第2話:少女との別れ、龍との邂逅

「……すまん、本当にわからない。もっと詳しく説明してくれよ」

「えっとね、簡単に言えばただの死んだ霊。それは遥か昔の――っていけない! そんな事言っている暇はないんだった!」


 ゆっくりと語りだしたその刹那、いきなり目を見開いて慌てだす少女。その様はどこかへ行こうとしているように――いや、行かなけれならないかのように映った。身体がその場で右往左往しており、落ち着きがなくなっている。

 

「ねぇ。君は、本当に私の事を幸せにして、救ってくれるのかい?」

「あ、あぁ――もちろんだ! 約束する!」

「ならば私の手の甲にキスをしてほしいんだ。出来るよねっ」

「分かった……って待て、どういう話の流れだ!?」

「いいから早く。文句言わないでよ時間無いんだから」


 明らかに不満そうだ。少しふくれっ面で時間がないことを行動で示している。なんなら口調も不機嫌そうなものに変化している。


「こ、こうか……?」


 彼女が出している手の位置から考えるに、貴族のそれと似たような感じだと理解することが出来た。


 俺は膝をつき、お姫様と愛し合う貴族になったかのような気分でその顔を見上げた。


 ……何度見ても飽きないほどに整っている。きっと、俺が今まで見てきた中で一番の美人だ。顔のパーツがちょうどいい位置にある。


「い、いつまで見ているんだい? ……ちょっと恥ずかしくなるじゃないか。そ、それでいいから早くしてくれっ」

「すまない、今やるよ!」


 声が上ずりそうになるのを必死に抑え、言葉を紡ぐ。

 そして目線を下げ、閉じた視界の中で激しくなる心臓の鼓動を感じながら手の甲に唇を落とす。


 ――瞬間、一陣の風が駆け抜けた。それと同時に、俺の全身を駆け巡るように何かが流れてこんでくる。その『何か』は、だんだん身体の中で熱を帯び始め、力が満ち溢れるような感覚へと変化していく。

 少し感じていた眠気は、その波動によって嘘のように消え去った。今がただ光がないだけの昼間かと錯覚するほどに活力がみなぎる。


「これは……一体!?」

「ふふん。それはね、私は《夜凪昼薙ルナイア》って呼んでる力さ。使い方はまぁ……魔法と似た感じだよ」

「説明が雑だなぁおい!?」


 俺の怒号に対し、なんだかバツが悪そうな顔をして口先を尖らせている。

 説明の少なさに腹が立つが、その顔もまた可愛いので気が緩んで許してしまう。いわゆる魔性の魅力、というやつだろうか。


 ちっ……本当に俺、どうしちまったんだ?


「仕方ないでしょ時間ないんだから。じゃあほら、最後に名前を教えてくれる?」

「またいきなり話題が……ま、別に構わないが」


 ふっ、と息を吐き、まっすぐ目の前の少女の瞳を見つめた。


「俺の名前はシェレムという。家名はない」

「私の名前はロスタリテ。それだけ覚えておいてね」

「あぁ、分かった――」


 俺は確かに少女――ロスタリテの蒼い瞳を見ていたはずだ。なのに、瞬きをした刹那に忽然と消えてしまった。物音一つ立てず、まるで世界に存在を消されてしまったかのように。


 ほんの数秒前までロスタリテがいたはずの空間に風が吹き込む――穏やかな風なのに、重く苦しい寂しさに飛ばされてしまいそうだ。


「キサマ! 今何をした!」

「……もうお腹いっぱいなんだがなぁ」


 突然どこからか聞こえてきた咆哮にすら近い声。声質から考えるに、人間以外の生物のように思える。


 さて、人間以外の生物とは何か――この場合はつまり「魔物」だ。

 動物を超える知性を持ち、肉体的な強さもあり、種族によっては魔法を使うことすらある、危険な生命体。

 その中でも特別に獰猛であり、生物の頂点に君臨せし最強の種族――


ドラゴン……だと……!?」


 目の前に現れたのは、巨大な双翼をはためかせてこちらを睨みつけるドラゴンであった。暗くて色はよく見えないが、赤黒い鱗であることは理解できる。


「ニンゲン、お前は今何をしたのだ? 誰かと話していたはずだが」

「俺はただ、美しい少女に生きる理由をもらっただけさ」

「……殺したのか?」

「そんなわけないだろう。なんでそうなる? というか、彼女がどこに消えたか俺も知らない」

「嘘をつくなッ! あやつがどこへ逃げたのか吐け!」


 どうやら取り合ってくれないらしい。

 そしてドラゴンは、交渉決裂だとでも言わんばかりに息吹ブレスを溜め始めた。口の外に漏れ出す炎の色は紅く、綺麗に見える。だがそれが直撃でもしようものならば、俺の身体が一瞬で灰と化してしまい即死は免れないだろう。


 くそっ、どうすればいいんだ……!


『死にたくなくば、我に従え』


 こんなときにいつもの幻聴かよっ! 分かった、分かったから助けてくれよ! お前に助けられるものならな!


『まぁ、それでいい。ゆっくり深呼吸して、力を放出してみろ。魔法と同じように』

「うおおおおおおお!!!!」


 半ば――いやほとんどヤケクソだった。数日前から聞こえていた幻聴とはいえ、命令してきたのはこれが初めてだったからな。あとは、どうせ広範囲の息吹ブレスからは逃れられないから、というのもある。


「な、なんだそれは!?」


 ドラゴン息吹ブレスをやめ、驚いた様子で瞠目する。


「千本の剣に蒼き波動……キサマのどこにそんな力が!」


 ふと冷静になる。かざしていた右手を脱力し、辺りを見回す。

 そこには、ドラゴンの言う通り千本のロングソードが空中に浮遊していた。その剣先は全てドラゴンへと向いている。それに俺の身体からは蒼色の――ロスタリテの瞳の色のようだ――波動が、心臓の鼓動と共に脈打ちながら溢れていた。


「う、うわあああ!!!」


 得体のしれない現象を目の当たりにして精神が錯乱したのだろうか。息吹ブレスを八つ当たりかのように俺に放った。


「嘘だろおい!?」

『問題ない。この程度なぞ児戯に等しい』

「そんなわけねぇだろッ!?」


 まずいまずいこのままじゃ死ぬ――!


『目を開けろ。そして刮目せよ』


 言われた通りに――戦々恐々としながらだが――目を開く。そして飛び込んできたのは、驚きの光景だった。


 先程溢れ出していたあの蒼い波動が、息吹ブレスを全て防いでいたのだ。双方全く衰える様子もない。このままでは持久力勝負になるだろう。


 だが、そうは問屋が卸さないようで……


『さぁ、双翼の如き千剣を放て――生き抜くために!』

「もちろんそうするさ」


 脱力した右手を再びドラゴンにかざし、叫ぶ。


「じゃあな――!」

「や、やめ――」


 剣は全て同時に動き出し、ドラゴンへと突き刺さった。月光のもとに鮮血が舞い散り、浮力を失った巨躯は重力に従い落ちていく。すぐにドシン、と地響きが聞こえた。

 そうして訪れた静寂は、戦いの終わりを告げるかのようだった。


「……帰るか」


 そして見上げた夜空。

 星空の中で悠然と浮かぶ月は、なぜか輝きを増しているような気がした。


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