#01-1-08 希望君は世界史は詳しいかい?

 外務省の偉い人の真田さんが昼食を奢ってくれるとなると、どんな高級料亭に連れて行かれるのかとちょっとびくびくしていたんだけど。

 ごく普通のチェーン店のファミレスでした。

 ま、普段1人で入ったりしないので新鮮と言えば新鮮だけど。


 幸い席に空きはあったので待ちは発生せず4人テーブルの席につくことができた。

 僕はハンバーグにライスとスープのセットを頼む。おごりだし折角だからお腹いっぱい食べさせてもらおう。

 ちなみに真田さんはステーキにガーリックトーストとスープ、歌鳴さんはパスタとサラダを頼んでいる。


 なお、テュセルはいない。

 学校を出た時にはいつの間にかいなくなっていた。


「じゃあ、さっそくなんですけど。さっきの話の続きで、込み入った事情というのを教えてもらっていいですか?」


 注文した品が運ばれてきて食事が始まったのでそろそろいいかな、と話を切り出してみた。


 僕の言葉に真田さんが歌鳴さんに目配せする。

 歌鳴さんが頷いてハンドバッグから銀色の円筒状のものを取り出すとテーブルの上に置いた。


「……何ですか? これ?」

「ああ。気にしすぎても仕方がないが、あまり他人に聞かれたい話でもないからね」


 何でも「一定範囲の音を外に漏らさない結界を発生させる装置」で、こういう場所で密談する時に使われる物だそうだ。

 迷宮ダンジョン産らしく、一般には出回っていない品らしい。


 やっぱり、迷宮ダンジョンに関しては色々と僕が知らないことがあるんだな。


「では、説明をしようか。まず、結論から言うと、だね。確かに君が迷宮主ダンジョンマスターにならずにこの計画プロジェクトに参加しないと、高い確率でこの世界は滅茶苦茶になる。滅ぶ、まではいかなくてもね」


 うわぁ。

 本音を言えば、そこは否定して欲しかったんだよな。

 そんなの一般高校生にはプレッシャーで荷が重いですって。


「希望君は世界史は詳しいかい?」

「いえ、社会の専門は日本史なので……」

「そうか。じゃあ近代の植民地化については知っているかな? 有名な所だとスペインにアステカ文明やマヤ文明が滅ぼされた話やインカ帝国が征服された話は?」

「それくらいなら何となくは……」

「OK。簡単に言ってしまうと、


 ……どういうこと?



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 正直、真田さんの話は長くて難しかった。

 一応、僕が理解できた範囲で記しておく。


 まず、真田さんの説明を理解する前提として「世界」のランクというものを理解する必要があった。世界、と言っても色々種類があるらしい。


 「世界」のランクというのは大きく3つある。


 1つ目は「正世界プライマリユニバース」。

 真田さんの説明で言うと「神を名乗ることができる存在による守護の元、知的生命体が一定の文明を築き、世界の外側に出ることができるレベルの技術を有する世界」となる。

 難しい表現だがようは一般的スタンダードな世界、と思っておけば良いらしい。


 2つ目は「準世界マイナーユニバース」。

 これは「今は正世界プライマリユニバースとしての要件を満たさないけれど、将来的に世界が発展することで正世界プライマリユニバースになることができると認められたため、取り決めにより保護されている世界」とのこと。


 3つ目は「小世界アステルエリア」。

 真田さんは「学術的な分類としては世界に分類されるんだけど、正世界プライマリユニバースとしても準世界マイナーユニバースとしても認められていない場所」と言っていた。

 具体例を言うと「創造神が造りかけで放置した世界の成りそこない」「間違って知的生命体が発生せず、文明が存在しない原始世界」「世界全体で犯罪を犯したため存在を抹消された世界」とかが該当するそうだ。


 ま、こういう3つのランクと分類がある、と理解しておけばいいらしい。


 そして、ここで大事なのは。


 「正世界プライマリユニバース」「準世界マイナーユニバース」は世界間の取り決めによって他の世界から侵攻を受けたり、他の世界に占領されたりするようなことはないこと。

 そして、その取り決めは「小世界アステルエリア」には適用されないこと。


 この2つである。


 ここまでを前提として。

 僕が迷宮主ダンジョンマスターにならずに計画プロジェクトに参加しなかった場合にどうなるか、と言うと。


 この世界の「正世界プライマリユニバース」としての地位が剥奪され、「小世界アステルエリア」に格下げされる。


 らしい。


 そうなるとどうなるか。


 僕の住む世界は日本はおおむね平和だけれど戦争やっている場所もあれば治安の悪いような場所もあるし、凄くいい世界と言うほどではないように思う。

 けれど外から見たら高い知性を持つ生命体が多く、危険も少なく偏りはあるが文明も技術も適度に発展した良い世界らしい。


 そんな世界が侵略自由、占領自由、しかも防衛力は低いとなれば。


 まず間違いなく


 良い結果なら他世界に穏当に占領・支配されてそんなに変わらない生活を送ることができるかもしれない。

 ましな結果なら他世界に占領・支配されて帝国主義時代の植民地のような搾取を世界全部で受けることになるだろう。

 悪い結果ならこの世界を戦場にして他の複数の世界が戦争を起こし、この世界は多くの犠牲を出して荒廃してしまう。


 そして、最悪なら。


 他世界から来た新たな支配者たちはこの世界を完璧に自分たちの物にするために既存の生物は絶滅させ、環境を全て作り変えてしまうだろう。


 つまり、僕らにとって「世界が滅ぶ」というわけだ。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



「いや、理不尽じゃないです?」


 一通り話を聞いて僕が最初に思った感想がこれだった。


魔王討伐計画プロジェクトに参加できなかった、というだけで……ええっと、ようは世界としての存在を認めない、てことですよね?」

「だいたいその理解であっているよ」


 真田さんは頷いて僕の言葉を肯定する。


「それって明らかに横暴じゃないですか。たかがそれくらいで」

「そうでもないのよ。色々とややこしい事情があってね」

「歌鳴さん」

「はい、希望君。食後のコーヒー」


 歌鳴さんが僕の前にコーヒーを置いてくれる。

 ミルクとスティックの砂糖も一緒に。

 話を邪魔しないように、と食事が終わった後でドリンクバーに3人分の飲み物を取りに行ってくれていたのだ。

 真田さんの前にもコーヒーのカップを置いて歌鳴さんが席につく。


「そもそもこの世界は『準世界マイナーユニバース』だったの。それが『正世界プライマリユニバース』に昇格したのがちょうど15年前」

「15年前って……」

「そ。この世界に『迷宮ダンジョン』が現れた年ね。あれは『正世界プライマリユニバース』に昇格して他世界との交渉が認められるようになったから、他世界の迷宮主ダンジョンマスターが接触を図って来たからね」


 あの世界が激震した出来事にそんな裏があったのか。

 こう、昨日から隠されたこの世の真実らしき情報にガンガン触れている気がする。


「ただ、この昇格もこちらの世界から強引に主張して認めてもらったものなのよ。だからここで他の世界と同じことができない、という話になると前に無理な主張を押し通したことと合わせて『問題ありの世界』と見なされてしまうわけなの」

「えぇ……じゃあ、そもそも悪いのはその強引に主張した人じゃないですか。誰なんですか、それ」


 思わず声を荒げてしまった僕の物言いに、真田さんは顔をしかめた。


「誰、と言うとな。G7に中国とロシアの首脳を交えた秘密会議で……」

「あ、やっぱりいいです」


 気軽に世界の裏側の知っちゃいけなさそうな話を出してこないでください!?

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