第3話

「そんな凄いことになってるんだ……」

「おうよ、もう勘弁してくれって感じでさ……」

 新しくできたというコンビニからの帰り道。自転車を押して歩く光咲と並んで歩きながら、一真は肩を落とした。

「冷蔵庫に食いものなくて、信条行ったら閉まってるしさ。光咲が通りかかってくれなかったら、オレも詩織も腹減って寝れねェとこだったって……」

 「信条」は町内で一番大きなスーパーだ。食料品から衣料品まで一通り揃っているが、夜九時で営業終了してしまう。

「ちょうど牛乳がなくなっちゃってね。橋を通ったら、一真君がすごい勢いで川原に下りてくところで、ビックリしちゃった」

「あ~~。あの時か……」

 あの奇妙な光景を光咲に話そうかと迷い、やめた。

 笑われるのがオチだし、迂闊に話して刃物を持った人物と謎の化け物に狙われでもしたら、守りきる自信はない。

「にしても、あのコンビニ、いつ閉まったんだよ……。正月はやってたのにさ……」

「先月の初めじゃなかったかな。店長さんが倒れたらしくてね、急に閉店しちゃったの。さっきのコンビニはそのすぐ後にできたんだよ」

「店長のおっちゃん、元気そーだったのにな……。なんか、他にもいろいろ変わっちまってそーだよな……」

「ふふ、一真君、私のこともわからなかったもんね」

「悪かったって! だって、お前、背伸びてるし、そんな髪長くなかったしさ……」

 光咲の母方の実家は静岡だ。正月に一真達が東京に戻ってくる時、彼女達は静岡に行ってしまう。そうやって四年間、入れ違いになっていた。

「そんな変わっちまってたら、さすがにわからねェって……」

 光咲はプッと頬を膨らませた。

「え~~、ひど~~い! 私は一真君のこと、すぐにわかったのに~~!」

「すぐって……、オレ……、そんなに変わってねェの?」

「うん、全然♪」

「げ~~、けっこう背とか伸びたと思ってたんだけどな……」

 四年間で背もかなり伸びたし、顔つきも大人ぽくなったと思っていたのに。

 光咲がすぐに気づいたのなら、自分で思うほど成長していないのかもしれない。

「そんなに落ち込まないでよ~~。冗談だってば!」

「へ?」

「最初はね、なんだか似た人がいるな~~、って思って、通り過ぎたの」

 光咲は悪戯っぽく笑った。

「でも、やっぱり似てるって思って、戻ってきたんだ。三回くらい橋の周りを往復しちゃった!」

「え、マジか!?」

「うん、マジ♪」

「悪い、全然、気ィつかなかった……」

「河童でも探してるみたいな顔で川を睨んでたもんね。落とし物でもしたの?」

「そーいうわけじゃねェけど……、」

 何と言ってごまかしたものかと考えていると、光咲はこちらを窺うように覗き込んだ。

「そういえばね、お母さんから聞いたんだけど、一真君と詩織ちゃん、槻宮学園に合格したんだって?」

「そーだけど。なんで、おばさんが知ってんだ??」

「一真君のお母さんから聞いたんだって。お母さん達、仲いいでしょ? しょっちゅう連絡してるみたい」

「そーいえばそーだっけな」

 一真の母と光咲の母は学生時代からの親友だ。その縁もあって、光咲とは家族ぐるみの付き合いをしてきた。

「困ってるなら、うちに連絡くれたらよかったのに。すぐ近所なんだし」

「ちょっとは思ったけどさ。九時過ぎてたし、四年も会ってねェと、さすがにな……」

「一真君らしいなあ。四月からは同じ学校なんだから、もっと頼ってくれちゃっていいから!」

「同じ学校って……。光咲も槻宮受けてたの?」

「うん。若菜もね。家から近いし、二人とも入学奨学生に当たったからラッキーって」

「あの封筒に入ってるクジだよな? オレと詩織も当たったけど……」

「ホント!?」

 槻宮学園には独自の奨学金制度がある。

 「入学奨学生」もその一つで、入試が終わると封筒が配られ、中に校章が描かれた紙が入っていれば当たりで、入学後の授業料が三年間免除される上に寮も無料でついてくる。もちろん、不合格だと無効だが、それでも豪華な記念品をもらえる。

 奨学金制度のくせに、入試の成績も入学後の成績も一切関係ないという謎の制度だが、このくじ引きを目当てに記念受験する生徒もいるほどだ。

(あれって……、そんなに当たるもんなのか……?)

 試験会場で配られてすぐに開けることになっているが、一真が受験した教室では他に当たった生徒はいなかった。詩織が受験した教室でも、当たったのは詩織だけだったというから、当選率はそれほど高くないはずだ。

「寮は辞退しようかなって。一真君達はどうするの?」

「あ~~、オレ達も辞退するかな。ジイちゃんの家に、前使ってた部屋あるしさ」

「じゃあ、昔みたいに一緒に登校できちゃったりするね」

 不意に光咲は立ち止まった。

 ちょうど、彼女の家の前だった。

「ね、一真君……」

「ん?」

「あと三ヶ月以内に人間じゃなくなる、って言われたら、どうする?」

「は? なんだそりゃ?」

「そ、そんな真面目な質問じゃないの!」

 光咲は焦った顔で、パタパタと片手を振った。

「ち、ちょっと今、学校で流行ってて……! 一真君ならどう答えるのかなって思っただけだから! 忘れちゃっていいから……」

「あ~~、そうだな、オレだったら……」

 なんとなく答えないといけない気がして、少し考えた。

 待っている間、光咲はポケットから白い金平糖を取り出し、口に放り込んだ。

「別に、どうもしねェんじゃねーかな」

 そこそこ真面目に考えて、出てきた答えは結局それだった。

「え?」

「そりゃ、足増えたりとか宇宙人みたいになるってんなら何とかして阻止しようとするけどさ……。今と同じだったら何も変わらねェし、悩むだけムダじゃね?」

 光咲は真剣な面持ちで耳を傾けていたが、にっこりと笑った。

「あは、一真君らしいなぁ……」

「そうか? だって、そーじゃん」

「うん、そうだよね」

 納得したように頷き、光咲は晴れ晴れとした顔で笑った。

「ね、明日、お家に行っていい?」

「いいけど、ホントにゴミ屋敷手前だぜ?」

「だからだよ。一真君と詩織ちゃんだけじゃ、お掃除大変でしょ? 春休みだし、お手伝いに行ってあげるよ」

「……助かるけどさ……。マジで汚いぜ?」

 念を押すと、光咲はにこにこと笑った。

「うん、知ってる。お母さんが何回か煮物持って行ったりしたけど……、どんどん凄いことになってるって言ってたし……」

「……それはスマン……」

 どうやら、祖父は生活破綻の挙句、ご近所の好意で生き延びてこられたらしい。

 筋トレ好きで、店の奥で包丁を研いでいるイメージしかない筋肉ジジイだが、何故か昔からご近所どころか町内で人望があったように思う。

「ううん、しかたないよ。おじいさん、すっごく忙しいんでしょ? それにね、あのお家は、私にとって、もう一つのお家みたいなものだもん。ゴミ屋敷って聞いちゃったら、行かないわけにいかないよ」

「よく遊びに来てたもんな、お前と若菜とで……」

 若菜は光咲の妹で、詩織と同じ年だ。

 小さな頃、両親が仕事の都合で夜に家を空けることが多かった光咲と若菜は、しょっちゅう遊びに来たり泊まったりしていた。互いの両親が留守で、四人で留守番をしたことも一度や二度ではない。

「悪いけど、頼むわ。正直、オレと詩織じゃキツくてさ……」

「決まりだね。明日のお昼くらいに行くね」

 光咲は笑顔で手を振った。

「また明日。おやすみ!」

「おう、おやすみ」

 軽い足取りで家に入って行く光咲を見送り、一真は少し離れた祖父の家へと歩き始めた。

(ジイちゃんって……、そんなに忙しいのか??)

 一真が知る限り、祖父が営んでいる金物屋は全然繁盛していない。

 だが、時折、やたらと立派な身なりの人物が店の奥の客間に来ていたのを覚えている。さらに不思議なことに、全く売り上げがないというのに店のシビアな話を聞いたことがない。何か副業でもやっているのかもしれない。

(まー、いっか。とにかく、メシだ、メシ)

 ゴミ屋敷寸前の祖父の家、四年の年月が流れた故郷、奇妙な少年、思い出してしまった妙な七不思議……、いろいろなことがありすぎた一日だった。

 だが、最後に光咲と再会できたわけだし、良い一日だったのだろう。

(明日の昼か。廊下だけでも通れるようにしとかなくちゃな)

 俄然やる気が出てきて、勢いよく家に駆け込んだ。

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