#01-1-02 こういうのは百聞は一見に如かず、てね。

 靴は脱がせて玄関に置かせた。


 で、僕の部屋では狭くて落ち着いて話もできないのでリビングに移動。

 僕が住んでいる家は父親名義の普通の一軒家。

 独りで住むには広すぎるし、リビングなんて普段は使わないのに掃除だけさせられる邪魔な部屋だったけど、ちゃんと片付けておいて正解だった。


 汚部屋に美少女を案内するのは恥ずかしいからね。


「何か飲む? コーヒーか緑茶で」

「コーヒー、ミルクあり砂糖なしで」


 謎の美少女はソファに座って所在なげにしている。

 ついお客様が来たノリで飲み物を用意し始めてしまったが、よく考えるとこいつ不法侵入者だったな。

 しかも、当たり前のようにミルクと砂糖まで指定してきたし。


 いや、注文通り準備するんだけど。


「じゃ、落ち着いた所で。まず名前を教えてほしいんだけど」


 彼女にはコーヒーを。

 僕は緑茶で。

 お茶請けはなし。深夜だしあんまり食べない方がいいだろう。


「そうだね。ボクの名前はテュセル。よろしくね、ノゾミ」


 コーヒーの入ったマグカップを両手で持ってちょっと首をかしげて微笑む。

 大変あざとい。


 しかし、テュセルと言う名前か。

 外国人?

 何語だろう? 

 英語っぽい響きでもないけど。


「僕の名前は……って、もう知ってたっけ。それで、だ。いきなり親父が『迷宮主ダンジョンマスター』で、とか言われてもそもそも『迷宮主ダンジョンマスター』というのが何のことかよくわからないんだけど」

「そうなのかな……そうかもね」

「あと、いきなり家の中に不法侵入してきた君のことも怪しい奴だと思っている」

「そうだね……えっ」


 いや、そこで「なぜ?」みたいな顔をしないで欲しい。

 当たり前だろ?


「だから君のこととか『迷宮主ダンジョンマスター』というもののこととかを一から順番に説明して欲しい」


 これは僕からの精一杯の提案だ。

 このテュセルと名乗る少女ははっきり言って不審者だ。

 服装は滅茶苦茶似合ってるけど普通じゃないし、どうやって僕の家の中に入って来たかも不明だ。家の玄関の扉の鍵も窓の鍵もちゃんと掛かったままだったからね。


 でも、せめて話は最後まで聞こうと言うのだ。

 結構譲歩していると思っている。


 ……しているよね?


「わかったよ。じゃあ、まずは『迷宮ダンジョン』についてから説明しよう。 ノゾミは『迷宮ダンジョン』についてはどれくらい知ってる?」

「そりゃ良く知ってるよ。迷宮探索者ダンジョンエクスプローラーのライブ配信は直接は見てないけど、まとめ動画とか解説動画とかなら良く見てるし」


 僕の言葉を聞いてテュセルは露骨にため息をついて肩をすくめた。

 いかにも「こいつ何もわかってません」て態度だ。


「それはね。本物の『迷宮ダンジョン』じゃないんだ」

「は? 本物?」


 何言ってるんだ?

 迷宮ダンジョンに本物も偽物もないだろう。


「ん-……こういうのは百聞は一見に如かず、てね。

「え? 実際に見て……って??」


 何だあれ。


 ソファに座っているテュセルの背後。

 いつの間にか何もなかった空間に両開きの扉が現れている。


 いや、確かに。

 そういうモノがあるのは知識として知っている。


 15年前、ゲートから迷宮ダンジョンに入れるようになってから。

 迷宮ダンジョンの中で超能力のような異能に目覚める人間が現れ始めた。


 例えば口からレーザー光線を吐き出したり。

 例えば二足歩行の獣に変身して普通の人の数倍の身体能力を得たり。

 例えば虚空から滅茶苦茶強力な武器を呼び出したり。


 ただ、目覚める能力は様々だけれど、1つだけ共通点がある。


 それは迷宮ダンジョンの中でしか使えないということだ。


 決して僕の家のリビングで気軽に発動させられるようなものではない。


「じゃ、行こっか」

「何だあれ? え? いや……行く? 行くって、どこに?」


 テュセルが僕の腕を掴んだ。


 それと同時に両開きの扉がゆっくりと開く。


 扉の向こうは黒い渦。


 あれは間違いない。

 動画でも何度も見た。

 15年前にこの世界に現れた。


 迷宮ダンジョンに通じるというゲート


「もちろん、本物の『迷宮ダンジョン』にだよ」


 次の瞬間、テュセルに引っ張られて僕は扉の向こう側に吸い込まれた。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 さっきまで自分の家のリビングにいたはずだったが。

 気がつけば奇妙な場所に立っている。


 物凄い広い空間だ。

 上を見上げると満天の星空のように光が瞬いている。

 下を見下ろすと真っ暗で底が見えない。


 そんな空間を白い通路が縦横無尽に走っている。

 所々、坂になっていたり段差があったりして立体的に通路は伸びている。

 遊園地のジェットコースターのような感じで通路が張り巡らされている、と言うと僕の目の前の光景をイメージしてもらいやすいだろうか。


 そして、僕が今立っている場所もその白い通路の上だ。

 4~5人が横に並べるくらいの幅はあるから通路というよりはちょっとした裏路地の道路みたいな感じではある。

 ただガードレールも手すりもついてないから間違って足を踏み外すと底の見えない闇の中に落ちて行くことになるだろう。


 特に今、自分がいる場所は結構高い位置になるようだ。

 おかげでこの空間が遠くまで良く見える代わりに通路から足を踏み外して落ちると物凄い高さから落下することになりそうである。


 とにかく。

 現実ではありえないような風景である。


 さっきのいきなり現れたゲートのことや、ここまで来た手段とか、テュセルとはいったい何者なのかとか。

 疑問に思ったこととかテュセルを問い質さないとと思ったこととか、全部頭から吹っ飛んでしまい。


 ただただ目の前の風景に見入ってしまっていた。


「到着! ここが『本物の』迷宮ダンジョンだよ」

「これが……」


 唖然としている僕の隣に立ってテュセルが得意げに言った。

 どうやら今、僕が見ているのが本物の迷宮ダンジョンというモノらしい。


 当然、僕は迷宮ダンジョン自体に入るのは初めてである。

 しかも動画で見たことのある迷宮ダンジョンというのはだいたい石壁の薄暗い建物の中か鍾乳洞のような洞窟かだ。


 目の前の風景はそれと比べるとあまりに異様である。


 異様ではあるんだけど。


「……って、具体的に何が違うんだ? 確かに見た目はよく知られている迷宮ダンジョンとは全然違うけどさ。これは単に『見た目が』違うだけだろ?」


 そう。


 単に「見た目の違い」しかわからないのである。


 そもそも現在確認されている迷宮ダンジョンの中には、入るといきなり空のある屋外だったりするような「変わり種」な迷宮ダンジョンだってあるのだ。


 見た目が違うから本物だと言われても納得はできない。


「ま、見た目が変なのはちょっと理由があるんだけどそれはいいとして。違うのは……ほら、あれが見える?」


 テュセルがステッキでちょうどここから右斜め下方向を指し示した。


 そこには通路の脇に何か建物のようなものが建てられている。


 さっきリビングで見たものと同じ。

 両開きの扉だ。


ゲート?」


 ちょうど扉は開いていて、黒い渦が見える。

 間違いない。

 迷宮ダンジョンに通じるゲートだ。


「その通り。あれはノゾミがいる世界とは『別の世界』に通じているゲート


 ふむふむ、僕が住んでいる世界とは別の世界に通じてる。


 ……は?


 別の世界?


「いいかい、ノゾミ。本物の迷宮ダンジョンとはね。モンスターを倒して宝を入手したり、特別な力に目覚めるような場所ではない」


 遠くのゲートを指し示していたステッキを今度は僕の方に向けて。

 テュセルはにやりと笑って言った。


「世界と世界を繋ぐ通路なんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る