朧守 壱 <双風邂逅> 改訂版
夜白祭里
第一幕 春宵の邂逅
序
平安時代、京。
鞍馬、宵闇府にて。
その夜、空に上る満月は血のような赤に染まっていた――。
「じきに戒様がお戻りになるぞ!」
「東門に開門の伝達を! 急げ!!」
慌ただしく駆け回る烏天狗達の足音と羽音、飛び交う号令と伝令の声がひときわ大きくなった。
赤光と共に扉を開けて入ってきた碧の瞳の青年は、そこに座す人物に一礼し、部屋に控える黒装束の者達に声をかけた。
「すまねェが、少しばかり外してくれねェか? すぐに終わる」
部下達が退室するなり、部屋の主は口を開いた。
「いかがなされた? 入ってこられるなり人払いとは、穏やかではないな……」
訝る戦友に、青年はいつになく真面目な顔をした。
「出陣の挨拶に。ついては、一時の間、山頂の西門から宵闇を下げるお許しを頂きたい」
「お独りでか?」
赤い髪の青年は驚いたように眉をひそめた。
「いかに貴方といえど、この禍の中を単騎では分が悪い……。戒の帰還を待たれてはどうだ?」
「これを機に
「そうか……。今宵、逝かれるのか……」
赤い前髪の下で、閉ざされた瞼が震えた。
「随分と荒々しい出立を決められたものだな……。せめて皆で、旅の無事とお役目の成功を祈りながら見送りたいと思っていたが……」
「湿っぽい見送りは勘弁してくださいよ。これくらいのほうが、狼の霊筋らしいでしょう?」
これから死地へ向かうとは思えないほど明るく、碧の瞳の青年は笑った。
「留守中、部下達を頼みます。不器用な連中ですが、戦いだけは他の
「それは頼もしい、と言いたいところだが、貴方は少々、
無理に笑おうとしたのだろう。
少しばかり顔を引きつらせた後、赤髪の青年は深々と息を吐いた。
「貴方の事情は理解しているつもりだ。だが、どんな理由があろうとも、現で貴方が失われることだけはあってはならない。千年後、無事に
「むろんです。魔天狗殿も、どうか息災で」
まるで、ほんの少し旅に出るような口調で応じ、風狼斎と称される青年は部屋を後にした。
赤月を覆い隠して碧の嵐が吹き荒れたのは、そのすぐ後のことだった。
千年後、現代。
東京郊外の浅城町にて。
春先の冷たい風が頬を叩いた。
ガクンと体が傾き、
「ヤベ……、寝ちまってたか……」
人通りの少ない夜の静かな橋の上で、今後のことを考えていたところまでは覚えている。しかし、少しウトウトしたと思った後の記憶が見事に吹っ飛んでいる。
きっと、大坂からの旅の疲労と大掃除の疲労が一気に押し寄せてきたのだろう。
「ったく、コンビニなくなってるとか、勘弁してくれよ……」
冷たくなってきた夜風にジャケットを手繰り寄せ、今日何度目かわからない溜め息を吐いた。
この町の高校に通う為に大坂から祖父の家に下宿に来たのが、今日の昼間だ。同じ学校の中等部に通うことになった妹の
問題が勃発したのは、祖父の家に着いてから。
正月に来た時はまだそれほどでもなかった広い家は、ごみ屋敷一歩手前になっていた。
去年他界した祖母の偉大さを噛み締めながら、詩織と二人、必死に片づけて――、気づけば夜の帳が降りていた。
夕食の調達に出たものの、頼りにしていたコンビニは閉店し、途方に暮れて今に至る。
「はあ、どうしたもんかな……」
他のコンビニや弁当屋を調べようとスマホを取り出してみても、ネットは完全に沈黙している。町の景色は変わっても、壊滅的な電波事情は変わっていないらしい。
さらに、この町ではファーストフード店も出前もフードデリバリーも、日が暮れるとピタリと営業を終えてしまう。完全にお手上げだった。
(あんま考えたことなかったけど……、
少なくとも、大坂では家を出るなりネットが完全沈黙なんてことはなかったし、出前も遅い時刻まで届けてくれた。こんな、大みそかの夜のごとく、日が暮れたら店が片っ端から閉まるなんてことはなかったはずだ。
「とりあえず、学校のほう行ってみるか……。弁当屋とかあるかもしれねェ……」
この春から通うことになる
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