第5話

「里長様は怖いなあ……」

 宝珠を木箱に仕舞い、立ち上がった宗則の耳に明るい声が届いた。

 後ろに控えていた少年――、城田望しろたのぞみは「降参」といった表情で首元を緩めた。

「おじい様と隊の皆は上手くごまかせてたのに……」

 肩から首元にかけてを覆う包帯がうっすらと蒼く光っている。

 宗則は険しい目で包帯を睨み、深々と溜息を吐いた。

「里長様に隠し通せるわけがないだろう。昨夜痛めた肩だけかと思っていたが、一週間前の腹の刺し傷……、そっちも塞がりきっていないな?」

「…………どうして、わかったの?」

「腹からも天一なかの光が漏れているからな。そんな体では、立て続けに負傷するのもしかたあるまい。いくら霊格が高くとも、治癒力には限度があるのだぞ?」

「……ちょっと油断してただけだよ……」

「先日も壬生君が案じていたぞ。学校のみならず、巡察中も上の空でぼんやりしている、とな……。治癒力が落ちるほど疲れているのなら、早く言わんか」

「別に、疲れてなんか……」

「一週間前の傷がまだ癒えていないのが良い証拠だ。鎮守役を担ったばかりの頃のお前なら、はらわたがえぐれるほどの裂傷でも次の日には癒えていたからな」

「そうだったっけ?」

 これ以上、何かを言っても無駄だと判断したのだろう。

 宗則は左手首の数珠からスケジュール帳を取り出した。

「里長様のご指示だ。さっそく今夜の巡察から向こう三日、休みなさい。お前の出動は包囲網ができた時と緊急時のみ。それ以外は自宅待機だ。いいな?」

「え~~~!?」

「『え~~~!?』ではないわ、馬鹿者。三日の間に、その腹と肩が完治しなければ、自宅待機は延長だからな? 壬生君には私から話しておく」

「勝手に決めないでよ! 主座は僕なのに!」

「自己管理もできていないのに主座を名乗るでない! 一週間後には、信濃しなのの霊山から視察隊が来るというのに、その体たらくで迎えるつもりか?」

 望は俄かに真剣な顔をした。

「霊山から? 何も聞いてないけど……」

「今朝、夜番が終わった後に決まってな。細かい調整が済んでから話すつもりだったが、まあ良いだろう」

「……何しに来るの?」

「西組の現状を直接確認したいとのことだ。のせいで、南組からの応援が白紙になってしまったからな……。状況によっては、宵闇よいやみの投入を検討してくださるそうだ」

「宵闇を?」

 琥珀色の瞳が鋭く細められた。

「信濃の宵闇って、少ないのに……。応援に回せる余裕なんてあるの?」

「それだけ我らの現状を重くみてくれているということだ。なお、今回、視察隊の長を務められる冶黒やくろ様は、八百歳を超える高位の烏天狗からすてんぐ。信濃の峰守みねもりにして、里長様のご友人でもある。失礼があってはならん。そのためにも万全の状態にしておけ」

「……はい……」

 不服も露わに頷き、望は「そういえば」と祖父を見上げた。

「昨日、五色橋にいた隠人おぬとの子、見つかった?」

「いいや、何の情報もない」

 宗則の顔が俄かに険しくなった。

「学園にも問い合わせたが、昨夜、九時を過ぎて外出していた隠人はいないとのことだ」

「そう……」

「見間違いではないのか? お前の結界を突破できる隠人がいるとは、私には思えん」

「……確かに見たはずなんだけど……。あの時、お腹の傷が開いて朦朧としてたから、ちょっと自信ないからなあ……」

「何をやっているんだ、お前は……。そういう時は退かんか」

「だって、あの邪物、もう怪異を引き起こしてたから逃がすわけにいかなかったし……。あ、もしかして、」

 望は黒い手袋に覆われた左手の甲を撫でた。胸元では、円柱の水晶が揺れる。

「……まだ紋が開いてないとか……」

「紋のない隠人が結界を破る、か……。天狗の転生体ならばあり得るかもしれんが……」

 慌てて口を噤み、宗則は孫を窺った。

 さして気に留める様子もなく、望は手の甲を覆う黒い布を見つめた。

「そうなんだけど、天狗っていう感じでもなかったなあ……」

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