第6話:暗殺者の実力


「ぎ……ググッ……イダッ……!」

「何だコイツ、訳が分からな――」


 言葉を紡ぐ刹那、猛烈な違和感が身体を襲う。


「ちっ、〈溶影シャルト〉が切れたか!」


 まるで、今まで感じていなかった陽光の温かさや眩しさをいきなり浴びたような感覚。夜から朝へ、一瞬にして移動したとでも言うべきか。


 まさか、こんなおっさん一人を始末するのにここまで時間がかかるとは……全くもって予想だにしていなかった。


 こんな――恐らくだが――魔術的防御を二重にかけるなど、セイダはよほど彼を気に入っているのかもしれない。あるいは殺されてはいけない理由でもある、とかな。

 他には異教関係者による線も考えられるが、そこまで考え出してはキリがないし、俺が考える分野でもない。あくまで暗殺者であって探偵ではないのだから。


「エイカム! どうした!?」

「……本当に、今日はツイてないな」


 数多の足音と共に現れたのは、見るからに良質で豪華な装いの偉丈夫であった。両側には全身鎧を着た騎士二名ずつ、合計四名がおり、既に抜剣の用意が出来ている様子。きっとこの男――セイダ・ジョイビアの指示があればすぐにでも俺を殺そうと動き出すのだろう。


「セイダ……アア」

「こんな状態になっているとは……まさか、数分のうちに二回も殺されたのか」


 ……なぜそんな事が分かるのだろうか。

 セイダはたった今到着し、情報なんて一切持っていないはずだ。もしどこかで聞いていたとして、どうせこいつが死なないのならすぐに突入しておれを殺せばいいはず。いや、それとも力量を試していた? この状況にどう対処するかを見てどうすべきかを考えて?


 いくら考えても答えは出ない。ただ分かるのは、この地の領主に姿を、顔を見られてしまったということだ。


「……しかし、そんな芸当が出来る理由もはっきりしているな。まさか、最強にして無敗の暗殺者――『血灰の亡霊ブラッディダスト』に狙われることになろうとは」

「そりゃどうも……」


 血灰の亡霊ブラッディダスト。それは俺の二つ名だ。

 数年前だったか、六神教関係者を大量に暗殺したときに付けられたのを微かに覚えている。だから「亡霊」なんていう言葉が使われているわけで。

 何回聞いても――もっとも、そう呼ぶのは同業者くらいだが――恥ずかしさは消えない。身の丈にあった気がしないしな。

 

「こんな所で会えるだなんて、俺も運が良いんだか悪いんだか……」

「さぁ、どうだかね……とりあえず俺はそいつを殺さないといけないんでどいてもらえると助かるんだが。〈蝕腕エクリアム〉」


 こぼれ落ちるように呟いた一言。

 刹那、脱力していた右腕――その手首から指先までが禍々しい赤黒いナニカに包まれた。


「それは……魔法か! すごいな、そんなものも見せてくれるだなんて! 懐かしいな。小さい頃は憧れたもんだ。あくまでおとぎ話か英雄譚の世界のものだと思ってたしな」

「俺は気づいた頃には魔法が飛び交う場所で生きてたからな。おとぎ話なんて知らない。ただ夢も希望もなく血生臭い現実があるだけだったよ」


 皮肉めいた口調で話す俺に対し、心底驚いた様子で笑う声が聞こえた。


「ははっ、噂より全然人間味があるじゃないか。お前も人間ってことなんだな」

「何をいきなり当たり前のことを……まぁいい。そろそろ雑談はやめにしないか?」

「そうか……それは残念だ。俺はもう少しお前と話していたかったよ」

「申し訳ないがこっちも仕事なんでな。だからもう一度言おう――そこをどいてくれ。そうすれば痛い思いをすることはない」


 次は睨みつけるような威圧を込めて言葉を発する。すると、さすがに殺気を感じたようで、怯えた様子で五人は狼狽えていた。


「し、仕方ない……お前ら、そこの賊を始末せよ!」

「「「「はっ!」」」」


 覚悟を決めた顔で告げるセイダ。それに応える四人の騎士の声が、寸分違わず同時に響く。

 直後、そのうちの一人が真っ先に突っ込んで来た。


「我が忠誠はセイダ様にッ!」


 ふむ、どうやら彼は「忠誠心だけは」あるようだ。危機管理能力や状況把握能力の一切が欠けているのは見ればすぐ分かる。


「まったく……俺の右腕がいったい何か分かってないんだな? なら見せてやろう」


 大振りで振り下ろされた剣を躱し、剣を持つその手首を左手で握りしめて固定する。ついでに身体を絡ませ動きを封じておく。

 あとの三人はそこで追撃せず、俺が何をするかを観察しているようだ。考えなしに突っ込んでくるこいつよりかは正しい行動と言えるだろう。


「なっ……! その身体になぜここまでの力が!?」

「場数が違ぇんだよ。んじゃ、死ね」


 次に、攻撃してくださいと言わんばかりの鎧――それも心臓のある部分を狙い、禍々しい右腕を思い切り突き刺す――!


「ぐああああああああ!!!」


 耳をつんざくような悲鳴。その原因は、「俺の腕がこいつの身体を貫通しているから」と言う他無い。


 俺からでは見えないが、腕にベッタリと付いた血がドロドロと滴り落ちていくのが感覚で分かる。

 この生暖かい感覚、慣れるのにとても時間がかかったなぁ……今ではもう何も感じないくらいになってしまったけどね。


「な、何をした!?」

「言うわけないだろ。敵同士なんだぜ? そんなバカに見えたのなら病院に行くことをオススメするよ」


 抜剣してこちらを観察する騎士Aが問いかける。


 さすがにこれくらいは理解してほしいもんだが……まぁ、実際のところはさっき使った〈蝕腕エクリアム〉の効果だ。

 〈溶影シャルト〉は物体を通り抜けるだけだが、これは、言わば「侵食する」のが特徴。鎧も内蔵も関係なく侵食し、遂には身体を突き抜けるまでに至ったという訳だ。


 そんな魔法で覆われた腕を、叫び声が途切れたタイミングで引き抜き、首を一文字に侵食せつだんしてトドメをさす。

 黒く染まった断面を見せつけるかのように落ちた首は、グチャっという嫌な音を残して動きを止めた。それと同時に場の空気も固まってしまった。


「っ……!」


 残酷な光景に血の気が引いた顔で言葉を失うセイダ。

 領主……というかそれ以前に、貴族だからこんな光景は見たこと無いのだろう。近しいものとして闘技場の戦いがあるが、あれは庶民の娯楽だ。貴族はもっと優雅に過ごしている。あーあ、羨ましいなぁ。


 ――しかし、その空白を打ち破る者がいた。


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