第7話:四騎士の末路

「お、俺はもう逃げるぞ! 俺は関係ない、そう関係ないんだ――!」


 四人の騎士――今はもう三人だが――のうち一人が脱兎のごとく逃げ出した。右手には剣を硬く握りしめ、バランスも悪く焦りが丸見えなフォームで扉の方へと遠ざかっていく。


「エズケイル!? 逃げるとは何事だ!」

「はぁ……」


 セイダと俺、二者の対照的な声。それが彼に聞こえているのかは知らないが、その速さが衰えることは無い。なんなら早くなっている気もする。


「仕方ないか。〈溶毒凶刃メルズネイト〉」


 次に使った魔法は、簡単に言えば「毒の投げナイフ」だ。毒が塗ってあるナイフではない。「毒で出来たナイフ」なのだ。

 それを左手に構え、狙いをすまし――ほいっと。


「ぐっ……!? 何が刺さって……」


 そう言いながらエズケイルは倒れた。それは全身に毒が回った証拠。

 かろうじて息はあるようだが、呼吸は浅く荒いし微かに見える目も虚ろだ。放っておけば間違いなく死ぬことだろう。


 多少は名が知れてる暗殺者を前に、背中を見せて逃げてはこうなることくらい分かっていただろうに……なんて思わざるを得ないな。俺はそんな奴を殺さないってほど甘くはない。

 そもそも、この業界で長生きするには優しさなんて必要ない。それどころか邪魔なだけだ。


「これは……ま、簡単に言えば毒だ。十分後くらいには死ぬぞ。てことで残り二人もかかってこい」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 逃げたのは悪かった反省した! だから頼む! 助けてくれ!」

「「うるせぇよ」」

「ひっ!?」


 今度は息ぴったり揃ったな。セイダもなかなか面白い男のようだ。


「さて。こいつはもう死ぬ。だから残りの二人……かかってこい。降伏しても無駄だ。殺す」

「っ……」

「リルカ。もうやるしかないよ」

 

 どうやらこの二人の騎士はかなり親しいらしい。そこに敬意といった距離を感じさせるものはなく、昔からの親友、いや戦友といった雰囲気を感じられる。


「あぁ、そうだよな。……行くぞセリコル。忠義を示すために!」

「おう!」


 かれこれ十五年生きてきた俺だが、およそ友達と呼べる人は数少ない。それも同業者やそれに近い職業の者ばかりであり、もし気を許してしまえば殺されかねないと思うのも無理はないだろう。ましてやそんな状況で親友なんているはずもなかった。


 だからこそ、「友情」が嫌いだ。もちろん合理的な理由、もとい言い訳はあるのだが、やはり個人的な事情が大きい。


 つまり何が言いたいかと言えば、


「そうかい。んじゃ、早く来いよ――しっかりと殺してやる」


 少々本気で戦わせてもらうとしよう――!


「うおおお!」


 まずは右から一人、セリコルが剣を構えつつ走ってきた。


 馬鹿め、俺の右腕にある〈蝕腕エクリアム〉の効果を忘れたのか? その剣で触れた瞬間、そのまま首まで泣き別れすることになるぞ!


「さっき見たんだ、失敗しないッ!」


 〈蝕腕エクリアム〉で受け止めようとした直後。

 セリコルは真っ直ぐに迫ってきていた刃の軌道を無理やりずらし、空白となっていた俺の腰を横薙ぎに切ろうとする――いや切った。ほんの少しだけ服が切れている。


「くそっ、掠ったか……!」

「まずは一撃。そしてもう一撃」


 不敵な笑みを浮かべるセリコル。なんだか嫌な予感がして左側へ跳躍して逃げると、俺がいた場所へ剣を突き刺すリルカの姿があった。


「次は外しちゃったか。残念」

「……おっかねぇな。やっぱり複数人相手の戦いは苦手だ」

 

 空振ったままで佇むリルカがどこか寂しげな声色でつぶやく。

 

 そもそも暗殺とは、その字の通り「暗闇に潜み敵を殺す」という意味だ。それを専門とし、生業とする俺がどうして対多数を得意にできようか。

 それが得意な暗殺者はもはや傭兵と言ったほうが正しい。


「そんな弱音を吐いていていいのか……よっ!」


 改めてこの状況が不利であることを認識していると、背後に回っていたセリコルが剣を水平にして突きを繰り出そうとしているのが見えた。


 迫る剣に向け、先程から溜まっている苛立ちを放出するかのように思い切り右腕を薙ぐ。ついでにその力で方向を右にずらす。

 するともちろん、この右腕に触れた部分は全て侵食され腐り果てる。


「しまっ――」


 つまり、剣を破壊することが出来たのだ。

 俺がその隙を逃す訳もなく、呆けているセリコルの胴体を狙いすぐさま右足で蹴り飛ばした。その威力は凄まじいものであり、数メートル離れていた壁へ打ち付け意識を飛ばすに至るほど。


「セリコル!?」

「油断、したなぁ?」


 呑気に心配しているリルカの背後へ周り、後頭部を掴んで思い切り床へと打ち付けた。


「かはっ……!」


 その衝撃で肺の中の空気が抜けたのだろう、声にならない声を出しのたうちまわっている。


 まったく……友情なんてものがあるからこうなる。戦いをする以上、冷静な――時には冷徹な判断をしなければ命を失う。そうなるのは自分かもしれないし、味方かもしれない。


 まぁ、要するに邪魔なだけの感情でしかないということだ。それを彼らは証明してくれた。


「セイダ。この二人、どちらから先に殺すべきだろうか?」

「……ずいぶんと残酷な選択を迫るじゃないか。そんなのどうやって決めればいいのか分かるわけないだろう!」


 怒号を飛ばすと同時に、拳を強く握り悔しそうにしている。お優しいもんだねぇ。


「時間切れだ。こっちの……リルカからにしよう」

「俺に決めさせる気があったとは思えないな……ちっ」

「正解。迷ったから思考する時間が欲しかっただけさ」

「本当に性格が悪いな……」


 性格がいい奴は暗殺者なんてやる訳無いだろうに。

 それに良心なんてものはとうの昔に捨てている。とはいえ慈悲くらいはほんの少しだけ残っているけどな。使う場面はあまりないだろうが……


「〈凶酸プレイズン〉」


 右手から溢れ出す透明な液体。一見ただの水のようだが、そうではないとすぐに証明されることとなる。


「あああああああ!!!!」


 液体が鎧に触れた瞬間、蒸発するような音がした――実際その通りなんだけども。

 それが頭に降り注いだことで強烈な苦しみがリルカを襲う。人間に出せる最大限の大きさで叫び、暴れまわっている。しかし鎧を押さえつける力は緩めない。

 押さえる場所を首の辺りに変えたせいで若干の抵抗は許してしまうも、全体重をかけていれば抜け出されることはない。


「……」


 おっと。あまりにも強力すぎて頭を全部溶かしてしまったようだ。


「酷い光景、だな」

「正直なところ俺もそう思う。だから次はすぐに殺すとしよう」

「そう思うなら最初からやるなよっ!」

「うっせぇ。〈礫弾グラバレット〉」


 未だ意識を失っているセリコルの脳天めがけ、近くに転がっていた破片を利用した弾丸を放つ。ただの破片だが魔力によって硬さと速さが上昇しており、相手が鎧を着ていようと問題なく撃ち抜ける。


「これで四騎士の処理は完了したな」


 やれやれ。想定外とはいえかなり時間がかかってしまった。


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