第15話:第五席次戦

「さて……ここからどうするか……」


 現在位置は六神教の教会、その地下深く。


 俺はそんな場所で一人、思考に耽っていた。


「まだこちらの存在が露呈したわけではないはず。つまりは多少の猶予はあるということ……グレイラ。改めて聞くが結界を破ることは不可能なのか?」

「出来るか出来ないかで言えば、出来るの」

「じゃあ、なんでさっき『逃げることは難しい』なんて言ったんだ?」


 そう。そこが問題なのだ。

 難しい、というのは「手段を尽くせばなんとかなる」と暗に言っているようなもの。どうも気になってしまったから質問したが、俺の判断は正しかったようだな。


「恐らく、ご主人様が全力を出せば結界を壊して外に出ることは可能じゃ。しかしそれでは相手にこちらの存在が露呈し、かつ敵対行動と見なされ攻撃される可能性がある。そうなれば、良くて追いかけっこ、悪くて犬死にじゃ。どちらにせよ追跡を振り切ることは不可能だと思って良い」

「それは……相手が神だからか」

「ほぉ。よく気づいたの。その通りじゃよ、ご主人様」


 さっき自分で言ってるのを聞いたからです、なんて言えないだろ……というかグレイラは気づいてたのかよ。なら早く言ってくれ! じゃなきゃ迂闊に近づくなんて危険な行動しなかったのに!


『このルナイアも気づいていたぞ。どうも嫌な気配がしたものだからな』

「お前も言えやぁ! ……まったく、お前くらいはさすがに教えてくれよ。俺知らないぞ神の気配とか」

『そんなことは断じてないぞ。まぁ……次からは教えてやろう』

「頼むからそうしてくれ」


 はぁ……でも仕方ないな。ここは腹をくくって神を、亡霊を殺すしかないようだ。

 そもそも、殺してくれと依頼を受けているのだし、早いか遅いかの違いというわけか。


「グレイラ。俺はかの神を殺す。聖騎士と大司教は任せた」

「仰せのままに」


 そうと決まれば早速行動だ。

 この前使った移動魔法で階段を一瞬で駆け上がり、礼拝堂へ姿を現す。


 そこには五人の騎士と一人の太った男。それと、月の明かりに反射して氷色の髪が輝いている女性ぼうれいがいた。 どうやら大司教は女性と話している様子。だが騎士には気づかれてしまった。


「何者だ!」

「ここは我らが六神教の教会。神聖な場所である! 即刻立ち去れ!」


 おっと、これはまた熱烈な歓迎を受けてしまったな。少々腹が立つが、俺の目的はそっちに座る神。なんとか心を落ち着かせ、〈必殺プロヴィキル〉を用意しておく。


「それは無理だな。俺の目的はそこのおっさんだ。さぁ、こっちに来て相手してもらおうか」

「閣下の身が我らが守る!」

「触れさせはしない!」


 これで神への道が開けた。騎士は大司教を守るように囲んでいる。最大のチャンスだ。


「フッ――」


 とんっ、と床を蹴って思い切り加速し、神の喉元を狙い手を伸ばす。


「させるか!」


 しかし咄嗟に反応され、騎士の一人が神との間に割り込んできた。


 その次の瞬間、騎士の鎧に手が触れて〈必殺プロヴィキル〉が発動してしまい、音もなく騎士の肉体は爆散した。

 重力のままに落ちる鎧を足場として蹴って跳躍。なんとか体勢はもとに戻したが……くそっ、一発で殺せなかったか1


「無礼者! 神聖なるこのお方に何をしようとするのだ!」


 おっさん――大司教が肉を震わせ、醜い声で叫ぶ。


「まぁまぁ。落ち着いてください。私は見ての通り無傷ですから。あぁ、私を守るために死した騎士よ、どうか安らかに……」

「や、安らかに……」


 神が涙を浮かべながら祈りを捧げる。すると大司教もそれに倣って祈りを捧げた。続いて残った騎士も同じく祈った。


「なんだか――不気味、だな」

「あなたに信仰心がないからそう感じるのですよ。さぁ、下僕たる聖騎士たちよ。あの者に信仰心というものを教えて差し上げなさい」


 冷ややかな声で、神は騎士たちに命じた。


「私はあなたの相手をしましょう――愚かな赤トカゲ」


 ちっ、グレイラの存在に気づかれたか。急いで騎士を殺して加勢しなければいけないな、これは。


「行くぞ! 神敵を打ち払うのが役目だ!」


 グレイラの邪魔をしないよう、急いでさっきの地下へと戻る。

 騎士たちも鎧を着ているとは思えないほどの身のこなしで俺を追いかけ、辿り着いた長く広い廊下が戦いの場となった。


「さぁ、神を讃えよ。偉大なる存在を」

「嫌だねッ――!」


 そう吐き捨て、俺はその場を縦横無尽に駆け回った。その理由は単純で、魔力で創った糸を張るためだ。

 至るところから伸びる糸には気づかず、必死に抵抗を続ける騎士たち。剣を振り回されて糸を切られてもすぐさま張り直していき、ものの数十秒で騎士たちは身動きが取れない状況になってしまった。


「な、なんだこれは!」

「無礼だ! 無礼だ!」

「〈強制支配フォスネイド〉」

「「「……」」」

 

 よし、煩いハエを黙らせることが出来た。剣を振り回され続けるのは意外と厄介だからな。


「お前らはここで大人しくしておけ。絶対に動くな。自死も許さない」

「「「「はっ」」」

「さぁ、早く戻らないと――」


 再び階段をひとっ飛びし、同じように登場する。


「あら、遅かったですねぇ……!」


 狂気的な――血のついた――笑みで振り向く神。


「グレイラ……?」

「私は氷神フロスト。相性が悪いのですよ。次はあなたがこうなる番です!」


 氷神フロストの腕が、グレイラの心臓を突き抜いていた。

 頬についていた血は、どうやらグレイラの血のようだ。


「――よくも、グレイラをッ!」


 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!


「私は上位龍すらも屠れる強さ。お前には負けないことが証明できた――!」


 俺の身体から勢いよく波動が溢れ出す。それは奇しくも翼の形をとり、胸のうちから湧き上がる殺意と共鳴しているかのように羽ばたいている。

 そして不思議なことに、その怒りは翼へと流れていってしまった。


 今、心は「凪」のように静まり返ったのだ。


「それは無理だ」

「何?」

「お前では、俺に勝てない」

「お前が、こいつよりも強い、と?」


 感覚で、本能で分かってしまう。今の俺ならば勝てると。


『シェレムよ、世界に命じたまえ。その生意気な亡霊を殺すために――」

「【時よ、俺を待て】」

 

 刹那、全てが「遅くなった」。翼の羽ばたきも、氷神フロストの動きも。

 

 正常に動いているのはただ一人、俺だけなのだ。


 コツ、コツ――間延びした世界に足音が響き渡る。俺は愛用のナイフを取り出し、それに波動を流し込む。すると、短剣ナイフから蒼い刀身が生えてきた。


「な……に……が……お……こっ……て……」


 ゆっくりと、数倍もの遅さで聞こえる声。同じ遅さでグレイラの心臓から腕を引き抜き、俺に向かって駆け出そうとしている。


「お前の敗因は、俺を侮りすぎたことだな」


 彼我の距離はもはや二歩もなかった。

 素手の氷神フロストと、剣を持った俺。どちらが先に相手を攻撃できるかなんて明白。


「か……はっ……!」


 青色の血が流れ出る。勢いをなくした身体が床に這いつくばる。いい気味だ。


「ははっ。やっと、終わりか」


 乾いた笑みしか出ない。水分を全て蒸発させてしまった気分とでも言おうか。

 時の流れも元に戻し、呆然と立ち尽くすことしかできない。


「――弔いのつもりはないんじゃが、炎で消し炭にでもしてしまおうかの」

「グレイラ!?」

「何をそんなに驚いておる。言ったじゃろう、我は生き返ると」

「あっ……」


 くそっ、なんだか恥ずかしいじゃないか……!


「お願いだから、もうこんなことはしないでくれ……!」

「すまなかったのご主人様。どうせ生き返ると思うと捨て身の戦術をしてしまうのじゃ――いや悪かったと思っておる! だから泣かないでくれ!」


 俺が……泣いているのか? 信じられない……レヴィラさんにだって泣いているところは見たことないと言われたのに……ちょっ、撫でるなぁ!


「ともかくこれで、亡霊殺しは完了じゃな」

「あ、あぁ。そうだな」


 窓から差し込む月の光が、少しばかり輝きを失ったような気がした。たぶん、それは気のせいではないのだろう。


 俺は理由もなく、そう信じたかった。

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