第一章:暗殺者は仕事を始める

第一幕:出会いと殺し

第3話:目覚めと仕事

「はああ……上のやつら、いつ気づくかな。この隠れ家もそろそろ捨てる頃合いなのかなぁ……憂鬱だなぁ。ここ、結構気に入ってたのにさ! 全部シェレムくんのせいだぁ!」


 うるさいなぁ――まだ微睡みの中だが、真っ先に湧き上がったのはそんな感情だった。


 聞き馴染みのある声に、慣れきってしまった硬く質素なベッド。そして碌に保温の機能を果たしていない薄っぺらい毛布。

 それらは全て、既に別れを告げたはずの景色だった。


「この部屋の使い道はどうしようかな。いっそ全てを吹っ飛ばす爆弾部屋にでも――ってシェレムくん!? どうしてここに!? もう組織を辞めたんじゃなかったの!?」

「うぅ……朝から騒がしいですね……とりあえず一回黙ってもらえますか」

「酷い! 感動の再会だってのに!」

「その雰囲気をぶち壊したのが貴女だって言ってるんですけどね? じゃあ、俺は寝るんで……」

「二度寝するなぁ!」


 扉の反対を向いているため、安眠を妨害するこの騒がしい敵がどんな表情をしているか分からない。しかし、声の調子と足音で察せることも多い。


 これは反応すると面倒だ、無視して夢の続きを――そう思った瞬間、たった一枚の防壁もうふがいとも簡単に奪われてしまった。


「ちょ、何するんですか! これがないとさすがにさむ――」

「帰ってきたらまずは何を言うの!」

「――た、ただいま……」

「よろしい!」


 なんでいきなりこんな小っ恥ずかしいことを言わされなければならないんだ! くそっ、やっぱりこの人には敵わないな……。


「ほら、顔もこっちに向けて!」

「……はい」


 まるで尋問を受ける兵士の気分だ。しかしそれを顔に出すといつものようにからかわれかねないので、こっそりと唇を噛み平然を装う。目も泳がないように視線を固定する。きっとこれで大丈夫なはずだ。


「ありゃ? なんだか雰囲気が変わったような気がする。まるで憑き物が落ちたようじゃないか」

「そう、ですかね」


 驚いた。この恥ずかしさを見抜くかと思えば、もっと根本的な変化に気づいているようだ。確かに昨日の出来事を鑑みれば、「憑き物が落ちたよう」という表現は的を得ている。


 内心で感嘆しつつ、表情を変えないまま話に耳を傾ける。


「そうだよ、間違いないよ。シェレムくんの事を十年育ててきた、もはや親同然であるこのレヴィラが保証する!」

「まぁ、事実ですけど……いつからそんな自己紹介を始めたんです? 今まで言ってなかったですよね、その『親同然』ってやつ」


 この人の名はレヴィラ・ミスティクリム。青色のロングヘアーの女性だ。服装はスーツであり、胸元にかかる赤色のネクタイが髪色と対称的でよく映えている。真っ白なシャツが後ろにあるおかげもかもしれないな。


 そして実はこの人、俺の上司なのだ。


 ここ、ディスレイア王国ジョイビア領支部には十年前から俺とレヴィラさんの二人しか所属していない。どうやら俺が生まれる前に何かがあったらしく、それ以降ここに来たがる組織の者はいないのだという。

 個人的には、組織内のしがらみに縛られないのは素晴らしい事だと思うがね。


「事実ならいいじゃないか! 今でも思い出すよ、君と初めて出会った日の事を……」

「それはもう二十回は聞きました。数え始めるくらい言ってるのでもういいです」

「お、親に対して何たる冷たさ! もしや反抗期だな?」

「じゃあ、俺は朝食を食べてくるので。数時間後までには戻ってきます」

「あっちょっと!」


 まだ何かを言おうとしているが、俺はそっぽを向き全てを無視。そのまま薄暗い廊下を抜けて外に出る。そして目の前にあるのはまたもや薄暗い路地裏。この拠点はその最奥にあるのだ。

 だから俺は、人じゃなくネズミが行き交い、腐臭のする場所を毎日毎日歩かねばならない。ここが唯一の居場所であり、俺の家だから。


「そういや、俺っていくら持ってたっけな――」


 ふと思い、ズボンのポケットに手を入れて財布を取り出す。そして紐をほどき、その中身を確認する。


「……あ」


 数日前の行動が脳裏によぎる。しかしそれが受け入れられず、目をこすり、財布の中に手を入れる。だが、あるはずの感触が一切ない。ただボロボロの布を感じるのみだ。


「そういえば……最後に使い切ろうと思って……全部――」


 あんぐりと口を開け、なんてことだ、と頭を抱える。


 まさかこんなことになるとは予想していなかった。だから仕方がないとはいえ、完全に失敗であることに変わりはない。

 異国には「宵越しの銭は持たない」なんて言葉があるらしいが、きっとそいつは考えなしのバカの事なのだろう。今の俺と同じだ。


「まさかいきなりピンチになるなんてな……亡霊がどうのこうの言ってる場合じゃねぇ」


 もはや自分に呆れている。

 はぁ、と大きくため息をつき、ひとまず壁によりかかり思案に耽る。その内容はもちろん、今から数時間で簡単に金を稼ぐ方法だ。


「金……俺の仕事……暗殺者……!」


 頭に一つ、妙案が思い浮かんだ俺は来た道を引き返し、レヴィラさんに声をかけた。


「いい感じの報酬がもらえる殺しの依頼ってないです? 今すぐできるやつで」

「帰ってきたと思ったら奇妙な事を言うねぇ。こんな昼間によくそんな事を……まあ分かった。少し待ってて、探してくるから」

「ありがとうございますっ!」


 命の危険が差し迫っているのだ。大声で頭を下げて感謝したくもなるだろう。


 そして待つこと数分。いくつかの書類を手にしてレヴィラさんは戻ってきた。


「これがリストだよ。ほら、確認して」


 そう言って手渡された書類には、いくつかの情報が書いてあった。


 例えば一枚目。左上にあるのは赤く短い髪の男の写真だ。見たところ、撮影場所が少し遠い事から盗撮だろう。いつもの事ではあるが、撮影者の力量には見るたびに畏敬の念すら感じる。


 その右には名前と年齢、役職が書いてある。こいつの場合は、エイカム・イトカ、年齢三十五。ジョイビア子爵――この領地の領主だ――の使用人、といった具合に。


 それら個人情報の下には、経歴や依頼の理由などが記されていた。具体的には、ナンタラ学校を卒業しただの、異教と繋がっているだの、金銭の着服・横領だの。さらに最近では人をさらって監禁までしているらしい。

 この内容だけでも相当なクズだ。笑えてくるな。


 そして最後にあるのは報酬額。なんと、こいつを殺せば二十万ビトももらえるのだという。これは今すぐやるしかない!


「俺、こいつを殺しに行ってきます」

「他のは見なくて良いのかい?」

 

 一理あると思い、ペラペラとめくってみる。だがその結果は期待外れ。どれもこれもそこらの屋台の一月の給料とさほど変わりない程度だった。

 ほんと、命の価値も安く見られたもんだな。


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