銀髪美少女此処に在り

 私は前世では叶えられなかった美少女になるという願いを実現するために動いている。いや、正しくは美少女を堪能するためだろうか。まあ、そういうわけで日頃からルート開拓に勤しんでいるわけだ。


 そのために、技能はあればあれだけ良い。一点特化系とか無能系の美少女もありだと思うけれど、大は小を兼ねる。持ってない技能を使うことは出来ずとも持っている技能を隠すことはできるのだ。あと、純粋に能力に制限を掛けるとキャラビルドの択が狭まり過ぎる。私は理想の美少女にも最強の美少女にもなれないかもしれないけれど、できるだけ美少女美少女したいのだ。


 だから両親に頼み込んでいくつか習い事を受けさせてもらった。条件として三歳になってからとだけ言われたが、無理な頼みを聞き届けてくれた母様も父様も良い人が過ぎる。私は親ガチャとかいう言葉が嫌いだが、それでもこの二人の元に産まれてきたことは相当な幸運だったと思う。ただ、二人とも善人過ぎるから詐欺に引っ掛からないかだけ心配だ。


 それで、その習い事の内の一つがピアノである。ピアノを弾ける少女ってロマンじゃなかろうか。私はロマンだと思う。ピアノは美少女レベルにボーナス点を付与する。それに私は前世では絶望的に音感がなかったからね。端的に言えば楽器は下手、歌も下手の音楽嫌いだったのだ。けれど美少女なら最低限の歌唱力は欲しい。だから、その辺の狙いもある。それならボイトレしろって? 我三歳児ぞ。まだまだ体は未発達ぞ。


 で、そこのピアノ教室の先生はロシア人の方だったのだ。だから、両親と先生に頼み込んで、追加でお金を払うことでロシア語のレッスンも追加でお願いした。何で態々ロシア語を習うのかって? 私は知っているのだ。ロシア語を使えれば銀髪美少女と仲良くなれるかもしれないと。例え天文学的確率であっても、挑戦するに越したことはないよね。実際、衝動的だったのが役に立ったし。





     ◇





 ソフィアが日本にやって来たのはまだ三歳の頃だった。よく分からないまま飛行機に乗せられ、やって来た異国の地。言語も文化も違う国。ソフィアは言葉を理解できない恐怖と、そんな地に連れてこられた怒りで閉じこもってしまった。


 けれど、春を迎えると幼稚園に通わされることになってしまった。絶望である。何せ、言葉が通じないのだ。仕方なく日本語を学んだが、それでも同年代の子達と比較しても語彙力は拙く、加えて銀の髪は日本では異端だ。結果、皆に避けられた。


 けれど、そんな中にも関わらず、近付いてきた人はいた。不思議な雰囲気の少女。たしか、家のピアノ教室に通っている人だったと思う。多分。


『おはよう。ソフィア』


 第一声。彼女は、そう、流暢なロシア語で喋った。驚愕、それがソフィアの頭を埋め尽くす。


『えっ? あなたも、ロシア人なの……?』


『違うよ、私は日本生まれ日本育ちの日本人だね』


『なら、どうしてロシア語を……?』


『あー……、ピアノ教室の先生に教えてもらって』


『お母さんが……?』


『お母さん? そういえばソコロワ性……もしかして先生のとこの娘さん?』


『うん』


『ええ……でも、なるほど。なら、改めまして。私は天凪千雪だよ』


『あまなぎちゆき』


『よろしくね、ソフィア』


『うん、よろしく。ちゆきちゃん』


「えっ? ちゅき?」


『………?』


 最後に何を言ったのかは分からなかったけれど、ソフィアはこうして話せたことが嬉しかった。幼稚園という限られた空間の中で自身は異物であると、幼いながらに理解できしまったから。絶望しかなかったところで、彼女は温かな希望だった。


 それからソフィアは幼稚園が終わるまで千雪とたくさん話して、遊んだ。お母さんが迎えに来たら、すぐにお願いをした。


『お母さん! ちゆきちゃんはいつ家に来るの? 私も一緒にピアノする!』


『こんにちは、先生』


『おかえり、ソーニャ。それに千雪ちゃんもこんにちは。家の子と仲良くしてくれたのね、ありがとう。それでソーニャ、どうしたの?』


『ちゆきちゃんともっと一緒にいたいの!』


「くふっ」


『まあ! 千雪ちゃん、お願いしてもいいかな?』


『もちろん当然こちらこそ喜んで承けたわまります!』


 その日から千雪は頻繁にソフィアに家に遊びに来るようになり、ソフィアも度々千雪の家に遊びに行った。


 千雪がピアノ教室に来る日には、ソフィアも一緒にピアノを習うようになった。ピアノ教室の後の千雪がロシア語を教わる時間にもソフィアは同席し、それぞれが日本語とロシア語を教え合うようになった。


 するとソフィアはめきめきと日本語が上達していき、やがて日常会話は難なく熟せるようになった。……その頃には、千雪のロシア語力はソフィアを抜いていたのだが。コツを聞いたら、彼女が言うことに曰く、「脳じゃなくて魂で覚える感じで……」と。意味が分からない。


 そうなると、話せる人も増えて交友関係も少しだけ広がった。少しだけというか、二人だけだけど。それが千雪の妹の識と、隣に住んでいる晴人だった。他の人とはやはり仲良くなれなかった。髪と瞳の色が違うから、それを理由にソフィアを避けたり、からかったり、そんなのばっかりだった。


 やがて六歳になり、小学校に入学した。

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