今回のストーリーは約四年前、COVID-19が世界を震撼させて初めての春に湧き上がったイメージを元にしています。どこに書くわけでもなく、ただずっと頭の中にだけありました。
マスクをしなくてはならないのに、マスクの在庫が店にはなく、ネットで紹介された布のマスクを作り始めていた頃です。繁華街にも人の姿はまばらで、手芸店も営業日を限定し、営業時間も大幅に短くして営業していました。何とか布は手に入っても、マスクの紐にする材料が売り切れで、何で代用するか、と話題になっていた頃。少しメインの通りから外れた所にある手芸店へ向かう途中、このお話のイメージが浮かんだんです。ラストの海岸のシーンまで。
当時としては、もうこのまま日常が戻る事はなく、大げさですが、感染対策で人との距離が開いた世界のまま人生を終えるのかな、とそんな気持ちでいました。
もう何年も前から、自分自身、店で作られたのでない、誰かの手作りの料理は心理的に受け付けなくなっていましたし、そういう人が増えている事も聞いていました。もちろん子どもの頃には、友達のお母さんが作ったごちそうを誕生日パーティーで食べるのに何も抵抗はありませんでした。
友達と食べに行って、お互いの注文したものをちょっとだけ交換したりも全然平気でしたし、図書館の本を読むのも全く気になりませんでした。
あまりにも衛生面が改善されている世の中になって、逆に不衛生なものが目立ってきたんですね、きっと。そしてそんな衛生面が改善された世の中をすり抜け身体に入り込んでくるウイルス、COVID-19。
それならそれでリモートを導入したまま、社会は何とかウイルスと折り合っていくんだな、と考えていました。
開催を危惧していたコンサートやミュージカルは幻となり、コンビニで返金してもらいました。配信ライブは五回位経験して、割と良い面もありました。都心と九州以外の地方のライブハウスでしか演奏しないアーチストもいるので。朗読会とか、行けない地方の配信ライブはこれからも絶対続けてほしいと思っています。
でも本当にこれで良いのかと思う気持ちもありました。
感染に世界が揺れ始めた頃より前から、若い世代を中心に海外旅行人気がなくなっているとも聞いてました。VRでリアルに海外旅行体験を家にいながらにして出来ると言われれば、そうなのかとも思ってしまいます。経済的にも負担はかからないし。でも現地で過ごす時間や出逢う人々、実際に見る風景というのは、そういうもので補えない気がして。
そんな時、二年前の夏の甲子園で仙台育英学園の野球部監督が言っていた、「本当は青春は密なので……」という言葉がすごく心に沁みました。「密」って一時期、悪者にされ過ぎていましたからね。青春時代だけでなく、誰かと共有する時間というものは良いものだし、もし今回のお話のような世界になったら、人類はもう以前と違う生命体と言っても過言でないでしょうね。
地元では、繁華街の賑やかさも、金曜日の夜の弾けた感じもコロナ前と変わらず、やっぱり人間なんだ〜という感じです。
以下は、このお話の中で主人公が雫の家の劇場で観た、古い映画のシーンの元ネタです。あくまで架空の映画のシーンであり、これらの映画をイメージしたという感じ。人と人の距離を扱った映画の場面(一つはライブ映像)を選んでいます。
1.
中華風の着物を着た美しい青年が白いヒラヒラとした着物の世にも美しい妖魔の女の子とラブコメみたいなやりとりをしたかと思うと、水中に潜り、口づけを交わす。
→「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(1987)(香港)
2.
外国の街角のショーウインドウの前で再会する中華系の男女の映像。再会を普通に驚いているとか、喜んでいるとかいうのでなく、ただ柔らかく笑いかける。
→「ラヴ・ソング」(1996)(香港)※実際には、柔らかく笑いかけるというより、爆笑でした。
3.
夕暮れの街角の写真館前。そこに飾ってある、彼の娘であろう女の子の写真を見つめている中年の男性。
→「エル・スール」(1983)(スペイン)
4.
通りを歩いていてすれ違う若い男女。青年は女に気が付くが、話し掛けずに敢えて無視して通り過ぎて行く。
→「バタフライ・エフェクト」(2004)(アメリカ合衆国)
5.
ライブ映像
→Mrs.GREEN APPLE「ケセラセラ」
また今、コロナの感染者が増え、一部病院では逼迫の情況にもなっています。以前ほどニュースでは取り上げられませんが、まだまだ感染対策は怠らないよう、気を付けましょう!