第6話

「ここからが特に大事なんですけど……」

 わざわざ前置きして、望は少し姿勢を改めた。ちなみに、一真が胡座あぐらをかいているのに対して、彼はずっと正座している。そろそろ足が痺れてくるのではないかと気になるが、本人は涼しい顔だ。

「隠人は家系で遺伝することが多いんです。例えば、僕の家は代々隠人で、祖父も姉も隠人なんです」

「へ~~、なんかカッコいいな! 代々、超能力者の家系ってヤツじゃん!」

「他人事じゃありませんよ。一真君のお家だって、隠人の家系なんですから」

「へ? うち??」

「浅城町は隠人が多い地域なんです。その中でも、斎木家は指折りの強力な隠人の家系です。一真君のお爺様だって、若い頃は鎮守役として邪と戦われていたんですから」

「ジイちゃんが? マジで??」

「強かったそうですよ。僕の祖父とライバルだったけど、家業を継ぐために引退されたそうです」

 言われてみれば、祖父は還暦を過ぎているのに、現役のプロレスラー並みの筋肉だ。あれは、その名残に違いない。

「そんなだったら、鎮守役じゃなくて金物屋のほうを辞めたらよかったのにさ。なんか、勿体ねェよな」

 ずっと閑古鳥が鳴いている金物屋より、町内を人知れず守る鎮守様のほうがカッコいい。正直な感想だったが、望は複雑な笑みを浮かべた。

「えっと……、一真君のお家の家業は金物屋さんだけじゃありませんから……」

「……やっぱ、うちって他に何かやってんの? 城田さんが知ってるってことは、隠人関係、とか……」

「そこはお爺様に直接聞いたほうが……。僕の口からは、ちょっと」

「……本人に聞く前に、ここだけは知っておきたいんスけど……、なんかヤバいことに手を染めてたりってことは……」

「それだけはありません。安心してください」

 にこやかに断言し、望はカフェオレを啜った。

「隠人の家系に生まれた以上、一真君と妹さんも隠人の可能性があります。一真君はまだ兆は出ていないみたいだけど、潜在的な隠人だと思いますよ」

「てことは、オレも超能力者かもしれねェんだよな!」

「なんだか嬉しそうですね」

「超能力って、ちょっと憧れるじゃん! テレポートとか、サイコキネシスとか……!」

 月並みだが、遅刻しそうな時にテレポートする図が浮かんだ。かなりいいかもしれない。

「残念だけど、隠人ぼくたちの能力は、そういう系統の力じゃないんです……」

「え、そーなの??」

「一般的に、身体能力がかなり高いのが特徴です。後は、修行して術かな」

「へ~~、術って、どんな?」

「鎮守隊では邪鎮めに特化したものばかりですよ。宵闇よいやみなら、さっき一真君が言ったテレポートに近い動きができるかもだけど……」

「宵闇?」

「ええっと……」

 望は焦った顔をした。

「助っ人に来てくれる上級者の団体ですよ。別組織だから、僕もよく知らなくて……」

「ふーん、複雑なんだな」

「あはは、まあ、いろいろな人が絡んでますから」

 ごまかすように笑い、望はカフェオレを一口飲んだ。

「隠人として覚醒すると、能力に目覚めるけれど、同時に邪に狙われやすくなります。精神的に不安定になる人も多いから、覚醒の兆が出たら、家族は用心するんですよ」

「……さっきジイちゃんと話してた感じだと、詩織……、妹はそれが出てるってことだよな……」

「直接会わないと断言できませんけど、お爺様の見立てなら間違いないでしょう」

「そっか……。でもさ、ジイちゃんも親父も母さんも、そーいうこと言ってなかったけど……」

 電話では、詩織が不安定なのは、「兆」に原因があるような口ぶりだった。それなら、一真にも話してくれてもよかったはずだ。

 一真の内心が伝わったように、望はにっこりと笑った。

「一真君に覚醒の兆が出ていないからでしょうね。隠人の家系に生まれても覚醒するとは限らないから、家族は兆が出ない間は何も話さないんですよ。普通に生きるなら、鎮守隊も隠人も知らないほうがいいですし、覚醒しないことが負担になる人もいますから」

「待ってくれよ、そんなだったら、オレに話したらマズいんじゃ……」

「構いませんよ。勘だけど、一真君はそう遠くないうちに覚醒すると思いますから」

「へ? なんで?」

霊格れいかく……、霊気のレベルみたいなものなんですけど、それが今の時点で凄く高いんです。そういう人は兆がなくても急に覚醒してしまうこともあるから、先に話しておこうかなって。急に、その辺りにいるお化けが見えるようになったら、怖いでしょう?」

「げ。覚醒って、そっち系なんスか?」

「ええ。お化けとか怪談が苦手な人は、トラウマになりやすいですね」

「や、苦手とかじゃなくても、トラウマになりそうなんスけど……。城田さんも見えるんスか……?」

「ええ、一応。毎日見てたら慣れますよ」

 望は自分の左手の甲を撫でた。黒い手袋に覆われたそこが、一瞬だけ赤く灯った気がした。

「たぶん、お爺様とご両親は一真君の覚醒を予想されていると思いますよ。槻宮学園の受験は、ご両親のご希望でしょう?」

「そーだけど……、なんで?」

「あの学園は、隠人の専用クラスがあって、鎮守隊とも協力体制をとっているんです。覚醒した隠人はもちろん、覚醒の可能性が高い潜在隠人も積極的に入学させているんですよ。とはいっても、生徒の九割は隠人じゃありませんけどね」

「マジで……?」

 望が言う通り、槻宮学園の受験を勧めたのは両親だ。

 詩織が槻宮学園東京校の中等部を受験するから、同じ東京校の高等部を受けてほしいと頼まれた。

 当時、一真には行きたい学校も特になく、大坂に馴染めずに学校を休みがちだった妹が元気になるのなら、と受験を決めた。

「でもさ、特に面接とかもなかったけど……、どーやって覚醒前の隠人を見つけてるんだ?」

「いろいろ手段がありますけど……、奨学金のクジ引きなんて、わかりやすいんじゃないかな。一真君と妹さん、当たったでしょう?」

「当たったけど……」

「あのクジの紙は一定レベル以上の霊気に触れると校章が浮かび上がるんです。合格した隠人や潜在的な隠人が優先的に入学してくれるように、っていう理事長のアイデアです。入試の点数はオマケしてくれませんけど」

 望は「受験で落ちちゃった人は、別の形で観察を続けますけどね」と苦笑いを浮かべた。

(それで、二人とも当たったのか……、あれ? なんかおかしくねェか……?)

 自分達兄妹がそろって当たった理由はわかった。だが、確か光咲達も当たったと言っていなかっただろうか。

(アイツが言ってたの……、同じ奨学金のことだよな……?)

 槻宮学園は沢山の奨学金制度があるから、光咲は別の制度に申し込んだのかもしれない。だけど、本当に同じ奨学金制度に当たったのだとすれば、彼女は……。

「考え込んでますけど……、何か、気になることでもあるんですか?」

「あ、いや、鎮守様って、スケールがでかい話だったんだなって……」

 慌ててごまかした。

 勘違いだったら、光咲に迷惑をかけるだけだ。そのうち、それとなく聞いてみればいいだろう。

「たぶん、一真君が今思ってる十倍以上はいろんな力が働いてますよ。入学までに兆が表れたら、高校生活もかなり変わるんじゃないかな……。僕は小さい頃に兆が出て覚醒したから、最初から隠人としての入学でしたけど……」

「それじゃ、城田さんも槻宮学園の生徒ってことだよな?」

「ええ、中等部から通ってますよ」

「マジ!? 先輩じゃん!!」

 思わず身を乗り出した。

「今度、学校のこととか教えてくれよ! 槻宮のこともあんま知らなくてさ……!」

 槻宮学園の本校は京都だ。大坂に住んでいた一真にとって、京都の本校も東京校も、どちらも馴染みがない。空手や剣道の大会で毎回対戦してきたので、強豪校の印象がある程度だ。

 実は、最新設備を備えていて、独自のカリキュラムが充実している上に部活も盛んで、かなり人気がある学校らしいと知ったのは、つい三日ほど前だ。

「もちろんです。今日はそろそろ失礼しなくちゃいけませんから、また今度……」

 望はポケットから名刺ケースを取り出した。

「早いうちに妹さんと一緒に、ここに来てください。お爺様が出張中だし、困ったことがあったら遠慮なく連絡してくださいね」

 渡された名刺には、葉守神社の住所と電話番号が印刷されていた。

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