幼く、無邪気に

 私はタブレットで絵を描いていた。まあ、あれだ。金策である。両親は毎月千円の小遣いをくれるが、それだけでは趣味を十全に楽しむことは到底叶わぬ。前世の両親とは違って小遣いをくれるだけでも有り難いが、一度社会人を経験して肥えてしまった金銭感覚では物足りなさがね、凄いんだよね。


 だから親の名義を借りて自力で稼ぐ。私は様々な美少女に対応できるよう、昔は色々な技能の習得に励んでいた。それは例えばピアノだったり、魔導学だったり、他にもいくつか。けれども、私には前世から得意としていたものもある。


 それこそが、美少女イラストである。前世で、私は美少女になりたいという衝動が齎す魂を焼くような、マグマのようなどろどろとした想いを抑えるために創作に打ち込んでいた。それも何十年もだ。自慢だが、こと美少女に限れば私のイラストはかなり上手い。今の私は美少女であるから、昔のようにそういう感情をぶつけて描くことはできないが、代わりに溢れんばかりのパッションがある。


 画材こそ物足りないが、私はあくまで小学生。仰々しいものは、高校生になってから揃えればいい。親に不要な気苦労はあまり掛けたくないし。というか、母様も父様もよくこの活動を認めてくれたね。元々タブレットが必要だと思っていたらしいけど、元値は五万円はしたし。そもそも私の画力がお金を発生させ得る程だと信じていたのかも分からないし。加えて私は小学生だし。別に放任主義というわけではなさそうだけど、かなり自由にさせてくれる。変わった両親だ。


 で、ところでだ。


「それ、楽しいの?」


「うん、楽しい。図工で絵が上手いのは分かってたけど、すごく上手いねえ。どんどん出来てくのが分かるから、目が飽きない」


「思ってたより長文感想が返って来たね」


 何故か、ソーニャに見られながら描いている。いや、何故ではないか。理由は分かる。どうしてそんなにゲームもラノベも漫画も買えているのかって聞かれて、イラストで稼いでいるからって答えた。そうしたら、描いているところを見たいって言われた。


「んー、折角だしインスピレーション源になる?」


「モデルってこと? 別に良いよ」


「いいの? 言質は取ったよ?」


「え? う、うん」


 流石は幼馴染と言ったところか。普段から微妙に迂遠な言い回しをしているから、隠された意味を汲み取りに来ようとする。今回ばかりは直球ストレートだからそんなものないけど。


 タブレットをスリープモードにして、部屋のクローゼットに向かう。開けば、そこにはたくさんのコスプレ衣装が。まあね、折角美少女に生まれたのだから可愛く着飾りたいよね? ならコスプレだね。魔術とか言う便利なものがあるから、割と簡単に作れるし。一年と半年くらい前から始めた趣味である。


「おお、こんなにあったんだ」


「こんなにあったの」


「懐かしいねえ。この……何? ファンタジーな服。前に着たね」


「良く似合ってたよ。ソーニャのために作ったとはいえ、想像以上だった。で、希望はある? 無いなら取り敢えず肩出し巫女さんになるけど」


「え、それはちょっと」


「残念。言質は取ったからね、拒否権は無いよ」


「横暴な……まあ、いいけど」


 勝った。ソーニャは意外と恥ずかしがり屋さんである。だから、あまり可愛い恰好はしてくれないのだ。けれど、可愛い恰好に興味がないわけではない。だから、こうして逃げ道を用意してやればちょちょいのちょいってものだね。嘘だけど。


 前は長い交渉の果てにようやく一着だけ着てくれたのだ。文句をぶつくさ言ってた割に満更でもなさそうだったから、可愛い恰好をするのが嫌ってわけではないと思う。拒否する理由も羞恥心に依るものだと思う。けど、こんなにスムーズに進むのは流石に想定外。羞恥心麻痺したのかな。いや、耳が赤くなってるし違うか。可愛い。


 まあ、チャンスだね。取り敢えず銀髪碧眼肩出し巫女さんだ。


 ソーニャが着替えるのを視界の端でじっくり見る。真正面からガン見すると居心地が悪いのは私自身よく分かってるからね。配慮はする。でも、あれだね。生着替えって良いよね。小学生だから犯罪臭がするけど、それもまた良し。何だろうか。チラリズム的なやつなのかな。少しずつ肌が晒さられて、その後に私が作った衣服で覆われる。チラリズムではないね。でも、露出している肩から腋がビューティフル。


「ど、どう? これで良い……?」


「んー、ちょっとここ座って。髪触って良い?」


「うん」


 十分に可愛いけど、だからこそ髪型も弄りたくなってしまった。ポニーテールを解いて、手櫛で髪を梳きながらしばし思案。白銀の髪に碧眼の巫女さんだからね。何が一番似合うのか。


「んー……あっ、鏡とか置く?」


「いや、いい! いらない!」


 適当に髪留めで止めてイメージを掴みながら、私の魂を利用した演算力を駆使して幾つもの完成系を想像する。


「………よし。ちょっと待って」


 確か、簪は前に作ったものがある。あれは千雪からとって雪をあしらって作ってみたものだけれど、私にはあまり似合わなかった。でも、ソーニャとの相性はいいはず。


 あとは髪留めは、今作ろう。既に加工準備を済ませた材料は残っている。今の私の変質の魔術なら、小物は十数回重ね掛けすればイメージする通りに形を変えることも可能。精巧なイメージは頭の中にあるけれど、絵にすることで確認と補完を済ます。


 術式を構築し、私自身と同期し、手始めに一発。大まかな形を取る。そこから何度も重ね、少しずつ細かな所へ、微調整をしながら。


「おお! すごい! 魔法みたい!」


「魔術だからね」


 十分くらいかけて二つ完成。見た目は蓮に近いかもしれない。蓮と言えば仏教だね。なら、八百螺蒔蓮華髪飾と名付けよう。意味は分からない。読み方も分からない。そのまま読むなら、やおらじれんげかみかざりかな。


「後ろ向いて。八百螺蒔蓮華髪飾付けるから」


「待って何て?」


「えっと、八百螺蒔蓮華髪飾」


「やおら、じれんげ、髪飾り……?」


 ツーサイドアップにして二つとも紐で止める。余分を持たせたことで垂れている紅色の紐が銀の髪を見事に引き立てていて、中々良い感じ。

 

 それから、寂しくなってしまった前頭部には簪で彩りを設けて。あとは紐でもみあげも少し。


 全体を俯瞰して見る。あー、巫女服が些か俗っぽいって言うか安っぽい。もっと天女感が欲しい。微妙に透ける薄いやつ、あれを羽織ると良いかもしれない。でも、流石に短時間では作れないしなあ。とは言え、美少女レベルはヤバいね。可愛いは正義という絶対真理のもとに戦争が起きかねない。


「うん、可愛い。女神様だね。うん。良き。最高。写真撮っていい?」


「写真はあんまり……」


「そっか。あっ、鏡」


「えっ、わあ……! 私、巫女だ……!」


 それはどういう感想なのだろう。まあ、ニマニマ笑っているから喜んでいるのだろう。可愛い。美少女の笑みってどんなものでも可愛いよね。興奮で紅潮しているのも良い。天使だ。それを見て私も微笑んでいるはずだから、私も美少女だ。うん、キモイね。でも私は美少女なんだよね。抱き着きたい欲求も必死に抑えてるから紳士でもある。違う! 私は男じゃない! 紳士なんかじゃあない!


 そうして二人でニマニマしていると、扉が勢いよく開いて妹が入ってきた。


「何と!? ソーニャ姉、巫女になってる!?」


「こ、こんにちは。識」


 ふむ。視線が彷徨っている。耳も真っ赤で。もしや、対私にだけ羞恥心の機能が弱くなったのかな。何にせよ、ナイスだね識ちゃん。


「お姉ちゃん! 私も! おままごとする!」


「良いよ。おままごとしよっか。ソーニャもいい?」


「えっ。もう小四だし、それは流石に……」


 やれやれと首を振る。君は何も分かっていない。


「小四もまだまだ子供だよ。間違いなく子供。面倒なことは何も考えず、無邪気に遊んでいてもいいの。やりたいことをしていいの。その権利がある。だから、楽しむのが一番大事。私はソーニャと頭空っぽにして遊びたい。一緒に夢中になろ?」


「まあ、そこまで言うなら……」


 どうしたの、ソーニャ? ちょろくなり過ぎじゃないかな。


「やった! 私、お姫様する! 魔法少女の御姫様!」


「なら私はメイドだね。ソーニャはそのまま巫女? んー、カオス」





     ◇





 天凪嗣穂つぐほは、遊んでいる娘たちのために、ジュースとお菓子とを運んでいた。既にソフィアが千雪の部屋に入ってから一時間と三十分は経つ。脱水症状を予防するためにも、今が丁度良いだろう。


 二階に上がる階段に差し掛かったあたりで、賑やかな声が漏れ聞こえてきた。相当大きな声で話しているようだ。その声は、近付くにつれて明瞭さを帯びて行く。


「十六! マジカルショット!」


「あー、十五。回避されたね。さらに十八。ターゲットは……識ちゃんだね」


 何をしているのだろうかと、ドアの隙間から覗いてみる。そこには、現実のものとは思えない異質な光景が広がっていた。娘たちがフリフリの魔法少女みたいな服や、メイド服を着ているのは、いつも通りのこと。ソフィアが巫女服を着ているのは珍しいが、納得はできる。


「回避! 出目は……四!? ぎゃー!」


「位置が近いから私が! よし、成功! メイドカバー!」


 三人は卓を囲っていて、卓上にはホログラムらしきものが投影されていた。映し出されているのは町。しかも、小さくした三人がそこにいて、日朝アニメの敵みたいなのもいる。様子を見るに、それぞれの行動は賽子の出目で決めているのだろう。技名を叫んだり、大袈裟にプレイヤー自身も動いているのはルールか、それともテンションか。でも、ステッキをぶんぶん振り回す識には嗣穂も一末の不安を覚える。千雪も箒を持っていて、ソフィアも祓串を持っている。今にも振り回しそうで、少し危うさを感じる。


「次は私ね! 背後を取って、出目は……二十! やった! 食らえ! 稲荷秘文、慎み白す、救急如律令!」


「待って待って!? そこ私も射線に入ってる!?」


「ぎゃー、死ぬー!」


 でもまあ、楽しそうだから良し。これを邪魔してしまうのは、いくら何でも無粋だろう。なべて世はことも無し。今日も平和だ。嗣穂は落ち着いた頃にまた来ようと、リビングに引き返した。





      ◇





「あっ、髪飾りと簪はあげるよ。……お金は気にしなくていいよ。元手は大した値じゃないから。それに私が持っていても意味がないし。だから、ね。………うん、ありがとう」

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