#01-1-12 それでもノゾミは「ダンジョンマスター」になるの?

「じゃ、シバの迷宮ダンジョン『だった場所』に案内するよ」


 そう言ってテュセルに案内されたのは狭い小さな部屋だった。


 今の家の僕の自室くらいの広さだ。

 天井に電灯のような明かりがあるのでとりあえず部屋の中の様子はわかる。

 ぱっと見て目に入るのは隅に置いてある西洋風の甲冑らしきもの一式。

 それと部屋の真ん中にある台座とその上に乗せられた透明な球状のモノ。


 よく占いをする時に使われる水晶玉、それのサッカーボールくらいの大きさのもの、と言えば伝わるだろうか。


「ここが? 随分狭い部屋みたいだけど」

「それはそうだよ。ここは迷宮ダンジョンの最奥部である『管制室コントロールルーム』。本来ならここから先に迷宮ダンジョンが広がっていくはずだからね」


 テュセルはそう言って笑った。

 その笑顔はどこか寂しそうだ。


「シバがいなくなっちゃったから、今はこの部屋だけになっちゃったけどね。で、これが」


 部屋の真ん中にある水晶玉を指し示す。


迷宮核ダンジョンコアだよ。これに触れて契約を交わすことで、迷宮主ダンジョンマスターの資格を得ることができる」

「なるほど」


 僕は近づいて手を伸ばし、その水晶玉に触れようとしたけれど。

 それを遮って、テュセルが僕の目の前に立った。


「本当に、ほっっんとーーーーに、迷宮主ダンジョンマスターになるんだね? 一度契約したら、後悔しても後戻りできないよ? それでもいいの?」

「あ、うん」

「そっか。そっかぁ……じゃあ、しょうがないなぁ……」


 テュセルは腕組みをしてため息をついた。


「……これは、できたら言いたくはなかったんだけど。でも、ノゾミの気持ちが変わらないなら、言っておかないといけない」


 そう言うテュセルの声は重苦しい。


「ノゾミ」

「何だよ?」

「僕がノゾミの所に来たのはね。ノゾミを迷宮主ダンジョンマスターにしないためなんだ」

「はぁ!?」


 確かにさっきからテュセルは妙に僕に迷宮主ダンジョンマスターをやらない、やらせないような言動をしていた。

 けど、何度も言うことになるけど。

 そもそも最初に迷宮主ダンジョンマスターの話を僕にしたのはテュセルであり。


 ……ん?


 あれ?


 昨夜のテュセルの言葉をもう1度思い出してみる。


 迷宮主ダンジョンマスターをやらされることになる。

 迷宮主ダンジョンマスターにならないと、この世界が滅ぶ。


 よくよく考えてみれば。

 「迷宮主ダンジョンマスターになれ」とも「迷宮主ダンジョンマスターになってほしい」ともテュセルは言っていない。


 次の日に真田さんと歌鳴さんがやって来て迷宮主ダンジョンマスターになって魔王討伐計画プロジェクトに参加して欲しいと言われたから、前日のテュセルの言葉も同じだと思い込んでしまっていた。


 それは、つまり。


「……あ、いや。あれ? もしかして、テュセルって……僕を迷宮主ダンジョンマスターにしたいわけじゃない、のか?」

「そうだよ。ずっとそう言ってたじゃん」


 ぶすっと不機嫌そうに口を尖らせるテュセル。


 昨日の夜、テュセルが来て迷宮ダンジョン迷宮主ダンジョンマスターのことを知らされて。

 色々な話が怒涛のように湧いて出てきた。

 事情と状況の全てが僕に「迷宮主ダンジョンマスターになる」ように進んでいるのだと思っていた。


 思い込んでいた。


「いや、だったら何でいきなり『僕が迷宮主ダンジョンマスターにならないと世界が滅ぶ』とか言ったんだよ!? あんなこと言われたらやらないと、て普通思うじゃん!?」

「だって、どうせ事情を知っている人間……コーセイとかがノゾミにそう言って迷宮主ダンジョンマスターになってくれ、て頼むのはわかってたからね。だったら、先に知っておけば真実に驚いて勢いに流されて迷宮主ダンジョンマスターになるのを引き受けてしまう、て状況は防げるでしょう?」


 何か滅茶苦茶な理屈のような気もするけど。

 じゃあ何が間違っているのか具体的に反論しようとすると難しい。

 そういう意味では一応理屈は通ってる、のか……?


「ま、まあ、一理はある……のかな? でも、それじゃあテュセルは何でわざわざ僕を迷宮主ダンジョンマスターにしないために来たんだ?」


 とても。

 とても言いにくそうに。


 テュセルは呟いた。


「……だって、それがシバの望みだったから」

「え?」

「シバはね。ノゾミを迷宮ダンジョンに関わらせたくなかったんだ」



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 初めて迷宮ダンジョンに連れて行かれた時に遭遇した「迷宮人ダンジョンフォーク」という存在について覚えているだろうか?

 迷宮ダンジョンに長く滞在しすぎてしまい迷宮ダンジョンに囚われてしまった人間の成れの果て、だとテュセルは言っていた。


 では、「迷宮ダンジョンに囚われる」というのは具体的にはどういうことなのか?


 それは「所属する世界が変わってしまう」ということらしい。


 本来、人間を含めた生物は自分の生まれ育った世界に所属している。

 しかし迷宮ダンジョンに長く滞在し続けるとその所属が徐々に書き換わってしまうそうだ。

 それが完全に書き換わってしまうと、所属が生まれ育った世界から迷宮ダンジョンに変更されてしまう。


 そうなるとどうなるか?


 その場所に適した姿に肉体と精神が変異してしまうというのが1つ。


 もう1つが元いた世界には居られなくなってしまう。


 「異物ストレンジャー」というものを覚えているだろうか?

 「ゲート」と異世界について話をした時に出た言葉だけど、自分の所属する世界と別世界に行こうとすると「異物ストレンジャー」という存在として認知され、排斥される力が働く。

 所属する世界が変わるということは、当然、元居た自分の世界からも別世界の存在、「異物ストレンジャー」として認識されることになる。


 そして「異物ストレンジャー」として排斥される力が働いた結果。


 自分の生まれ育った世界には居られなくなる、ということになる。


 さらにそれは。


迷宮主ダンジョンマスター」も



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



「……シバは元々はこの世界の生まれだった。でも、もうほとんど自分の迷宮ダンジョンに囚われてしまってた。まだかろうじて、この世界との繋がりは保てたけどね」


 初めて聞く話だ。

 あのクソ親父は僕に迷宮ダンジョンのことも迷宮主ダンジョンマスターのこともまったく話したこともなかったから当然なんだけど。


「だからシバはノゾミにはなるべく関わりを持たないようにしてた」

「は?」

「シバは迷宮主ダンジョンマスターの中でも力ある存在だった。そんな力ある異界の存在と身近に関わってしまえば、まだ幼かったノゾミはあっという間にシバに染められてしまっただろうね。そして、シバの迷宮ダンジョンの住人と成り果てて、迷宮ダンジョンの中でしか生きられない生物になってしまってただろう」


 それはつまり。

 あのクソ親父がほとんど連絡を取ってこなかったのはちゃんとした理由があった、ということか。


「いや、理由があるんだったら言えよ!? ちゃんと説明してくれたら僕だって……!」

「今のノゾミだからこの説明を聞いて納得できるかもしれないけどさ。シバがいなくなったくらいの年の時にこんな話されてノゾミは納得できた?」


 うぐっ……言葉につまる。


 あのクソ親父が帰ってこなくなったのはだいたい10年前だ。

 その頃の僕はまだ小学校低学年。

 テュセルの言う通り、迷宮ダンジョンのことを説明されても理解できないし、納得しないだろう。

 むしろ父親について行ってそのまま迷宮ダンジョンで暮らすようになるのが目に見えてる。


「……無理、かな」

「だよね」


 悔しいけど、それ以上は言い返せなかった。


「シバが言わなかったことをボクが言うのはアンフェアかな、と思ったけど。でも、ノゾミが迷宮主ダンジョンマスターになる、て言うなら言わなきゃいけない」


 テュセルが一歩、横に動く。


 僕の前に無色透明の迷宮核ダンジョンコアが現れる。


「これが迷宮主ダンジョンマスターになる、てこと。ノゾミは世界を守るために迷宮主ダンジョンマスターになるって言ったけど」


 手を伸ばせば迷宮核ダンジョンコアに触れられるだろう。

 そうすれば、僕は迷宮主ダンジョンマスターになれる、はず。


「その守った世界に、ノゾミはいられなくなる。それでもノゾミは迷宮主ダンジョンマスターになるの?」

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