#01-1-13 テュセルのことが欲しいんだ。

 手を伸ばすと僕は迷宮核ダンジョンコアに触れた。

 次の瞬間、迷宮核ダンジョンコアからまばゆい光が発せられる。


 まぶしくて思わず目を閉じた。


 一瞬、目の前が真っ白になったけどそれ以外は特に問題はなかったようだ。

 恐る恐る目を開けると、光は収まっていた。


 ただ、水晶玉が淡く輝いている。


 ふと、右手の甲に何か違和感を感じた。

 見てみると何か三角形と四角形を組み合わせた図形の刺青のような痣がいつの間にかできている。


「待って。ちょっと待って」


 テュセルが焦って目を見開いて僕に迫って来た。


「どうかした?」

「あのね。さっきの流れって、こう、迷宮主ダンジョンマスターになるかどうか悩んだり葛藤したりする場面だったよね!? 何であっさり迷宮主ダンジョンマスターになっちゃったの!?」

「いや、なるかどうか悩むのは散々考えたしなあ……」


 確かに経過時間としては短いけどさ。

 テュセルにいきなり世界が滅ぶ云々と言われ。

 真田さんに詳しく説明してもらって。

 それから迷宮主ダンジョンマスターについてあれこれ考えてはいたのだ。


 おかげで午後の授業の内容は全然頭に入ってないし、夕飯の買い物はぼんやりしすぎて色々買い忘れたけど。


「あーあー。はいはい。もういいよぅ。なっちゃったらもうしょうがないしね」

「いや、なんかごめん」


 肩を落としてがっくりしているテュセル。

 それを見ていると何か悪いことをした気になってくる。

 別に間違ったことをしたわけではないはずなんだけど……テュセルに合わせて悩んだり迷ったりした方がよかっただろうか。


 でもなあ。


 僕にとっては迷宮主ダンジョンマスターになることは既に自分の中で決めていたことなので特に重要なことではなくて。


 とても悩ましくて。

 勇気がいって。

 覚悟と決断を要する事象は。


 実は、これからだったりする。


「あの、さ。テュセル」

「ね、ノゾミ」


 緊張しながら勇気を振り絞って出した言葉が、テュセルと重なった。


「あ、ごめん。テュセルからどうぞ」

「ん、ボクは大した話じゃないから、ノゾミから先に」

「いや、いいよ。ほら、ここは『淑女第一レディーファースト』で」

「それだったら、こういうのは男の人が率先するものじゃない?」

「……」

「……」


 お互い無言になってしまった。

 気まずい沈黙。


「……じゃあ、僕から話するけどさ」


 睨み合いみたいになってしまってどうしようもなくなってしまったので、仕方なく僕から話を切り出すことにした。


「テュセルって、親父の『従者フェロー』って奴だったんだよね?」

「そうだよ」

「それで、さ。その……親父が死んだから、今はテュセルは誰の従者フェローでもない、ようはフリーってことでいい……かな?」


 あんまりテュセルには触れられたくない話題ではないだろうか。

 そんな気もしていたせいで、ついついまわりくどい言い方になってしまった。


 怒らせたらどうしようか。

 触れちゃいけない地雷を踏んでしまわないだろうか。


「まあ、そうなるね」


 案外あっさりとテュセルは返事をしてくれた。


「じゃあ、さ。その……」

「その?」


 じーっとテュセルが僕を見つめてくる。

 何を言うんだろうか、そんな表情で。


 うあ、滅茶苦茶緊張する。


 それでも勇気を出して、僕はその言葉を口にした。


「僕の『従者フェロー』に、ならない?」



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 テュセルは僕の言葉に首を傾げた。


「何で?」

「え、いや……何でって。テュセルは有名で実力者だった親父の『従者フェロー』で、しかもその従者フェローの中でも名を知られた存在だったんだよね?」

「そうだけど」

「僕はつい昨日、迷宮ダンジョンのことを知ったうえで迷宮主ダンジョンマスターになった初心者だよ? そんな僕の前にフリーの実力者がいるんだから、勧誘しない理由はないよね?」


 もし、自分が迷宮主ダンジョンマスターになったとしたら。

 その時のことを考えた時にまずやろうと考えたのが、テュセルの勧誘である。


 勧誘理由としては、真っ当なはず。

 ただ同年代の美少女に「自分の仲間になって欲しい」て誘うのはやっぱり緊張するし、気恥ずかしい。


「それだけ?」


 あざとく腕組みして首をかしげるテュセル。

 どうやら僕の言った理由では足りないらしい。


「あー……それと『従者フェロー』になってくれたら、毎日一緒にご飯が食べられる、かな? 別に僕は料理が上手いわけじゃないんだけど」

「……人を食い意地が張ってるみたいに言わないで欲しいな?」

「別にそんな風には思ってないよ。そのー……何て言うか、さ」


 うぐぐ……こういうかっこつけた台詞を言うことになるとは思わなかった。

 別に気障なことを言うわけじゃない。

 あくまで感想。

 素直な感想だから。


「テュセルって、今。1人でいるのが寂しいんじゃないか、て」


 無言。

 返事も反応もないので仕方ないので言葉を続ける。


「……だから、まあ、その。テュセルにとってうちの親父くらいに仲良くなれたり、楽しかったりするかは保証はできないんだけども」


 茶化される方が楽だった。

 真剣に聞いてくれてるみたいで、余計につらい。


「僕でよければ、一緒にご飯を食べるくらいはできるだろうと思って、さ」


 顔が赤くなって頬が熱くなるのが自分でわかる。

 めっちゃ恥ずかしい。


 テュセルが僕との距離を詰めてきた。


 密着するくらいの位置に立って、僕の顔をじっと見上げてくる。

 いや、近いって。


「それだけ?」

「え、いや。まだ何か必要……?」

「あのね」


 今にも顔同士がぶつかってしまいそうで。


「ボクを勧誘するメリットとか、ボクが寂しいんじゃないかとか、そういうのはどうでもいいんだよ」

「いや、どうでもよくはないだろう。ちゃんと納得できる理由を提示するのは」

「どうでもいい。ボクが聞きたいのは」


 思わず一歩後ろに下がってしまった。

 すかさずテュセルが一歩、前に進んでくる。


「ノゾミ自身のだよ」

「……気持ち?」

「そう、気持ちだ。ノゾミが何をしたいか、どうしたいか。『建前の理由』じゃなくて、『本音の気持ち』が知りたい」


 にっこりとテュセルが微笑む。

 いや、微笑むという表現は間違いか。


 獰猛な肉食獣が美味しそうな獲物を見つけて嬉しそうに笑ってるというか、そんな感じだ……!


「いや、そんなの言わなくたってわかるだろ!? そもそも、いくらメリットがあったり同情するような境遇があったりしても、自分の嫌いな奴と積極的に関係を持ちたいはずがないからね?」

「ダメ。そういうのはちゃんと言わないと伝わらないよ?」

「それはそうなんだけど……」

「それに。シバはもっと情熱的にボクを勧誘したよ?」


 おっと。

 ここであのクソ親父の名前を出すのか。


 わかりやすい挑発だな、とは思うんだけど。

 そういうことを言われたら僕としても心を決めないといけない。

 さっきの勧誘でも相当恥ずかしかったんだけど。

 さらにギアとテンションを上げて行こう。


「わかった」


 テュセルの気迫(?)に負けないように、上から見下ろすような感じで逆に僕の方から顔を近づける。


「僕は」


 両手でテュセルの方を掴む。


「テュセルのことが (仲間になって) 欲しいんだ」


 さあ、僕の精一杯の素直な気持ちだ。

 これで駄目ならもう何もないぞ。


「えっ、あ、いや。そ、そっか」


 テュセルの顔も真っ赤になっている。


「……いや、そこまで情熱的な告白をされると思ってなかったんでちょっと驚いたけど。ノゾミの気持ちは確かにボクに伝わったよ」

「……は?」


 何かテュセルの様子がおかしい。

 そして、自分の発言を思い返して気がついた。



 焦って緊張したせいで、()の中を言い飛ばしてしまっていることに。





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