#01-1-09 テュセルっていったい何者なんですか?

 食事が終わった後、コーヒーを飲んで一息ついていたら真田さんが「食後のデザートを」と言ってケーキを奢ってくれた。

 有難いけど、ちらっと時計を見たら昼休みも終わりそうな時間。

 このままデザートまで食べてたら午後の授業1限分は吹っ飛ばすことになりそう。


 ま、まだ聞きたいことはまだあるし。

 それに校長先生からはこっちを優先するように、と言われているから別にいいんだけどね。


「あの、それでまだ聞きたいことはあるんですけど」

「何かな?」


 僕の質問に真田さんが反応してくれた。

 手に持っていたミルクたっぷりのコーヒーの入ったカップを下ろして話を聞く体勢になっている。


「……状況は何となくわかったと思います。じゃあ、『迷宮主ダンジョンマスター』にはどうやったらなれるんですか? 真田さんに『なります』て言えばなれるんですか?」

「それは私が説明するわ」


 真田さんの代わりにチーズケーキをフォークで崩して上品に食べていた歌鳴さんが僕の質問に答えた。


迷宮主ダンジョンマスターになるには自分だけの迷宮核ダンジョンコアを持つ必要があるわ。迷宮核ダンジョンコアというのはこれくらいの大きさの宝珠なんだけど、迷宮を管理・拡張するためのシステムが備わっているの」


 歌鳴さんの手の動きから察するに、サッカーボールくらいの大きさのようだ。

 また良く知らないものが出てきたけれど、そういう物があるんだなと納得しておくことにする。


迷宮核ダンジョンコアは登録されている個人専用の物になるわ。これを所有して、自分の迷宮ダンジョンを持てば一人前の迷宮主ダンジョンマスターと認められるわ」

「なるほど。それは真田さんか歌鳴さんからもらえるんですか?」

「いえ……」


 歌鳴さんは目をそらして言葉を濁した。

 何か言いにくいことでもあるのだろうか、と思ったら真田さんがそれを教えてくれた。


「希望君なら、君のお父さん、悠史氏の迷宮核ダンジョンコアを引き継げるはずだ。悠史氏が死んで初期化されているはずだからな」


 ああ、親父が関係するから歌鳴さんは言い淀んだのか。


「それはどこにあるんですか?」

「それは……テュセルが知っているはずだ」

「テュセルが?」


 おっと。

 ここでテュセルが出てくるとは思わなかった。

 その本人はというと校長室では急に現れて人を驚かせていたのに学校を出てからはまったく姿を見せていない。


 これはもしかして。

 チャンスかな?


 テュセルについては教えて欲しいことが結構あるのだ。


「……テュセルは出てきませんね?」

「傍若無人に振舞っているくせにこういう所の線引きはきっちりしているからな。あれは迷宮ダンジョンに関係のない一般人の前には絶対姿を見せない」


 そういうことなら、本人がいる前だと聞きにくいことも質問できそうだ。

 というわけでテュセルについて一番知りたかったことを聞いてみることにする。


「あの……テュセルっていったい何者なんですか?」

「……聞いてないのか?」

「……はい」


 名前は聞いて教えてもらったんだけどね。

 最初は迷宮主ダンジョンマスターのこととか、親父の死のこととか色んな情報がいっぺんに来たのでテュセルの正体まで考える余裕がなくて。


 ま、テュセルも自分の名前しか言わなかったんだけど。


「テュセルは椎葉悠史氏の『従者フェロー』の1人だ」

「『従者フェロー』……?」


 また新しい用語が出てきたぞ?


「『迷宮主ダンジョンマスター』の配下のことだ。部下だったり仲間だったり、迷宮主ダンジョンマスターによっては使徒とか将軍とか四天王とか呼んでいることもある。呼び名や関係は色々だが一般名称としては『従者フェロー』と呼ぶ習わしになっている」

「なるほど」

「君のお父さんとは『仲間』……そうだな、君にだと『冒険者パーティ』みたいな感じだった、というとわかりやすいかな?」


 「冒険者パーティ」って作品ごとに結構関係性違うから逆にわかりにくいですよ真田さん!?

 ま、まあ「対等で共に戦う仲間だった」くらいで考えておけばいいか。


 その後、ケーキを食べ終わるまでテュセルを含めた親父の「従者フェロー」について色々と教えてもらうことができた。


 何でも迷宮主ダンジョンマスターとして有名だった父親だが、その仲間の従者フェローの方もかなり有名だったらしい。

 テュセルもその有名だった従者フェローのうちの1人だったそうだ。


 その有名な従者フェローは全部で4人。


 全員妙齢の女性で美女・美少女。

 しかも実力も滅茶苦茶高かったらしい。


 確かに迷宮ダンジョンで見たテュセルの様子は頼もしい感じだった。

 なので実力者だ、と言われるのは何となく理解できる。


 しかし、いい年してそんな美女・美少女を仲間に侍らせてるとか、うらや……じゃなくて。

 ちょっと息子として恥ずかしいぞ。


「……もういい時間かな」


 真田さんが腕時計を見る。

 レストラン内の時計を見ると、午後の授業が始まったころだ。

 今から戻れば午後の2限目の授業には間に合うだろうか。


「つい話し込んでしまったな。授業始まってるだろ?」

「あー……いえ、こちら優先したらいいと言われてますので」

「そうだったか」


 真田さんは懐から煙草を取り出すが、気まずそうに仕舞い直した。

 食事も終わったし一服、のつもりだったんだろうけど店内は全席禁煙だからね。


「『迷宮主ダンジョンマスター』の件だけどな」

「はい」

「急いで受ける必要はないよ。よく考えて、本当に自分でやる気になったら受けてくれたらいい」


 あれ。

 引き受けるように念を押されるのかと思ったら正反対のことを言われたので面食らってしまった。


「でも」

「引き受けなければ自分のせいで世界が滅ぶ、何て気にしなくてもいい。本当にそうなるかはわからないし、迷宮ダンジョンについては素人でも、侵略者と戦う力くらいならこの世界にも多少はある」


 ふーっと大きく真田さんは息を吐いた。


「経験者からのアドバイスだ。半端な覚悟で重いモノ……世界の平和とかたくさんの人の未来とか、そういうモノを背負ってしまうとつらいぞ」

「それって……」


 魔王と対峙した、て言ってたしそれ関係かな?

 もしかしなくてもラノベかゲームの主人公みたいなことをしてたんだろうか?


「……昔、にね」


 言葉を濁す微妙な態度は流石の僕にでも「触れたくない、思い出したくない過去」なんだな、とわかる。


「その時、私はとても興奮してた。自分が物語の主人公に、特別な人間になったようなそんな気持ちに支配されていた。実際はそんないいものではなかったけれどね」

「……」

「結局はつらいこと、苦しいことだらけだった。でも、私の周りはいい人、優しい人たちばかりでね。その助けがあったおかげで、今の私がある」


 話す真田さんの声と表情はとても真剣だ。

 僕みたいな高校生を相手に喋っている雰囲気ではない。


 だからこそ、その言葉はとても重みがある。


「だから、ね。次は私が、同じように苦しむ人を困っている人を助ける番だと思っている。かつて、私が助けられたようにね」


 後ろで歌鳴さんも頷いている。


「だから、希望君も大いに私のことを頼ってくれ」

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