TS転生した。そうだね、美少女になろう

橘宮阿久

それは狂気に似た想いで

 私は美少女が好きだ。具体的に、どこに惹かれたのかは分からない。ただ、それでも幼いころから美少女に、物語のヒロインのような存在になりたいと思っていた。


 図書館でファンタジー物の本を読んで、ヒロインが主人公のために命を懸ける姿が美しいと思った。美少女ゲーをして、美少女のあまりの萌え力に脳を焼かれた。ラノベを読んで、幾戦幾万もの美少女たちの在り様に魂が震えた。美少女絵を見て、単純なる容姿の暴力を、可愛いこそが世界で唯一不変絶対の正義だと識った。アニメを見て、僅かな手先の動きや視線にさえ萌えが詰まっていることを理解した。


 美少女になりたい。心の底からそう思った。魂が焦がれる程に憧れた。それは最早、使命感に似た衝動で。


 VR機器を買った。美少女アバターでVR空間で生活した。何かが違った。自分の性癖の問題かと考えた。だから、勉強を重ねてアバターを自作した。それでも何かが違った。


 実体の有無かと考えた。だから整形し、女装した。美少女とはあまりに程遠く、絶望した。男として生まれ落ちたことを、この時ほど憎んだことはない。


 どうしても美少女になれない。私は現実の不条理を嘆いた。それでも美少女になりたいという衝動は、絶えず身を焼き続けた。だから、そのどろどろとした想いを創作に叩きつけて解消し、僅かな奇跡のような可能性を夢見て待ち続けた。それはフルダイブVRか、TS薬か。しかし何年も、何十年も待ち続けて、やがて一つの悟りを得てしまった。そのまま時は経ち、私は病死した。





     ◇





 生まれた落ちた瞬間、私は「クソが!」と吐き捨てた。どうしてか自分が二度目の生を得ていることだけは理解できて、しかし美少女になれぬなら、その人生に何の意味もない。生き地獄がまた始まるのだと身構え、そう叫んだ。


 けれど、生まれた落ちたばかりの私の生態は未熟で、まともに発音できず「おぎゃあ!」と産声を上げただけだった。目は見えないが、空気が和んだのを感じた。


 けれど、これではハッピバースデイトゥーミーとは言えない。全くハッピーじゃあないからね。強いて言うならアンハッピーバースデイトゥーミーだろうか。私が生まれてきたことは不幸なことだよ、君。それに昔話でも言われるように転生者は悪魔の子みたいなものだろう。


 そんなどうでもいいことを考えて、そのまま私が何故生まれ変わったのかも考える。特別思い当たる節はない。もしかしたら、皆黙っているだけで転生は一般的な出来事なのだろうか。いや、もしそうなら世には神童が溢れかえっていて然るべきだ。あるいはパラレルワールドの類であったらその仮説は反証されるが。


 ともあれ、それは今考えなければならないことではない。それまで怪しい行動を控えて、ネットに触れられる環境を得たら解決する問題だ。仮に「お前は転生者か。ならば死ね!」な世界だったら怖いからね。ところで、我が子が見知らぬおっさんな状況は中々キモイと私は思う。その上、私は少々異常者なきらいがあるのだ。今世の母様には申し訳ないことをしたね。


 そうだ。それに関連してのことだが、何と私には男性器が生えていなかったのだ。つまり女性として生まれたのである。アンフォーチュネイトバースデイトゥーミーとか言ってごめんね、私。改めてハッピバースデイ、私。おめでとう!


 今生では私にも美少女になれる可能性があるのだ。ある程度成長して目が見えるようになってから気付いたが、少なくとも母様の容貌を鑑みれば、外見は確実に美少女基準を満たす。つまり私の努力が重要ってことだね。


 さて、ここで問題になるのは美少女とは何か。ちなみに私には分からない。正直、個々人によると思っている。それに範囲が広過ぎてね。外見も精神性も色々あり過ぎて、もしも詳細に定義できた人がいるなら神と崇めよう。


 まあ、私個人として精神性は関係無いと思っている。人の中身は当人の行動に依ってのみ認識することができるから、重要なのは何をするかであると。それに、人格を含めて考えるなら私は決して美少女になれないからね。悲しいね。


 話を戻して、極論美少女だと感じればそれは美少女なのだ。魂を焼くような、あの強烈な感覚。あれを覚える存在は美少女である。残念ながらVRや女装ではそこに至れなかったが、今ならばいけると思う。いけるはず。いけるよね?


 ということで、私がするべきは美少女になること。さらに言えば、ヒロインポジションが手に入るのが望ましい。やっぱり単体でも十分に輝けるけれど、人との関わりの中にあれこれが美少女を引き立ててくれるからね。多分、きっと。主人公を庇って重症を負ったりしてみたいね。あるいは全力を尽くすもヒロインレースに負けて、自室で一晩中泣いたりとか。微妙に想いがすれ違ってしまった、ちょっぴりハードな百合もいいよね。本当に夢が広がるよ。でもこのままだと夢が広がり過ぎて、あまりにも肥大した夢の質量で宇宙が埋め尽くされてしまいそうだ。だめっ、宇宙が滅んじゃう! 元凶を絶たないと! おお 天凪あまなぎ千雪ちゆきよ!死んでしまうとは なにごとじゃ!


 ちなみに天凪千雪は今世での私の名前である。我が名ながら良い名であると思う。かか様ととと様が名付けの時に語っていたことに曰く、私が生まれた日は十二月二十五日、クリスマスであったと。さらにこの時期には珍しいことに雪が降っていたと。月夜に舞う雪はそれはそれは幻想的で、日も相まってまるで私の誕生を祝しているようだった。だから千雪だと。


 自分に名前を付けられる───正しくは明確な意識を持った状態でその場に居合わせる───のは初めてだったけれど、あれ、すごく嬉しいのだ。何というのだろうか。私というただの人間が天凪千雪という確立された存在になるというか。異物だったのに世界に受け入れてもらえたみたいな。ぼやけた夢だったのが、はっきりとした輪郭を得た感じの。


 そうか、あの瞬間に、ようやく私が生まれたのだ。あれが私にとっての第二の誕生日だったのだ。そうかあ。あっ、ヤバい泣きそう。赤子の体は少し感情が揺れるだけで泣き兼ねないから困る。もっと涙腺鍛えろ、私。


 それはさておき、話を戻して。つまり、私は色々なヒロインポジションに収まりたくて。そのために主人公役人身御供を何人か見つけなければならないのだ。


 さあ、特別に与えられた二度目の人生だ。美少女になれるよう頑張ろうじゃないか。

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