妄執によって生きる

 私は目的が定まってからは、運動に時間を費やした。早く自由に動けるようになりたかったからね。初めは手足を動かしたり、寝返りの練習をしたり、発声練習をしたり。ガラガラで遊ぶの、あれ意外と楽しかった。そして、やがてぷにぷにのお手々で床を這いずり回り、体力を消費しきったら気絶するように眠るのだ。昔は夜泣きも酷かったが、体力と睡眠時間を把握してからは、夜泣きすることもなくなった。


 私は真っ当な人間だからね。寝不足で辛そうにする母様を見ると、私も悲しくなって泣いてしまうのだ。そのせいで中々泣き止めないし、不の永久機関が完成していたよ。ただし私の体力が切れたら壊れるけどね。うん、間違いなく永久機関だ。


 そして遂に私はハイハイを習得した。頑張って体を持ち上げて、四足歩行するのだ。腕をぷるぷるとさせながら、少しずつ進む。


「なっ、千雪ちゃんがとうとうハイハイを……! すごいわ! えらい! 流石千雪ちゃんね! 映像に残さないと…………あっ、大丈夫!? 頑張って! そう、そう!」


 そうしたら、母様がとても嬉しそうにはしゃぎ出した。父様? 仕事に出かけてるよ。応援をしてくれる母様の元へ、少しずつ、少しずつ、這っていく。ほんの一メートルも無いのに、とても遠いように感じる。やっとの思いで到達したら、母様は私を抱っこしてぐるぐると回り出した。大人なのに子供っぽい言動。けれど見た目が年齢からは考えられない程若々しいせいで不思議と似合っている。ただ頭も見た目相応なのかもしれない。


「うちの子、夜泣きもしないし、よく食べるし、もうハイハイもしたし、もしかして天才なのかしら!?」


 ある程度落ち着くと、そんなことを言い出した。やり過ぎると転生者と疑われたり、あるいは気味悪がられるかもしれないと昔は思っていたが、こんな人なので今は自制していない。確かなことは言えないが、心なしか母様のおつむは弱い気がする。けれどここまで喜んでくれると、私も嬉しいよ。馬鹿な子ほど可愛いと言うし、これも一つの魅力だと思う。可愛いよ母様、うん可愛い。


 母様がずっとニコニコしているから、釣られて私もキャッキャと笑う。正の永久機関が完成しちゃったね。これも直ぐに壊れてしまうだろうけど、不ではなく正だから壊れるのが惜しいね。


 私は表情筋が疲れたから、笑うのをやめるよ。もう疲労困憊である。あのベッドに帰しておくれ。私はお昼寝するんだ。





     ◇





 座って、母様が見ているテレビを一緒に見る。言葉も理解できないだろうに、じっとテレビを見る私に母様は何を思うのだろうね。犬猫が動くものを追うのと同じような感じかな。よし、ワンワンミャーと鳴こう。


「わうわうま~」


 残念、まだ犬猫にはなれなかった。でも、将来成長したら猫耳付けたりはしたいね。母様似に育つなら、容姿は可愛く育つだろうから。それでみゃーみゃー鳴こう。未来の私、過去の私との約束だよ。


 突然声を出したから「どうしたの?」と問いかけてきた母様にキャッキャと笑いかけて誤魔化し、情報収集を再開する。


 母様が見ている番組はワイドショーだ。どうでもいいけど、私はワイドショーがどうしても好きになれないのだ。日朝の連続アニメ極楽タイムのすぐ後に入れるんじゃない。温度差が酷いじゃあないか。せめてVR空間で美少女アバターを使ってくれないかな。美少女が政治的な内容について話し合う。何それカオス。うけるね。


 けれど現実は名前も知らないおじさんおばさんが何やかんや言っているだけ。この世界と前世の相違点を探るのに必要だから見ているが、普通につまらない。パソコンでも使えたら楽だけど、私はまだ生後半年も経ってないからね。使えたら異常だ。あっ、でも今は赤子もスマホを弄るんだっけ?


 ぼうっとテレビを眺めていると、かなり気になる言葉が耳に入った。曰く、魔術と。


 ………ほう? なるほど、なるほどね。この世界は意外とファンタジーだったか。少なくともパラレルワールドは確定したけど、魔術ね。面白そうだ。これ、本当に敵の攻撃から主人公を庇うヒロインムーブとか、初登場時は強者感溢れていたのに仲間になるとポンコツになるヒロインムーブとか、そういうのも出来る可能性があるのか。ロマンだ。くそぅ、もう少し情報が欲しい。唸れ我が口ッ!


「まじゅちゅ?」


「しゃっ、喋った! 単語を喋った! わー、すごい! すご────」


 残念。母様ははしゃぎ出してしまった。可愛いね。けど使えないね。母様と一緒にキャッキャ戯れるのにも心惹かれるが、今はそんな場合じゃない。テンション高めな言葉を意識の外に追いやり、テレビの音声を注意深く聞く。


 ふむふむ、なるほど? ブルータス、お前もか。期待を煽りまくった癖に期待外れも甚だしい。魔術の裏切者め! 卑劣で汚いぞ!


 まあ、あれだ。所詮は現代ということだ。まず、世界の仇なす者とか、そういうのはいない。この時点でロマンの半分以上が無くなってしまった。これに関しては、いずれ神様的な何かが降臨したり星外生命体の侵略に期待するしかない。馬鹿野郎! そうなったら日常系ヒロインムーブが難しくなるじゃないか。平和が一番だよ。間違いない。


加えて、扱うのに先天性の特殊な才能が必要であるらしい。定番設定だね。定番だけどクソだね。そんな努力変数を無視する才能ガチャに勝利した奴は魔術師と呼ばれると。で、魔術師の仕事は意外とない。当然だね。現代は科学の時代だから。魔術みたいな非科学の権化みたな概念も、前世では存在しなかったからファンタジーであっただけで、存在するなら科学の範疇になるのだ。魔術を用いる道具を作るだけなら、知識さえあればいい。それを扱うのには知識さえ不要ってね。才能? そんなもの犬にでも食わせとけ。


 ちなみに、おじおばさん達が何やかんや言っていたのは魔術師による殺人が起こったかららしい。手ぶらでも実際は下手な凶器より危険なものを握っているのだから危ないよー、どうにか対処してよー。って感じのことを騒いでいる。ところで魔術系少女って良くない? キャラビルドの考慮に入れておこう。


そんな感じで、断片的な情報を推測で繋ぎ合わせたパッチワークだから事実とは異なる可能性もあるけれど、概ね間違いないと思う。


 と、そこでピンポーンとチャイムが鳴った。

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