#01-1-11 僕にできることがあると言うなら。

 騒がしい夕食の時間も終わって僕はゴミを片付けて茶碗を洗う。

 その間、テュセルは何をしているのかと言えば。

 相変わらずテレビを見ていた。


「テレビがそんなに面白いか?」

「いやあ、シバの迷宮ダンジョンには置いてなかったからね。これくらいの技術を持ってる世界というのは結構珍しいんだよ」


 ラノベ愛読者としては異世界、と聞くとつい中世ヨーロッパのような世界を思い浮かべてしまう。

 やっぱりそんな感じでテレビのようなものはない世界が多いんだろうか。

 魔法とかあればテレビに近いようなものがあってもおかしくはないと思うけど。


 と。思考が全然関係ない方向に行ってしまっていた。


 テレビを見ているテュセルを邪魔しないように、斜め前の席に座る。


「……なあ、テュセル」

「ん、何?」

「えっと、その……あれだ。聞きたいことがあるんだけど、さ」


 さっきまで食事を取り合った(一方的の取られていた)関係だったんだけどな。

 あらためて話掛けるとやっぱり緊張する。


「……その、あれだ。親父の『迷宮核ダンジョンコア』というのは、どこにあるんだ?」

「それを聞いてどうするの?」


 テュセルが一瞬、目を細める。

 頬杖をついてテレビの方を向いているけど、目線だけは僕の方へ向けている。


「僕が『迷宮主ダンジョンマスター』になるなら、親父の『迷宮核ダンジョンコア』を引き継いで自分のものにしろ、て教えてもらったからな」

「えっ」


 テュセルが驚いて声を上げた。

 え、今、何か驚くようなことがあったか?


「ノゾミ、『迷宮主ダンジョンマスター』になるの!?」

「えっ」


 今度は逆に僕が驚いて声が出てしまった。


「なるの、て。そもそも『僕が迷宮主ダンジョンマスターにならないと世界が滅ぶ』て僕に最初に教えたのはテュセルじゃないか」

「いや、そうだけどさ。もしかしてノゾミって自分が『迷宮主ダンジョンマスター』にならないと世界が危ない。だから、僕がやらないと……とか思ってたりする?」


 テュセルの問いに、僕は大きく一度、深呼吸をした。


「もしかしなくても、思ってるよ」


 それが今の僕の正直な気持ちだ。

 でも僕の返答を聞いたテュセルはとても不機嫌そうに顔をしかめた。


「ノゾミはさ。ボクの力のことはわかる?」

「力? テュセルの? 親父の元『従者フェロー』だかで滅茶苦茶強い、てのは聞いたけど」

「うん、それもあるけどね。昨日、ノゾミを迷宮ダンジョンへ連れていったでしょ?」


 昨夜の出来事を思い出す。


 いきなりリビングに現れた「ゲート」。

 テュセルに引っ張られてそこを潜り抜けると、あっという間に迷宮ダンジョン内にたどり着くことができた。


 あれはまさしく特殊な力、だ。


「ボクは自分の好きな時に好きな場所に行くことができる能力を持ってる」

「……それは、ワープとかテレポートってやつか?」

「そうとも言うね」


 厳密に言うとワープとテレポートというのは仕組みが違うんだけどね。

 まとめて言えば「遠くの場所に一瞬で移動する」ということになる。

 RPGロールプレイングゲームなんかじゃよくある能力だけどね。

 現実にあると便利で欲しくなる能力1位……1位まではいかないか。トップ5には入ると言える。


 しかし、そんな能力が実際にあるなら僕の部屋や学校の中にいきなり現れたりするのも納得である。


「だから、もしこの世界が危険になったとしても。ボクならノゾミを連れて安全な場所に避難することができる。複数人を連れて移動もできるから、ノゾミが連れて行きたい人がいるなら、その人たちを連れて行ってもいい」

「いや、それは……」

「だから」


 言い返そうとした僕の言葉はテュセルの強い口調に遮られた。


「ノゾミが無理に『迷宮主ダンジョンマスター』になる必要はないんだ」



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 いったいどういう冗談なんだろうか。


 僕はその時、そう思っていた。


 だってそうだろう?


 僕に最初に「迷宮主ダンジョンマスターにならないと、この世界が滅茶苦茶になる」と脅して来た人間が「無理に迷宮主ダンジョンマスターになる必要がない」と言ってくるんだから。


 いや、最初に言いだしたのはお前だろ?


 と、大声でツッコミたいのを僕はぐっと我慢した。


「そういうわけにはいかないさ」

「何で?」

「だって、そりゃ。世界がどうとか、大きな事は言えないけどさ。自分が住んでいる場所が滅茶苦茶にされる、ていうのは嫌だろ?」

「だから、それはボクがノゾミのことを守るからさ。ノゾミだけじゃなくて、ノゾミが守りたいと思う人や場所も、ね。それでよくない?」


 それでいいか、と問われると返答に困る。


 理屈で考えると、テュセルの言ってることは間違っていないと思う。


 僕が迷宮主ダンジョンマスターになったからと言って、何か凄いことができるかどうか何てわからない。むしろできない可能性の方が高い。

 それに僕が迷宮主ダンジョンマスターにならないことで起こりうる未来だってどれくらいひどいかもはっきりはしていない。


 そもそもこの広い世界の見たこともない他人のことまで責任を負えるかと言ったらそんなの無理である。

 なら、テュセルの力で僕の知り合いだけ守ってもらえるならそれでもいいのでは?

 迷宮ダンジョンの中で見たテュセルの強さならきっと大丈夫だろうし。


「いや、よくないよ」


 僕の返答にテュセルが驚いて目を見開く。


 いや、テュセルは正しいと思う。


 思うんだ。


 でも。


 それは何か感情的に。

 納得がいかないんだ。


「何でだよ!?」

「何でと言われると……何となく?」

「……怒るよ?」


 テュセルの目線が物凄く冷たくなってきた。

 いや、冗談を言ったつもりはないんだ。


 自分の考えとか気持ちを人に言うのって恥ずかしくない?


「こう、上手く説明できないんだけどさ……僕が『迷宮主ダンジョンマスター』になれば、少なくともこの世界が滅ぶようなことはなくなるんだろ?」

「そうだね」


 別にこの世界を守ろうとか世界を救おうとか。

 そんな大それたことを考えているわけではないんだけど。


 それでも。

 僕にできることがあると言うなら。


 あると知ってしまったなら。


「なら、さ。自分ができること、自分にしかできないことを。やらないで人任せにするのは……嫌なんだよ」


 返答してから恐る恐るテュセルを見る。

 幸い、不機嫌で怖ろしい雰囲気は無くなっている。


「はぁ~……ノゾミってさ」


 テュセルがため息をついて肩をすくめた。


「……何だよ?」

「やっぱりシバの息子なんだね」

「どういう意味だよ?」


 テュセルが笑った。

 何と言うか。

 しょうがないな、という顔だ。


「そういう考え方をするとこ。ほんと、シバそっくりだもん」


 え、マジで!?

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