第5話
拳をギリギリで止め、一真は奥歯を噛みしめた。
――やっぱ、そうだったのか……!
ガードしようとした左腕が間に合わずに中途半端なところで止まっている。予想通りだ。
「アンタ……、バカだろ……?」
「え……?」
戸惑うような声に、苛立ちとも怒りともつかない感情が波立った。
拳を引き、うっすらとパーカーの色が変わった左肩を睨んだ。
「いくら不意打ちでも、アンタの反射神経なら止められたはずだぜ? 左腕がまともに動くんならな……」
赤い瞳が動揺に揺れた。
「肩、全然治ってねェんだろ? 夕方に包帯巻いていたヤツ、また開いてるよな?」
沈黙が落ちた。
それは一真の言葉を肯定しているようなものだった。
「ったく、どんだけ強くても怪我人殴れるわけねェだろ……。他の勝負で仕切り直しだな」
「その必要はありませんよ……」
小さく笑い、望は長い息を吐いた。
輪郭を縁取る赤い光が消え、赤が
「僕の負けですよ。あのタイミングじゃ、左肩が動いたとしても止められたかどうかわかりません……。左側に回り込んだのは、怪我の状態を確かめるためでしょう? 本当に肩が治っていないのなら、反応できないだろうって……」
「……まあな」
「怖い人だなあ。あの状況で、冷静に観察してたなんて……。完全に見誤っちゃったかな……」
望はパーカーを脱いだ。
黒いシャツでは血の色はわかりにくいが、代わりに鉄の匂いが漂った。
「肩を見破られるとは思わなかったな……。どこでわかったんです?」
「最初におかしいって思ったのは、右で不意打ちした時だよ。いくら油断してても、あんなしょぼいの食らうわけねェ」
「あの時か……」
諦めたような笑みが浮かんだ。
「あれはね……、凡ミスですよ。あの程度なら左腕でも大丈夫だって思ったんですけどね……。思ったよりも腕が持ち上がらなかったんですよ……」
「気ィついたのは、もっと後だけどな……。あのあたりから、やたら余裕なくなってたし、よく考えたら、防御も攻撃も右だけでやってたしさ……。オレを投げ飛ばしたのだって、時間稼ぎしたかったんだろ? あの時、やたら左肩とか気にしてたからさ……、初めに左で圧した時に、傷開いて限界に来てたんじゃねェかなって思ったんだよな……」
「正解……」
望はぺたりと川面に座り、シャツを脱いだ。
「霊符は光るから、夜に使ったらバレちゃうんですよ。調子がいい時は霊気だけでも治せるんですけどね……」
シャツの下の包帯は真っ赤だ。傷は相当深いのだろう。取り出した霊符を包帯の上に貼り付けているが、どれくらい効くのかわからない。
「……最初から、止める気なんてなかっただろ?」
「どうして?」
「本気で止めようとしてる奴が素手で殴りにきたりしねェよ。刀持ってるんだし、
どっかりと川の上に腰を下ろす。慣れてしまえば、地面の上とさほど変わらない。
「さりげなくアドバイスしてたしさ……。実力差で戦意喪失させたいんなら、一発目から片手投げでも食らわすって……」
「……最初は、すぐに終わらせるつもりでしたよ……」
望は新たに取り出した青く光る霊符を眺めた。
「だけど、気が変わっちゃったんですよ。感覚だけであそこまで霊気を操れるんだったら、一度の実戦でどこまで伸びるのかなって。霊風まで使い出すから、最後はつい本気になっちゃったけど……」
「本気って、あの火の玉か? あんなヤバいの、どういう状況で使ってんだよ……」
「……邪に撃ったことなんてありませんよ。人に見せたのだって、さっきが初めてです」
「は?」
「なんとなくだけど、一真君なら撃っても大丈夫かなって……」
「や、無理だろ。けっこう熱かったしさ。周りが水じゃなかったら、危なかったって」
静かに微笑み、望はかぶりを振った。
「あれを撃たれて、そんな普通の感想言える隠人は一真君くらいでしょうね……。普通の隠人なら風を見ただけで怖がって逃げ出します。見よう見まねで霊風を使いこなしてたし、一真君、天狗かもしれないなあ」
「天狗?」
思い切り眉をひそめた。
さっきの冶黒といい、今夜はやけに天狗に縁がある。
「あれって妖怪だろ? 隠人と関係ないんじゃ?」
「大ありですよ。天狗は……、霊獣の力が強すぎて人の世で生きられなくなった隠人なんですから」
「じゃあ、オレ達って、レベルアップしすぎたら天狗になっちまうのか?」
「特殊な術をかければね……」
脳裏を少ない「天狗」の知識と冶黒達が過った。
「げ~~、鼻が伸びて顔が赤くなるとかっていうのは勘弁してほしいんだけどな……。百歩譲って人型ならまだいいけど、羽生えてカラスの
「烏天狗は例外ですよ。天狗は僕達と外見はほとんど変わりません。天狗の中でも、霊風は戦いを生業にする集団・宵闇の証でもあるんです」
「そうなのか?? 先輩も使ってたじゃん。あの赤い風、霊風じゃねェの?」
望は寂しそうに笑った。
「……僕はね、『化け物』なんですよ……」
「へ?」
意味がわからないでいる一真に、望は吹っ切れたような顔で口を開いた。
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