夢というには、あまりにも
遂に私も小学六年生になった。そして二泊三日の修学旅行、当日になった。二年前にソーニャたちと魔術を応用したTRPG擬きのおままごとをしていたのが先日のように感じる身としては、時間が経つのは早いなあと思う。だって、もう少しで中学生になるわけで。JCだよ。さらに三年経ったらJKだよ。さらに三年経ったらJDであとは衰えるばかり。美少女の寿命が見えてきて悲しいよ。母様は今でも若々しいし、ニ十歳くらいまでは耐えられないかなぁ。
「成長よ、止まれ」
「……? 突然どうしたの」
「時の理不尽さを感じたの」
今はバスに乗っている。隣はもちろんソーニャ。たった二人の友人である。晴人は最後尾で何かワイワイやってるよ。幼馴染の癖してコミュ強陽キャめ。ちなみに私たちは後ろから二番目だから、真後ろで騒いでいやがる。
閉じていた目を開けて、窓に視線を向ける。視界に映るのは緑豊かな山と、滑らかな白銀の髪。会話はない。いつも喋っているし、さっきまでもずっと喋っていたから。このゲームが面白いとか、修学旅行で何をするのかとか、お空綺麗だねえとか、あそこに山には妖怪がいるみたいな、そんな戯言を。
旅行かあ。前世では学校行事で何度も行ったから、あんまり気が乗らない。ソーニャと遊べるのは楽しみでも、それなら二人で良くないかと、そう思ってしまうわけですよ。前世の小学校での修学旅行は一桁人数だったから移動とかもスムーズだったけど、今世では三、四倍いるからね。絶対ぐだぐだする。確信できる。
あっ、私の美少女式センサーが面倒事の予兆を感知してしまった。後ろで恋バナみたいな何かが始まった。誰々が好きー、とかじゃなくて、修学旅行なんだから誰か告白しろよ、ってやつ。誰が好きとかには興味がなくて、ただ揶揄うことを主題にしているやつ。晴人がいるからね、飛び火する予感がね。
「晴人はどうなんだよ。女子とよく遊んでるじゃねえか」
外を見ていたソーニャと目があった。わくわくしていそうな目だった。まさか、ソーニャ。恋バナとか好きな人種か? それは陽キャの道ぞ。まあ、全く浮いた話を聞かない晴人の恋愛模様は気になるけれど。
そういえば、実はソーニャの交友関係はこの二年で広がった。それは劇的というものではなく、話せる人が増えたって程度だけれど。それでも私がボッチでいる時間は着実に増えていて、彼女の巣立ちを実感している。寂しくなるねえ。と、背後での会話もなかなかヒートアップしている。
「だから、僕に好きな人はいないって。告白はしない。第一、ねんれ…いもさあ」
「なら直接聞くか! お二人さん、実際どうなの?」
「ああ……巻き込んで、すまん」
後ろから顔を乗り出して迫ってくる軽薄そうな男。失礼なやつだ。我、美少女ぞ?
「はあ……ハルくんに好きな人はいないと思うよ。枯れてるから」
頭だけを後方に向けて答える。私たち以外の人に秘かに想いを寄せている可能性は否定できないけど。少なくとも、晴人という人間は幼馴染に美少女が二人、いや三人いても恋情を抱かない老木だ。年寄り趣味じゃない限りは、想い人がいるとは考えられない。不服そうな顔をしても事実は変わらないよ、晴人。甘んじて揶揄われておれ。
「ふーん。じゃあ、どっちかが好きだったりしねえの?」
「しない」
「有り得ない」
ソーニャ、即答で有り得ないは可哀そうだと思うよ。晴人も不本意そうな表情をしているし。流石にこれは同情する。私もしないで即答したって? それは、まあ。美少女としてなら男に純潔を捧げるのもやぶさかではないけれど、どうせなら美少女に捧げたいし。男って時点で消極的要因以外で恋愛対象にはならんのだよ。
それで、あれらは興味を失ったのだろう。もう頭を引っ込めている。さて、先と同じようにボーっとするのも悪くはないけど、普通に暇だ。
「よし、ソーニャ。チェスしよ」
「囲碁がいい」
「なら囲碁しよ」
「うん」
全く、魔術というものは便利である。極論、紙一枚でボードゲームをできるのだから。別口で演算用の道具を用意しないと、脳が馬鹿みたいに疲れるけど。
◇
修学旅行の二日目だ。京都の三十三間堂を歩いている。進行方向に向かって右側、千と幾つかの仏像が立ち並んでいる。見下ろされているとか、そう描写するには些か無機的であることよ。これ、失礼にあたるかな。一応、私は有神論者だし。転生とかも経験したし、崇める方がいいのかな。
現実逃避気味にそんな事を考える。さっきから、ソーニャが何やら考え込んでいるのだ。多分、話を切り出すかどうかで迷っている感じだと思う。眉間に眉を寄せて、少し俯きがちに。時折顔をあげて、目が合うとすぐに視線が外れる。うん、多分間違いない。
はてさて、話題は何だろうね。修学旅行の際中で勿体付けて切り出すような話。告白でもされたかな。
しばらく待っていると、袖を引かれた。
「どうしたの?」
「その、昨日ね。こっ、告白されたんだけどどうしらいいとおもう!?」
わあ、早口。というか、本当に告白されたんだ。喜びとか不安とか寂寥感とかで脳がぐっちゃぐちゃになりそう。
「とりあえず、おめでとうって言っておく」
「えっ、何で? 返事はしてないよ」
「だって、告白されたのはその人にソーニャの魅力が伝わったからだと思うから。昔は私たちとしか話せなかったのに、今は色んな人と関わるようになった。寂しいけど、ソーニャの魅力が広がっているのも嬉しいし、ソーニャが友だちを作れているのも嬉しい。寂しいけど。寂しいけどね」
「むう、それなら千雪も話せばいいのに」
「私は無理だよ。それで、誰に告られたの? 場合によってはカチコミ案件になる」
まあ、一番大事なのはこれだ。さっきはああ言ったけど、もしも一目惚れとか修学旅行の乗りで告白するような輩ならお話しなければならない。丁重にね。
「……佐宮君」
「……佐宮、あいつか」
バスで、身を乗り出して晴人が好きか聞いてきた奴だね。なるほど、あれは伏線だったか。普段の言動はチャラいから苦手な相手だが、少なくとも悪人ではないと思う。悲しきかな、素行は悪くないのだ。だから、お話して告白を取り消させることはできない。
「別に、受けても良いと思うけどね。でも私としては、小学生の内からそういう付き合いをするのはどうかと思うわけでして。やっぱり子供だからね。恋に恋してるなんてこともザラだし、責任も持てないだろうし。だからお受けするって言うなら私を倒してからにしなされ!」
「ふふっ、すっごい早口。何言ってるのか分からないよ。安心して。何となく言ってみただけで、告白された時に断ってるから」
何と。死体蹴りの類であったか。
「はあ、本当にびっくりした。あと、そういうのは言い触らすものじゃないよ」
「でも、千雪なら誰にも言わないよね?」
「そういう問題じゃないですー」
「うぅ、私も後悔してるし。あっ、ほら。千雪って夢とかないの?」
「何その話題転換」
あまりにも露骨すぎる。私じゃなければ見逃していたね。でも、夢か。頭を過るのは美少女。けど、あれは夢と呼ぶにはちょっとね。だから、
「まあ、夢はないね」
そう言うと、ソーニャはほんの少しだけ表情を翳らせたような気がする。多分。
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