第5話:暗殺開始

「それと、すみませんっ。いきなり驚いてこんなみっともない姿を見せてしまって……」

「いえいえ、こちらこそ申し訳ない。客人として礼を失したと感じている」

「使用人としてお客様をお迎えするのが私の使命です! 私こそ失礼な事を……!」


 よく、「好きな性格は」と聞かれて「優しい人」なんて言う奴がいる。だが俺は半分共感で半分反対だ。その理由がまさにこれ。互いが優しければ謝り合戦が起こるからだ。この世のありとあらゆる謝罪の言葉が、辞書を読み上げるかのようにスラスラと出てくる。


 俺はいつも、死に際の独りよがりな甘言や命乞い――無意味な謝罪――を聞いているからな。そっちの方が扱いやすいし楽なのだ。

 

「なら、とある人のところまで案内してほしいんだ。それでいいかな?」

「はい! もちろんです! ちなみにどなたをお探しに?」

「あぁ。エイカム・イトカという人物なのだが……」

「……わ、わかりましたっ! 多分いつもの場所にいると思います、どうぞ着いてきてください!」


 名を告げた瞬間に態度が豹変し、だんだんと溶けつつあった心の壁が修復された。それどころかより分厚くなってしまったようだった。これを人は警戒したと呼ぶらしい。


 だがもう充分なのだ。優しくすれば俺という「存在しない客人」を忘れてくれる。今までの会話もあるので、俺が本来ここにいない人間であることに気づくことはないだろう。


 気を取り直した俺は、走りに限りなく近い速さのそれに、数歩の間隔を空けて追従する――ついでに忘れ去られた生首を箱にしまい置いておく。彼女はどうやらこの生首が眼中にないようなのでな。


 そして何回か廊下を曲がったり階段を上ったりを繰り返すこと数分。最上階まで来たところで彼女は立ち止まり、こっちに向き直った。


「ここから先は使用人立入禁止になっています。なので私はここから先を案内することが出来ません。扉は鍵がかかっているのでエイカムさんに開けて頂いてください。中から開けられる仕組みになっているので」

「なるほど。……エイカム殿は使用人だったはずでは?」

「あぁ、彼は特別なんですよ」


 言葉を切り、少し暗い顔になっている。

 俺は、こういう表情に見覚えがある。大抵の場合、続く言葉を言えば、殺されるあるいは危害を加えられる――と脅されているのだ。


 つまり、エイカムはこの屋敷における権力者であることは間違いない。きっと子爵に気に入られているのだろう。なんなら子爵を傀儡にしていることまで考えられるしな。以前殺したヤツで見たことがある。


「……これ以上は語らせないでください」

「分かったよ。よく分かった。大丈夫、エイカム殿に言う事はないさ」

「約束ですからね? では、私はこれで」


 まだ少し懐疑的ではあるのだろう、仕草にそれがよく現れている。具体的に言えば動きが雑だ。使用人としてあるべき姿から意図的に外れている印象を受けた。だからといって告げ口をするわけではないけどね。なんならその告げ口するという相手は、今から殺す相手なわけで……


「にしても広いな。俺もこんなところに住みたいもんだ」


 広がるのは豪華絢爛な廊下。数メートル先には大きな扉があり、そこにエイカムはいるはずだ。


 本来であれば、ここできちんとノックをして扉を開けてもらい用件を果たすのだろう。

 だが、俺は違う。


「〈溶影シャルト〉」


 きっと、その言葉は誰にも届くことはないだろう。それほど小さな声で零れ落ちた「詠唱」は、すぐさま俺に効果をもたらした。


 身体を見下ろす。しかし、視界には床が映るのみで身体と呼べるものはそこになかった。満足した俺は、堂々と、なんの不安や心配もなく扉へと歩いた——物音一つ立てず。


 そして、物理的に行く手を阻むはずの扉はその役割を果たすことなく俺の侵入を許してしまった。


 これこそが〈溶影シャルト〉の効果。一定時間の間、姿や音を遮断し、物体を通り抜けることができるのだ。


「今日の予定はどうすっかな。セイダと昼過ぎから酒飲んで……夜には娼婦でも呼ぶか。うんうん、それでいいや。へへっ!」


 こいつがエイカムか。ボサボサの髪の毛に無精髭……衣服が汚ければ完全に浮浪者だな。逆に言えば衣服だけは貴族のように見えるから感覚が狂いそうになる。


 それに言動から察するに、こいつはかなりの出不精なようだ。部屋も散らかっているし、テーブルの上には飲みかけのワイン瓶が――テーブルの下には飲み干された瓶が数本――ある。使用人が入れないから掃除もされない、か。ここまで来ると笑えてくるな。


 もう一つ気になる事と言えば、「セイダ」という人物。確かここの領主の名前はセイダ・ジョイビアだった。やはり俺の推測通り、親密な関係であることは間違いない。


「んっんっんっ……かぁ~! これ銘柄なんだっけ? 確かナントカ伯爵領産だっ――」

「じゃあな」


 今回は別に情報が必要な任務でもない。ならば殺すのみだ。


 俺はそう思い、胸ポケットにしまっていた愛用のナイフでエイカムの首を掻っ切った――


「痛ったああ! 誰だ! 出てこいよクソガキいいい!」


 はずだった。しかし結果はこの通り。

 ナイフが喉元の肉を断ち切る感覚は間違いなくあったはずなのだが、なぜか血は一切出ていない。しかも俺に対して――俺だとは認識していないようだが――怒りをあらわにしている。まるで子どもの癇癪のようだ。


 しかしどうしたものか。こんな些事で任務失敗にはなりたくないのだが……よし決めた。とりあえずもう一度殺すとしよう。


「おい! ガキ! 出てこい殺すぞ!」


 エイカムは手に持っていた飲みかけのワイン瓶を、まるで棍棒か何かの如く振り回している。


 果たしてそれが、俺に当たるとでも思っているのだろうか?

 残念ながら俺はさっきから向かい側のソファに腰掛け、更には頬杖をついているんだよな。


 きっと俺の攻撃を防いだのも、彼の身体能力などではないだろう。それほどの強さ――硬さ――を持つ人間が、こんな裏世界じゃ当たり前の魔法も看破できない道理なんざ俺は検討もつかない。


「はぁ……」


 まだ効果時間は切れていない。なのでこの地獄まで届いてしまいそうな深いため息も聞こえてないはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 こんな出不精には、どうやら棍棒を振り回すだけで精一杯のようだ。浅く肩で息をして疲れ果てている。


 ははっ、同じ言葉でも大きく意味が異なるなんて中々面白いじゃないか。

 

 その好機を逃さぬようもう一度、先ほどと同じように後ろへ周りこみ首を掻き切る。


「さっさと――死ね!」


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