美少女とはなんなりや

 あれから三年が経ち、私は小学四年生となった。時が経つのは早いね。嘘だ。馬鹿遅い。小学校とか無駄な時間の極みでしかないのだ。せめて何らかのイベントを用意しろと。美少女的なイベントフラグが一つも立たないんですが? バグか? 何を言うておるのか。自業自得だろう、阿保。


「はあ……」


「どうしたの? 溜息なんか吐いて」


「いや、学校面倒臭いなあって」


「……うん、面倒だねえ。サボりたいねえ」


「朝から暗いな」


「君は別じゃない?」


 ソーニャの気持ちはきっと私のものと一致している。似たような境遇に陥っているから。晴人は別だよ。


 私たち二人は社交性ステータスが欠けていたのだ。ソーニャに関してはロシア人と日本人のハーフなのが大きかった。小学生は無知だからね。倫理観も持ち合わせていない阿保だからね。すぐに排斥にかかる。


 それにこの小学校は在校生徒が兎角多い。一クラス三十人越えは当たり前。学年によっては二クラスに分かれているところもある。前世でも人数が多い小学校はいじめが起きやすいと聞いていたが、本当にそうだったとは。


 今では解決させたものの、そのせいでソーニャは一層人見知りを加速させてしまった。人間不信にまでは陥っていないと思うが、何にせよ交友関係は小学一年生の頃から全く変わっていない。多分、私が不登校になったらソーニャも不登校になるような、そんな危うさがある。晴人もいるって? いや、あいつは真っ当な交友関係を築いているから、ソーニャには付きっ切りにならないからね。


 私に関してはもっと単純。クソみたいな独占欲だね。少しヘイト管理に失敗したとは言え、新たに友人を作る余地はあった。けれども、一体どうして美少女になる見込みがない輩に近づく必要があるのか。私が仲介役となってソーニャに友だちを作る機会を与えるのが道徳的には一番だってのは分かるよ? けれども、普通に面倒くさいし、ソーニャは私のものだからね。私から独立するのを邪魔する気はないが、私から巣立てるよう助ける気もない。


 それに、どうしても私の根は陰キャだからね。苦痛を感じずに維持できる交友関係はここまでだ。


「よし、チェスしよ」


「今から? ニ十分しかないし、私は雑談を提案する」


「テーマは?」


「んー……、あっ、そうだ! 前に千雪が言ってった聖印の老騎士見たの! あれ、すごいね! まだ五話だけど、ヒロインがすごい!」


「言いたいことは分かるけど語彙力………」


「待て!? あれって鬱アニメじゃねえか!? 情緒ぶっ壊す気か!?」


「いや、あれは鬱じゃない。確かに引きずると思うけど、綺麗だったからね」


「お前こそ語彙力鍛えろよ。何が言いたいのかさっぱり分からん」


 晴人は一体なにを言うのか。あれは鬱アニメに入らないよ。心地よい引きずり方をするから。ソーニャもしばらく情緒不安定になるだろうけど、それは仕方ないね。


 そういえば、一つだけ訂正しておこう。学校には美少女的イベントが無いと言ったが、あれは嘘だ。大前提として、私が二度目の生を受けているとは言え、天凪千雪の人生は一つしかない。天凪千雪という人間も一人しかいない。


 加えて天凪千雪というキャラ人間ビルド設定や技能が天凪千雪としての美少女ムーブの基盤となる。そして美少女ムーブの積み重ねが私の選んだルートとなり、それを死ぬまで繰り返すことで天凪千雪の人生が完成する。私はその一つだけの人生で以て美少女を体現したいのだ。


 であれば、私の行動は全て美少女の礎になる。何気ない会話の一つさえ、美少女的イベントに換算される。命を張って主人公を庇うまでもなく、ヒロインレースに敗北し雨の中を走るまでもなく、女の子と手を繋いでジャンプするまでもなく、ただ無為自然に在れば美少女を証明する。まあ、美少女を哲学する中途で得た解である故、正しいとは限らないが。


「web小説だと楽園少女と金狐も良い。基本は日常で、所々シリアス。残念美人の大御所だと思う」


「話題転換がすごい。完全に飛んでるじゃねえか」


「残念美人ってあんまり聞かないよねえ。あれ、ポンコツ系って解釈でいいのかな?」


「付いていけるのか」


「私はポンコツ系とニアリーイコールだと思っている」


 ただ、それはそれとして学校が面倒なことに変わりはないが。ソーニャ達と話すのは楽しいけど、それなら家で遊べばいいし。勉学という面では完全に無用だし。あっ、でもあれだ。圧倒的高下駄パワーで承認欲求が満たされる瞬間は楽しいね。クズな考えだけど仕方ないね。美少女には欠点が付き物だから。





    ◇





 さて、私は美少女を哲学しているが、それはある大前提を無視した、砂上の楼閣に過ぎない。かつての私は一つの悟りを得た。


 即ち、三次元に美少女は存在し得ない。


 所詮は三次元の存在であれば、より高次な二次元に匹敵することは不可能である。美少女とは二次元であるからこそ存在し得る概念であり、三次元で美少女と呼ばれる全ては紛い物である。


 今も覚えている。それを悟るまでの過程を含めて、全て。だから私は記憶の片隅に閉じ込めた。取るに足らないものだからではなく、私の存在そのものを否定する呪いだから。


 なればこそ、私はその仮定を省いて哲学する。私が美少女であることを証明するために。


 第二の生。人生を懸けた、存在証明。


 未だ天凪千雪の美少女は仮初なりて、ソフィアと識の美少女も歴然とせず。


 はてさて、美少女とは一体何だろうね?

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