#01-1-10 ご飯ってのはこういうもんでしょ?

 話はそれで終わりになって。

 真田さんが車で送ってくれて、学校に戻った。


 「何か困ったことがあれば、いつでも連絡してくれ」と真田さんは自分の携帯電話の番号とメールアドレスを教えてくれた。

 「もし迷宮主ダンジョンマスターをする決心でも、しない決心でもついたなら連絡を入れてほしい」とも言われたけどね。


 学校に着いたのはちょうど午後の授業が1限終わった所だった。

 なので残りの1限だけ受けて帰宅することにする。


 拓人と星理が放課後、何があったのか聞いてきたけど「親父が海外で亡くなったらしくて……」と言うとそれ以上は何も聞かなくなってくれた。

 そういう所で心遣いができる、いい友人と幼馴染である。


 ま、「親父が海外で亡くなった」というのは厳密に言うと嘘なんだけど。


 流石に迷宮ダンジョンだとか迷宮主ダンジョンマスターだとか魔王討伐とかの話は2人にはできないからね……。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 近所のスーパーに寄り道して出来合いの揚げ物とかサラダとかの総菜を買い込む。

 普段は結構真面目に夕飯を作ったりしてるんだけど、流石に今日は料理をする気にはなれなかった。色々と重大な話を聞かされたおかげで意識は割とはっきりしてるけど、そもそも睡眠不足で体が重い感じがしている。

 なので、ご飯だけ炊いておかずは買って済ませることにした。


 家に着いたころにはすっかり日も沈んで暗くなっていた。

 鍵を開けて中に入ると何故かリビングからテレビの音声らしい音が聞こえてくる。


 おかしいな。

 普段からテレビなんて見ないんだけど。


「おかえりー」

「ただいまー……っておい」


 リビングでテュセルがソファに座ってテレビを見ていた。


 家の鍵は間違いなくかかっていたのだけど。

 ま、昨日の夜も戸締りはしてたのに僕の部屋に現れたし、昼間の神出鬼没ぶりからして鍵なんて関係ないのだろう。


「……何してるんだよ」

「何ってノゾミが帰るのを待ってたんだよ? 昨日の話の続きをしないとね」

「真田さんにだいたい教えてもらったけどね」


 米を洗って炊飯器にセットする。

 その間、テュセルがエコバッグの中に入っている総菜を興味深そうに眺めていた。


 昨日の夜もだけど、妙に食べ物に食いつくな。


「僕の夕飯だからな。今日はやらないぞ」

「ええ~。いいじゃん、ちょっとくらい」

「ダメ。そもそも何でそんな食べ物欲しがるんだよ。親父の『従者フェロー』ってやつだったんだろ? 親父のとこじゃ、ちゃんと食べさせてもらえなかったのか?」

「そんなことないよ。そもそも『従者フェロー』はね、自分の所属する『迷宮ダンジョン』からエネルギーを供給してもらえるから、食事は必要ないんだよ。ま、シバは『従者フェロー』と一緒に食事をしてたけどね」


 へえ、便利なんだな。

 そして一緒に食事をするというのは親交を深めるのにいいらしいから、その辺は親父もしっかりやってたんだな。


 得意気に話をしていたテュセルだったが、何かに気づいたように僕の方を睨んだ。


「……何でボクとシバのこと、知ってるのさ」

「そりゃ、真田さんに聞いたから」

「……コーセイめ……乙女の秘密をぺらぺらとバラして! ボクが話して驚かせるはずだったのに」


 恨めし気に睨み続けられてるけど、それは逆恨みだろう。

 そもそも、そんなもったいぶって隠しておくような話だっただろうか。


「それで、実際は?」

「……実際?」

「いや、今はもう親父の『従者フェロー』じゃないだろ? なら、所属している迷宮ダンジョンもないんだろうし、食事はどうしてるんだよ」


 テュセルはちょっと頬を赤らめて目をそらした。


「も、もちろん、平気だよ。ま、そもそもボクはこの世界の人間じゃないから食事をしなくても問題ないしね」

「じゃ、別に僕の夕飯を見たり食べたりする必要はないな」


 エコバッグを台所に持って行こうとしたところで。

 テュセルがバッグの持ち手の部分を掴んだ。


「えー? いや、いいじゃん。別に見たから減るものじゃないし」

「減る」

「食べなかったら減らないでしょ!?」

「そもそも食べてる最中に隣で何も食べてない人間がじーっと見てきたら落ち着かないから。だからテュセルに見えない向こうで1人で食べるよ。お前はテレビでも見てろ」


 ぐいっとバッグを引っ張る。

 が、テュセルは手を離そうとはしない。


「……今日はほんとに1人分のおかずしか買ってきてないし、料理する気力もないから駄目だって」


 引っ張り続けているが袋はぴくりとも動かない。

 よく考えたら、迷宮ダンジョンで化け物をばっさり一刀両断するような奴なんだよな、テュセルって。


 腕の力だって一般高校生の僕以上なのだろう。


「……さっき、自分で食べなくてもいい、て言ったじゃん」


 テュセルは無言で袋の紐を掴んだまま僕を見ている。


「……いや、何か言えよ」


 それでもテュセルは何も言わない。

 どうやってこの手を振りほどけばいいだろうか、と悩んでいると。


 物凄い形相でテュセルが僕を睨んできた。


 背筋に寒気が走る。

 殺される、と一瞬思った。


「全部、シバが悪い!!!」

「お、おう」

「そもそもボクは食事なんかいらなかったんだよ。それを『従者フェロー』になった時にあれやこれや美味しいものをいっぱい食べさせられたせいで、美味しいものを食べないといけない体にされてしまったんだ!!!」

「そ、そうか。よかったな?」


 びしっ、という擬音が聞こえてきそうなポーズでテュセルが僕を指差した。


「だからノゾミはボクに美味しいものを食べさせる義務があるんだよ!!!」


 いや、その理屈はおかしい。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 結局。

 テュセルに押し切られる形で僕はご飯が炊けるまでの間に近所のコンビニに夕飯を買い足しに行く羽目になった。


 親父が死んで今後の収入はどうなるんだろうな、と一瞬考えたけど。

 ただ現状は特にお金に困ってるわけでもないのでコンビニのちょっと割高な冷凍食品とかでもまあいいか、とあれこれ食べたくなったものを買ってしまった。


 炊いたご飯は2人でわけて。

 スーパーで買ってきていた総菜はテュセルに譲って。

 僕はコンビニで買い足して来た冷凍食品やらを温めて食べることにした。


 のだが。


「ね、ノゾミ。ノゾミの食べてるそれ、ちょっとちょーだい?」

「いや、お前の分はあるだろ」

「ノゾミが食べているのも美味しそうだもん。ほら、ボクの分をあげるからさ」

「自分のものみたいに言ってるけど、元は僕が買ってきた夕飯だからな」


 コンビニで見かけて美味しそうなので買ってしまった僕の冷凍の鍋焼きうどん。

 それをテュセルが身を乗り出して中の具材を奪っていく。


 一切の遠慮はない。


「あー、これ美味しいねえ。ほら、ノゾミもボクのご飯を食べなよ。この緑と白の。美味しいよ?」

「それはただのドレッシングをかけたサラダだ。しかもお前の食いかけじゃねーか」

「気にしない気にしない。ご飯ってのはこういうもんでしょ?」


 楽しそうに、にかっと笑いながらご飯を頬張るテュセル。

 まったく騒がしくてゆっくりと食事もできやしない。


 いつもと大違いだ。


「やっぱりご飯はみんなで食べないと美味しくないね」

「みんなって僕とお前の2人しかいないぞ」

「言葉の綾ってやつ。ようは1人で食べるご飯はつまんない……というか。そうそう。味気ない、てやつだよ」


 ま、それについては同意かな。

 今も騒がしいんだけど、そんなに嫌な気分はしていない。

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