第12話:グレイラの初仕事

 しっかし……


「大司教閣下、ねぇ」


 とりあえず情報の確認から、だな。大司教閣下という立場を鑑みれば大抵のことは包み隠さず話してくれるはずだ。そもそもこいつが隠すような情報を持っているとは思えないが。


「俺の名前とお前の名前、および所属を述べよ。これは必要な調査だ」

「了解しました。あなたの名はアキルモ・クーロレス大司教閣下。私は偽なる星グノーシス第八班所属の36と申します」

「本名を述べよ」

「恐縮ですが、我々に本名などないことは閣下もご存じのはずです」

「……そうだったな」


 情報を整理しよう。

 まずはアキルモ・クーロレス大司教についてだ。彼は確か六神教における大司教で、温和で善良な性格が民衆の支持を集めているのだそう。

 人気の理由はそれだけではない。ときおりスラム街で彼や彼が作った支援団体のメンバーの姿を見かけたりするほどに手広く人道支援をしているのだ。

 もはや専門家と言って差し支えないだろう。


 次に偽なる星グノーシスという組織についてだ。これは正直知っていることは少ない。風のうわさで名前を聞いたことがあるだけで、何のためのどんな組織なのかすらも分かっていない。少なくとも俺は聞いていない。

 だが、この会話だけでかなりの情報を得た。彼ら偽なる星グノーシスは六神教の、あるいはクローレス大司教の管理する組織であり、邪魔者の暗殺を担っている――よし、理解した。


 次の質問は……っと。


「お前の目的について述べよ」

「我々第八班は、協力者を暗殺したとされる人物二名の追跡・暗殺を命じられていて――」


 その時、何かが割れる音がした。


「グレイラッ!」

「分かっておる!」


 俺はこいつの尋問を続けねばならない。きっと、グレイラならば上手くことを運んでくれるはずだ。


 あとは任せよう――龍の相棒に。


 ◇


「くそッ! どこまでついて来やがるんだこの女……!」

「どこまででも、じゃよ」


 この愚かなネズミは、あの家に侵入した直後、我が迎撃したことに気づいて逃げ出した。だから追っかけつつ様子見をしているところなのじゃ。


「ちっ!」


 おっと、怒らせてしまったらしいの。懐から取り出した投げナイフを我に投げてきおった。


 もちろんそれは回避する。一瞬掴んで投げ返そうとしたものの、あくまで様子見なのでそれは断念した。


「避けたか……!」

「当たり前じゃよ。我をなんだと思っておる」


 いやはやかなり奇妙な光景じゃな。黒尽くめの男を追いかけるメイド服の可憐な美少女――もし人に見られでもしたら大変になりそうじゃ。でも辞めるわけにはいかない理由もきっちりとある。


 こいつはきっと、自らのアジトへ向かっている。それは先程から進行方向に迷いがないことから容易に理解できた。何も考えていない奴でも、微かな思考の隙は生まれる。じゃがこいつにはそれがない。つまり「知っている」証拠。


「――計画は失敗、暗殺者二人もかなりの力を有している……!」

「ほう、それはそれはお褒めに預かり光栄じゃ」


 う~む……しばらく様子を見たりちょっかいをかけたりしたものの、こいつはほとんど構わず逃げることを優先していた。こいつはきっと価値が高いのだろう。少なからず捨て駒ではないはず。だから逃げる。

 じゃが通信の魔導具を使われたのは厄介。そろそろ潮時じゃの。


「い、いつの間に追いついてっ!?」


 一瞬だけ加速して追いつき、男の進行方向を塞いだ。すると男は止まった。その顔は驚愕に染まっていて、目は見開かれていた。

 無理もないことだが、シェレムがどれほどプロなのかを改めて理解せざるを得んな。あやつならこんなことせん。


 そうして気づけばスラム街の中、古くボロボロの建物が密集する場所で、追いかけっこは終了した。そして次の「遊び」へと移り変わる。


「まぁまぁ、そんなに焦りなさんな。きっちりと殺してやるからの?」

「……援軍を、求む」


 男がボソリと呟いた――当然内容は聞こえている――直後、周りの建物からぞろぞろと人が出てきた。いずれも身なりは貧相なもので、武器も欠けた刃のものばかり。脂肪なんて概念がないようにすら思える環境だった。


「っ……!」


 よく見れば、皆足が震えている。それはまるで生まれたての子鹿のよう。


「……なるほどの」


 金を求めた結果、なのじゃろうな。このスラムを生き抜くためには、例え依頼の結果で死のうとも、それでも金が必要だった――あまりにも皮肉な話じゃ。


「さぁ、お前ら金のためだ。あの女を殺せ!」


 合図と共に、ゆっくりと、ぎこちない動きで我を殺そうと生気のない目で動き出した。


「……目も当てられんな。〈それらは眠るフォールアスリープ〉」


 刹那、妖しげな光が辺りを包んだ。それは魔力を帯びた光――すなわち魔法であることを表す。


「な、なんだその……魔法?」

「かっかっか。貴様らには縁のない世界じゃよ」


 我が無知をあざ笑うと同時に、人々は糸が切れたように倒れ込んだ。そもそも眠たげであったのだ、もはや美しいような寝顔でいる。

 抵抗の一切を許さず、数秒後にはこの場で立つ者は我と男だけとなってしまった。


「な、なんだこれは……こんな魔法見たことも聞いたこともないぞ!」

「そうじゃろうな。人間には扱えぬ代物じゃし……仕方あるまい」


 まぁ、ここらへんのことは魔法学者どもが言うべきセリフじゃ。我が教鞭をとったところで意味はない。


 しかし、何が気に入らなかったのだろう。ブルブルと震え、拳を強く握りしめたまま動かなくなってしまった。


「神よ……我ら哀れな子羊に、偽りの星の代行者たる我らに、どうか救いを……」

「神、じゃと?」

 

 なんだか突然胡散臭い話になりおった。これは撤退したほうが良さげかもしれない――


「神よ……我ら哀れな子羊に、偽りの星の代行者たる我らに、どうか救いを……神よ……我ら哀れな子羊に、偽りの星の代行者たる我らに、どうか救いを……神よ……我ら哀れな子羊に、偽りの星の代行者たる我らに、どうか救いを……」

「これは本格的にまずいことになったの……!?」


 そこで我も気づいた。嫌な汗が、頬を伝って背中に流れていく。寒気がする。これは、「超常存在」の気配じゃ――!


「あぁ、なんてこと。なんて哀れな子どもたち。なんて哀れな子羊たち……!」


 そのとき、気づいてしまった。それの「正体」に。


 目の前に突然現れた、二枚の翼をはためかせ、光輪を頭上に浮かべるこの世ならざる美貌の女――


「お初にお目にかかります。第五席次の使徒、アルカティと申します。グレイラさん、ですよね? あなたのお噂はかねがね」


 六神の手足たる使徒、その名を――「天使」。


 =====

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