視界のひみつ

秋色

The field of vision

 中二の夏休み、自由研究を班ごとでやるという理科の宿題が出た。僕達の班は自然科学館へ行く事に。 


 ここなら、簡単に済む。自然科学館の体験コーナーで、何かの企画に参加して、それを適当にまとめればいいだけだから、簡単じゃん、とか言って。

 姉ちゃんも中学の時には自然科学館へ行って、花びらを入れた香りの良い石鹸を作ったり、土を使って布を染めたりしていた。





 僕達が行ったのは、夏休み最初の土曜日。自然科学館は「視覚のひみつ」展をやっていた。

 様々な動物が天敵から隠れるため、周りの風景とまるっきり同じに見える変化をしたり、そんな場所を選んで生きたりするんだとか。カモフラージュと言うそうだ。

 自然の風景の中に隠れている動物の写真を見て、どこにいるか当てるコーナーがあって、みんなで盛り上がった。

 砂の中に隠れているカレイとかヤバかった。カレイに食べられる側の小さな魚の立場だったらさぞかし恐怖を感じるだろう。


 それから、人間の目だと、緑の中にあるオレンジ色は目立って見えるけど、緑もオレンジ色も同じようにくすんで見える動物もたくさんいるんだとか。人間の場合、きっとオレンジ色が目立った方が果物の実を発見しやすいんだろうなと思った。3Dみたいな絵を見て、目に飛び込んでくる色を確かめるというコーナーもあった。

 そこに「ただしオレンジ色ばかり目立つと、他の色のものに目がいかなくなって、大切なものを見落とす可能性もあります」と書いてあった。


 また、目だけでなく皮膚で色を見る魚もいる事を知った。そんな魚は、皮膚で周りの色を見て自分の身体の色を同じ色に変化させるのだそうだ。






 僕達は、途中で自然博物館に併設のカフェへ行き、みんなで抹茶パフェを食べた。パフェには動物をかたどったスプーンが付いていた。そして中庭でもらったパンフレットを並べ、自由研究の題材を絞ったんだ。夏休みの初めの楽しい一日。




 ちなみに僕達の班の班長が厳しいので、羽目を外すことは決してなかった。

 班長、杉元莉子は、僕達の間で密かに理屈子と呼ばれている。その筋の通った理屈にいつもガツンとやられる。話し方に抑揚がないので、なおの事。


「入る時は邪魔にならないように一列に並ぶの!」とか、「チケットはそれぞれから集めて、私がまとめて払うから、速やかに用意して! その方が他のお客さんの邪魔にならないでしょ」とか。

 顔に対し大きすぎる眼鏡をかけていて、理屈が始まる前には眼鏡のフレームを人差し指で押さえるクセがある。

 体は小さくガリガリで、子ども体型だ。ちなみに僕も眼鏡をかけてるけど、班長よりはサマになってる……はず。


 体験コーナーで班長は、秋の枯れ草の中にいるキツネや木の色に同化したカメレオンのパズルを最短記録で作り上げ、クイズコーナーでも、色々な生き物の目の位置を当てて全問正解を出し、係のお兄さんをびっくり、いや、恐れおののかせていた。





 閉館の一時間前に自然科学館を出ると、夏とは言え、風がヒンヤリしていた。

 班の中の四人は自転車で来ていた。

 家が遠い僕と班長だけはバスで帰る。

 イヤだけど、僕は班長の理屈子と並んで座った。


 いつの間にか、窓の外は藍色に変わっていた。そのうち、窓ガラスをポツリポツリと叩きつける雨粒。


「わ、雨! あいつら自転車で帰ってる途中で、雨に降られてないかな」


「だいじょうぶ。もう全員が家に着いている時刻だから」

 細い手首につけた大きな腕時計を見て言う。相変わらず抑揚のない、可愛げのない話し方だ。


「ねえ、色々な『視界のひみつ』を自然科学館で知ったけどもう一つ、ひみつがあるって知ってる?」


「え? 何?」僕はどんなひみつの世界が繰り広げられるのだろうと興味津々だった。


「雨の夜、こうやって眼鏡を外すと、街の灯りがとってもキレイに見えるのよ」

 そう言って、眼鏡を少しだけ顔の前に遠ざけた。


 僕も同じようにやってみた。信号のグリーン、イタリアンレストラン前の赤い照明、街灯の山吹色。すべてにぼんやりと月のかさのような輪っかが出来て幻想的で、まるで魔法の国へ来たようだ。


「ホントだ……」


「ね?」


 これがもう一つの『視界のひみつ』かぁ。いや、でも僕はもう一つのひみつも知ってしまった。

 眼鏡を外した班長、いや莉子は、紅茶色の澄んだ大きな瞳をしていて、それがほっそりとした顔立ちにすごく合っていて、何だかまぶしかった。それを隠していた眼鏡は、さっき自然科学館で見たカモフラージュってやつ?

 僕は、魚が目でなく皮膚で色を感じていたように、心でそれに見とれてしまっていた。





〈Fin〉

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