけて見ている可能性は否定できない。なら、どうしろというのか。そもそも、自身すら直視できないような人間ぞ? 私は。それがどうして他人にならできるのか。出来るわけがあるまいに。
ああいや、方策は二つだけ思い付いている。一つは諦めてしまうこと。人の縁なんぞ、もともと長続きするものではない。如何に幼馴染であろうとも。高校、大学、就職、結婚。どこかで縁は途切れる。なら、このまま諦めて自然消滅しようとも、来るべき時が早めに来たというだけだ。
二つ目に関しては、定番のやつだ。話し合う。包み隠さずに全部話して、折り合いをつける。人間には言葉という便利な道具があるからね。馬鹿かな? 論外だね。
美少女云々を話してはそれこそ決定打になるだろう。私とて、自身が相当気持ち悪いことをしている自覚はある。転生あたりをぼかしても、口にするのは憚れる内容だ。
空を見上げる。愉快なくらいに澄み渡っていた。気の利かない空だ。大雨とは言わずとも、私の心情に合わせて曇れよ。物語の演出を分かっていないね。もしかして喧嘩売られている? お前は絶対に美少女になれないって言われてる?
「……二次元存在になりたい」
所詮、私は三次元存在。美少女になりたいなあ。
「………?」
足音がした。小学生でも遊びに来たのかな。首だけ横に向ける。吃驚した。晴人が歩いてきている。今は気まずいし、気付かなかったふりをしよう。美少女ステルス。効果は話し掛けられるまでの移動時間における居心地の悪さを無視する。
「……ソーニャと何かあったのか?」
「それを聞きにここまで来たの? よく見つけられたね」
けれど、会話中の居心地の悪さはどうしようもない。
「家じゃなければここしかないだろ」
「そうだね」
「……さっきはああ言ったが、何があったかは大方把握している。少々無理を強いたが、ソーニャに聞いたからな。前々からこうなるんじゃないかとは思っていたが、遂に起きたか」
「何が言いたいの? 回りくどい」
前々から? 予想できるほど、私の態度は悪かったのか。それは、ショックだね。
「忠告しに来た。幼馴染として、同じ転生者として」
「転生者? ハルくんが? 意地になってコントローラーを逆さに持っていたのに?」
「待て。何歳のことだそれ。僕の記憶が戻り始めたのは四歳なんだが、それより前か?」
「え? 生まれた時から記憶を引き継いでいるんじゃないの?」
「は?」
「え?」
一回落ち着こう。私以外にも転生者がいたことに驚きはない。私が転生者だってバレたのも、今までの言動を考えれば納得できる。歳不相応なことも普通にしていたし。とは言え、まさか晴人がそうだったとは。確かに言動が怪しかったけど、三歳の時の逆手持ち事件で可能性を除外していた。そもそも、私が生まれた時から自己意識を持っていたのはイレギュラーかもしれないと? 衝撃的過ぎて、何か色々吹っ飛んでしまった。とりあえずステイだ。違う、カームダウンだ。びー、くーる。
「よし、落ち着いた。で、忠告って言うのは?」
「ああ、うん。お前、かなり前世を引き摺っているだろ? 少なくとも、今の人生を前世の延長線上にあるものとして捉えている。死後のおまけか、夢か、その程度の認識でいる。違うか?」
「んー……………、うん。確かに、そうだね」
「お前の前世に興味はない。お前が何をしようとしているのかも知らん。ただな、亡霊が生者に向き合えるわけないだろ。神話にも書かれていることだぞ」
「なるほど、道理だね」
「おう。だから。ちゃんと自分を省みろ。天凪千雪としての人生を蔑ろにするんじゃねえ。昔の生き方に影響を受けるのは仕方ないだろうが、そればっかに囚われるな」
「上から目線だね。正論パンチは腹立つよ?」
あまりに的を射すぎて、嫌になる。否定できないせいで、強がるのが精々だし。それに、そんなことは分かりきっている。分かったうえで、この生き方を止められないのだ。私は美少女になることしか知らないのだ。
「されるのが悪い。てか、お前何も分かってないだろ。はあ……、俺だって、お前が迷走してなかったらこんな事言う気はなかったんだよ。昔から危なっかしいんだよ」
そう独り言ちて、晴人は頭をがしがしと掻く。彼も、こんな阿保らしい忠告をする気は無かったのだ。例え前世を引き摺ってようが、それで本人が満足できるなら何だっていいと思う。ただ、昔から千雪の態度は目に余るものがあった。まるで迷子の子供だ。ただ、盲目的に何かを目指している。のに、その何かさえも見えていない。そんな生き方では、待ち受けるものは破滅しかない。かつての彼のように、悔いながら人生を終えることになる。
晴人にとって、千雪もソーニャも大切な幼馴染だ。例え歪な生き方になろうと、幸せになって欲しいと思う。だからこそこんなくだらないすれ違いは、気に入らない。それは、ソーニャの気持ちを聞いたからこそ、尚更に。千雪の不器用な想いを知っているからこそ、殊更に。
だから、それが自己満足であろうと、彼は忠告するのだ。
「一度でいい。ソーニャと本音で話してやってくれ」
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