第十四話 最後の読書感想会
北窓彩春は母を手伝って、野村直人の遺体を荼毘に付し、彼の両親が眠る墓地に埋葬した。葬儀に参列したのは、結局北窓彩春の家族と、近所で親しかった山中京子と、Page-Turnersのメンバー13人ほどが都合をつけて参列した。
彩春の娘にとっては、見ず知らずのおじいさんの葬儀に参列させられ、さぞ退屈しているだろうと思ったが、聡い子なのか、祖母と母親、それに周囲の様子から何かを感じ取り、おとなしく神妙にしていた。
火葬場と公園墓地が併設された市営墓地なので、祭事が終わるとすぐに荼毘に付し、そのまま納骨となった。
呆気ない幕引きに、彩春は悲しみに暮れながらも、なにか虚しさのようなものを感じていた。
葬儀のその翌日、彩春と母、そして山中の三人は部屋の掃除と遺品整理のために、野村家を訪れた。
室内の消毒と、玄関ドアの修理は遺書を確認した数日後に手配した業者にお願いしたので、この日は、彼の遺品を一つ一つ確認しながら、整理をしていくだけである。
一つ一つ整理していく中で、押し入れからは、彼の思い出の品はもちろんのこと、両親も含めた家族全員の思い出の品が、次々に出てきた。
特に段ボール20箱に及ぶ、父親のスクラップブックは中を確認するのにかなりの時間を要した。図書館の館長に相談したら、快く引き受けてくれ、用意して貰ったトラックに段ボール箱を積み込み、すべて搬送した。
この他にも、アルバムやらなにやら思い出の品が出てきたが、もう一つ驚いたのは、108冊に及ぶ直人が書いた読書感想文のノートである。段ボール1箱分いっぱいに、大学ノートが詰め込まれていた。
母がどうしても、これを欲しいと言うので、もともと図書館に保管するつもりだったが、自宅へ持って帰ることにした。
その後も一日掛けて、押し入れの中を確認し、不要な物と残すものとに分けていった。
その週の日曜日、
彩春は、会が始まると最初に、野村直人が亡くなったこと、ここ一ヶ月のことを改めて報告した。
「野村さんは、前回の読書感想会に参加いただけなかったのですが、ここに前回のテーマ『余白の美学』に関する感想文を遺されているので、私の方で代読させていただきます。」
彩春はそう言って、野村が遺した感想文を綴ったノートを開いて、読み上げた。
「この本に関する率直な意見は、シンプルと言うこと。表紙は何の変哲もない画家の自画像らしきものが大写しであり、とても余白の美学という題字に沿った表紙とは思えなかった。もし、ここに意図があるのだとしたら、余白がない圧迫感とはこういうものだぞと、反面的に示しているのではと、邪推する。
作品の内容は、話題性があった割には、シンプルな内容であると感じた。余白というものがテーマとなっているが、主人公の人生には決して余白など無く、葛藤の連続であったと読めた。そこに、彼の余白への憧憬がこのような形、すなわち芸術への昇華へと繋がったように感じられる。
さらに言えば、孤独が生み出す余白などという台詞があったが、この作者は本当の孤独というものを理解していないように思われた。私が言うのも
私は、この読書感想会に参加することで、初めて人生の余裕のようなもの、すなわち余白を感じることができた。まさにこれが、余白の美学なのだと思う。
人と繋がり、社会と繋がり、人間として人間らしく生きていくことそのものが、私にとって余白の美学だと言える。そう、感じたのだ。
人付き合いが苦手で、天涯孤独だった自分を、このPage-Turnersの皆さんが救ってくださったことは、感謝に堪えません。この想いがあるからこそ、この『余白の美学』については、素晴らしい作品だとは思うが、わたしの考えと相容れず、作品としての評価を下げてしまったように感じた。」
野村直人の感想文を読み上げた後、彩春は続けた。
「これが、野村直人さんの『余白の美学』に対する感想です。おそらく、下書きの段階で、まだ推敲される予定だったと思います。言葉もまだ粗いままです。でも、これが野村さんの率直な感想であり、皆さんへの感謝は本物だと思います。
野村さんが、生前この会に寄与してくださったことは、短い間でしたが計り知れないものがありました。私個人の思いですが、本当に感謝に堪えません。皆さん、野村さんの感想を聞いていただいてありがとうございます。」
彩春は、少し目に涙を浮かべながら、そう述べた。
すると、古株の田中が、
「皆、黙祷を捧げないか。仲間の旅立ちに、もう一度さよならを言おうと思うんだがどうだろう。」
参加者からは口々に「賛成」の声が上がった。
「皆さんありがとうございます。では、私たちの良き仲間である、野村直人さんに向けて、黙祷!」
彩春の号令で、Page-Turnersのメンバーは全員目を瞑り、野村直人に黙祷を捧げた。
それぞれの心には、あの朴訥で、ひょろっと背の高い、どこかおどおどした、でも憎めない、優しい老人の笑顔が浮かんでいた。
<完>
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