第9話:龍と契約
「ご主人様ってどういう意味だよ!?」
「ん? ご主人様はご主人様じゃ。それだけの話なのじゃが……」
こてん、と可愛く首を傾げる少女。それと合わせて赤黒い髪の毛がふわっと揺れた。そんな髪の毛の長さは腰のあたりまであり、破天荒な性格を裏付けるかのようにボサっとしている。背丈は百七十センチほどで俺と同じくらいだな。目算ではあるが、ある程度は正確なはずだ。
次に視線を上に戻し顔を見てみる。俺を不思議そうに見つめる真紅の目は丸く可愛らしいが、それとは対照的に犬歯が鋭く伸びている。
「どうしたんじゃ? 我がご主人様よ。もしかしてこの身体に欲情しておるのかっ?」
そう言って胸をこれ見よがしに見せつけてくる少女。
俺は暗殺者だから色仕掛けには耐性がある――とはいえ一応は十五歳の少年なのだ。目に毒すぎる……!
「頼むからやめてくれっ! ここで見ず知らずの少女を襲うなんて真似はさすがに出来ないから!」
「かかっ、冗談じゃよ。我は別に良かったんじゃがの」
いたずらっぽく笑う姿に、俺は苦笑いで返すことしか出来なかった。
「しかし、我のことを『見ず知らず』なんて言うのは酷いもんじゃの。ついさっきコテンパンにしてくれたばかりじゃというのに」
「……ついさっき?」
おかしいな、直近の戦闘はここでしかやっていないはずだ。四人の騎士とエイカム。しかも五人とも男だ。さらに加えて言うなら皆この手で間違いなく殺している。「コテンパンに」なんて言い方だと殺すまではいかないような気がするし、第一彼女の身体には傷一つ無い。
ここまで身に覚えのないことは今までなかったぞ。
「ん……? あ、そうかそうか! 人間はせっかちなんじゃった! 時間で言えば……十四時間前、くらいじゃの」
「じゅう、よん……」
間違いのないように数えていく。そして導き出された結論は――
「
「そうじゃそうじゃ! あのときとんでもなくカッコいい技で我のことを屠ったじゃろ!」
「あぁ、カッコいい技、ね。それはそうかもしれないけど……」
『カッコいい……ふふ、カッコいいって褒められた……しかも
あの技、というのは千本の剣のことだろう。確かにあれはカッコいい。セイダの言っていたおとぎ話を想起させるな。俺自身はあまり聞いたことは無いのだが、それでも幻想的な世界に胸を躍らせたのは覚えている。
あと幻聴。なんでお前は喜んでるんだ? もはや自我があると認めているようなもんじゃないか。
「おい待て。お前今屠ったって言ったな? 死んだって言ったな!?」
「そうじゃ。確かに我はご主人様に殺されたな。さすがの我でも千本の剣に貫かれてはの?」
「そんな甘えたような風に聞くなっ! 知るかそんなの……」
「まぁ、
「え、
衝撃の事実だ。魔物に対しての知識も常識程度には有しているが、そこに
「ありゃ、知らんのか? でも今はそれが肝要ではないのじゃから無視しておこう」
「そ、そうだな。俺も他に気になることがある」
「――では、本題に入ろう」
刹那、彼女のまとう雰囲気が変わった。それは確かに人の出せるものではなく、十四時間前に遭遇したかの巨大な
身体が、本能が警鐘を鳴らす。自らより数段も上の実力を有す、本物の化け物だと。きっと、彼女を敵に回したら間違いなく死ぬ。あの力がもう一度使えれば話は別かもしれないが、それでも一度使った技だ、読み切られていてもおかしくない。
「我がご主人様の元へと馳せ参じた理由――それは、我と契約をしてもらうためじゃ」
「契約……?」
馳せ参じた、というわりには肉を求めていたような気もするが、そのことは彼女の名誉のために一度忘れて話に集中する。
「やはり知らないようじゃの。ではまず
深呼吸を挟んで続ける。
「まず、
ここまで言われれば自ずと理解できていた。それほど俺はバカじゃなかったわけだな。
「俺が、お前より強いということになった、と」
「そうじゃ。物わかりが早くて助かるの。それでつまるところ、我の主たる資格があるということじゃ。我と永遠の契りを交わし、この魂が尽き果てるまで共にいよう――そう言いたいんじゃ。プロポーズみたいなもんかの」
「あっさり言うけど……それって結構とんでもないことだよね!?
さっきからご主人様なんて言われているけど、まさかそこまで重いものだったとは思わなかった。
「務まるもなにも、ただ我と一緒にいてくれればいいだけじゃよ? ちなみに断ったら我は死ぬぞ。それも風習じゃ」
「重ッ!? 死ぬってそんな……えぇ」
「仕方あるまい。風習じゃからな」
「風習に従いすぎだろ……まぁ分かったよ。契約だな。どうすればいい?」
「簡単じゃ。
「そうかそうかキス……は?」
この目はマジだ。間違いない……! そうしたら俺は一日に二回もキスをすることになるわけだし! もうどうなってんだよ俺の人生!!!
「嫌か? それなら死――」
「分かった、分かったから! すればいいんだろ?」
「かかっ、今から我は祝詞を読む。それに答えてからじゃがな」
再び表情は真面目なものに変わり、俺もそれに合わせる。
「我が名はグレイラ=ルラージ。龍族たる古なり」
「わ、我が名はシェレム。人族たる新なり?」
あ、合わせろって言われても知らないんだから無理があるだろ!?
なんて内心で困っていると、彼女――グレイラが目を閉じている事に気がついた。いわゆる……キス待ち顔、というやつだろうか。
「んっ」
くそっ……そう言えばこれが初めてになるんじゃないか!? ロスタリテとのはあくまで手の甲。唇というのは――ええいままよ! 腹をくくって!!!
「んっ!」
柔らかな唇の感触が伝わる。心臓の鼓動がいやに響く。同時に甘い匂いが――女性の匂いと言うのだったか――したが、それが入ってくるほど冷静ではなかった。
「も、もう良いぞ」
「終わりか……」
なんだかとても長かったような気がする。体感では数時間くらいだ。
あぁもう、まだ心臓がバクバクと……
「ともかく、名実ともにご主人様じゃのっ!」
グレイラがはにかむと、それに合わせたかのようなタイミングで床に複雑な魔法陣が現れた。
「な、なんだこれ!?」
「落ち着いて受け入れるほうが良いぞ、害はない」
グレイラの瞳と同じ色の魔法陣が一層煌めいた刹那、左手の甲に白い輪っかがあることに気がついた。
「それが契約の証じゃ。それを見せれば大抵の龍族の者はご主人様を畏れ敬うことじゃろう! かかっ!」
「とんでもないものだなこれ……ともかく、これからよろしくな、グレイラ」
「こちらこそよろしくじゃ、ご主人様」
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