第二章:学園と聖女と教え子と。
第18話:[組織]
「ジョイビア支部所属、二等執行官、シェレム。召喚の命により参上いたしました」
「よろしい。ではそこにかけたまえ」
「はっ」
薄暗い会議室。
そこには俺と三人の男女が座っていた。
彼らは一様に仮面をつけており、その素顔をうかがい知ることはできない。座る姿もどこか威圧感を覚えるほどであり、《
その一方、俺は信じられないほどに緊張していた。心臓の動きは多少早くなる程度だが、筋肉はそうもいかなかった。
普段を知る者が――いや、知らない者でも違和感を覚えるほどに、その座る動作すらも違和感を覚えたはずだ。
「それではこれより代行者会議を始める。執行官シェレム、今回ジョイビアで起きた事の顛末についてを報告せよ」
彼らはこの組織の中で代行者と呼ばれ、俺のような暗殺者は執行官と呼ばれる。
さっき真ん中に座る男が言っていた「二等執行官」というのは、言い換えるなら「一人前」という感じだろうか。俺は昔からかなりの功績を上げているからな、二等になって久しい。
ちなみになぜ執行官と呼ばれているのか、以前にレヴィラさんに聞いたことがあった。そのときは「誰の目があるかもわからない場所で、堂々と暗殺者なんて言葉を使うバカがどこにいる。というか仲間の暗殺者に対してそのまま暗殺者って呼ぶのもバカバカしいだろ?」とかなり辛辣な返答をもらった。まぁ、気持ちは大いに分かる。
「はっ。まず、時は三週間前に遡ります――」
この前レヴィラさんにした報告のそれより一層硬い態度で、簡潔ながらも的確に述べていく。しかしロスタリテのことはぼかし、辻褄を合わせるために事実も一部改変した。
反応はそこまで悪いものじゃなかった。少なくとも、嘘をついているとは気づかれていないようだ。納得したように黙って頷いている。
「――これで以上となります」
俺は自信満々に言い切った。
しかし、そのまま次の話に行くことはなかった。
「二等執行官シェレム。あなたの報告は我々がきちんと聞かせていただきました。報告の中に紛れた嘘も欺瞞も、きっとあなたは隠さざるを得ないからそうしたのでしょう。それを許さないほど我々は狭量ではありません」
俺から見て右側に座る長い髪の毛の女が、冷ややかな声で言った。
それには一瞬耳を疑った。ここへの呼び出しが決まった瞬間から練っていた精巧な嘘の物語を、ごく自然に語ったはずなのに……だが「なぜわかったのか」なんて問いかけることはできない。それは蛇足でしかない。
「っ……」
「怒ってなどいません。ただ、不要な嘘までつかれると困るものですから」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
ふぅ……心臓止まるかと思った。
「では、質問を一つ。よろしいですね?」
「なんなりと」
「勇者について知っている情報を全て話してください」
「勇者……ですか。分かりました」
ある程度の情報なら普通に出回っているのに、と思ったが、これは俺がどこまで知っているかのチェックとかなのだろうとすぐに思い至った。
気を取り直し、嘘をつく必要もないので正直に話す。
「彼女の名はカンナギ・ラナ。異界より神に召喚された、いわば神の使徒。その手には聖剣を携える、百戦錬磨の金髪の剣士――これでよろしいでしょうか」
これは、この前勇者を尋問したときに聞いた情報も含まれている。なにぶん俺は世間に疎いせいで名前すらも知らなかった。これで俺が常識も知らない奴だとは思われまい。
――そういえば、勇者を絶望させてしまった、あのあと。
俺とグレイラ、そしてロスタリテについても教えるなどして話し合いを行った。現在は彼女の精神状態は安定しており、今度再び会って情報交換する約束もしている。
要するに、亡霊側の裏切り者であり協力者、というわけだ。
「なるほど、了解しました。質問は以上です」
そこで互いに一息ついた。
広い会議室に、深呼吸する音だけが聞こえては溶けて消えていく。
数分の間はそうしていただろうか。突然、真ん中の男が口を開いた。
「では、そろそろ説明を始めるとしよう」
「説明、ですか?」
「あぁ。シェレム、君には――フロプト魔法学園にて講師として潜入してもらう。目標は、聖女の暗殺だ」
「え、あ……は、はい」
うん。意味が分からない。
なぜこの状況で俺が学園の、それも講師になるんだ???
頭の中は疑問符で埋め尽くされたが、どうにかその中の一つを掬い上げて問いを投げかける。
「ひ、一つよろしいですか?」
「何だね」
「ジョイビアはどうするのですか? レヴィラさん一人に任せるおつもりなのでしょうか?」
「その質問はもっともだな。それについては既に決定済みだ。数人、三等執行官を送ろうと思っている。お前ほど働けるかは知らないが、恐らく問題ないだろう。成績優秀者たちだ。安心せよ」
まぁ、問題ないと胸を張って言われると何も言い返せない。いや別に言い返そうとしているわけじゃないし、そもそも言える相手じゃないんだが。
ともかくレヴィラさんもそこまで寂しい思いをしないようで良かった。
「それと、もう一つ言わなければならないことがある」
「……なんでしょうか」
気だるげに――取り繕ったつもりだが――聞くと、彼は俺の目ではなく、その後ろにある扉へと視線を動かした。
「入れ」
ガチャ、という音と共に入ってきたのは、深緑色の髪を短く切り揃えた少女。身長は俺より少し小さいくらいだが、その立ち姿は決してか弱い女の子ではなく、俺と同格の雰囲気を感じる――というか、俺と同格だ。
なぜ分かるかって? 顔を見たことがあるから……いや。
「お久しぶりです、先輩……!」
かつて、師事を乞うていたからである。
「改めて紹介しよう。『疾風斬首』、スピクトだ」
「……ん。久しぶり、後輩」
天使のいる場へ駆けつけるとき、俺はこの人の魔法を真似ていた。
俺には使うことの出来ない系統の魔法だったから無理やり《
「それでは二等執行官シェレムよ、命令だ。一月後に王都へと赴きプロプト魔法学園の教員採用試験を受けよ。手は回してあるため心配は不要。スピクトは学園に関わらぬようシェレムの補佐を。今回の作戦においてシェレムは上官とし、スピクトに対する命令権を有する。自由に使い、聖女を暗殺せよ。グレイラとやらも自由に使え」
どこか事務的な口調ながらも、彼はそのように命令を下した。
「「はっ」」
そして我々は短くこう答えるのみ。それが[組織]の者たる態度だ。
「下がって良い」
その言葉にも返事をし、堅苦しい動きでその場を後にした。
「――ふぅ。やっと終わったか」
「それにしても、ここで会えるだなんてびっくり。びっくら仰天だよ」
先輩――スピクトは、昔と変わらぬ淡々とした口調で冗談を呟く。やっぱり、この人はいつも何を考えているか全く分からないな。
『思考が読みたいのなら、惜しみなく力を貸すぞ。えーっと……シェレムは最高にかっこ――』
おいっ! 分かったから出しゃばらないの! めっ!
あと、先輩にも失礼だし!
『むぅ、折角面白いところだったのに……』
知るか。俺は尊敬してやまない先輩との再会を心から喜びたいのだ。ちょっと引っ込んでくれ。
「そうですねぇ……かれこれ五年くらいになるでしょうか」
「いやー、身長高くなりすぎじゃない? 前見たときはこんなんだったのに」
そう言って俺の腰のあたりに手を置いた。
いや、そんなわけないだろ。男は伸びるとき一気に伸びる、とはいうがそこまで小さくないわい!
「先輩は……相変わらずですね」
「……執行官としてはいいんだろうね。女としては……ぐすん」
何も考えず発言したのが、どうやら先輩を悲しませてしまったらしい。少し俯いて悲しいオーラを全開に放出している。
……先輩が胸の辺りに手を置きながら下手な泣き真似をしていることについては見なかったことにしよう。
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