#01-1-14 ごく普通の一般男子高校生なんだからな。

「待って。ちょっと待って。今のなし。やり直しでお願いします!?」

「ダメ。男だったら一度吐いた言葉を飲みこんだらダメだよ」


 従者フェローとしての勧誘のはずが何か告白みたいになっちゃったけど、誤解なんです。

 テュセルだっていきなりそんなこと言われたら困るだろう。


「というわけで。じゃ、手を出して。右手の『刻印』が付いている方ね」

「え、こ、こう?」


 迷宮核ダンジョンコアに触れて甲に何やら痣ができた右手を手の平をテュセルの方に向けて差し出した。


「うん、それでいいよ」


 そう言ってテュセルは左手の手袋をはずして僕の右手に重ねた。

 うっ、ちょっと緊張で手汗が。

 気持ち悪く感じられたりしないだろうか。


「宣誓する」


 テュセルの指が僕の指に絡んでくる。

 何かちょっとエロいと思った僕は悪くない。

 悪くないはずだ。


「テュセル・スカイロードの名において、『迷宮主ダンジョンマスター』椎葉希望の従者フェローとして彼と共に迷宮を歩むことを」


 ちくり。

 右手の甲に痛みが走った。

 痛み、と言っても針の先でちょっと突っついてみたってくらいで、我慢できないほどではなかったけれど。


「……これでボクはノゾミの従者フェローだね」

「そうなのか」


 何かもっと大仰な儀式とか派手なエフェクトみたいなものがあるかと思ってた。

 あ、いや。

 美少女と手を手を触れあわせて指を絡め合うのは一般高校生男子には刺激的なイベントだったね。


「……あんまり実感はわかないな?」

「ま、ノゾミの何かが直接変わるわけじゃないからね。従者フェロー側は色々と変わるんだけど。強いてノゾミの側で変わったことと言えば、迷宮主ダンジョンマスターとその従者フェローは離れた距離で意思疎通ができるようになる、てとこかな?」

「へえ、便利だな。スマホみたいなものか……あ、でも、聞かれたくない話とかまで聞こえちゃったら面倒かな……」


 テュセルに頭を軽く小突かれた。


「痛っ!?」

「……君は何を堂々とボクの目の前で聞かせられない話をする宣言してるんだい。ま、迷宮主ダンジョンマスター従者フェローの意思疎通は指向性だから、何でもかんでも伝わるわけじゃないよ。君の言うこの世界のスマホとか電話が近いね」


 それなら便利なだけだね。

 でも、それなら別に怒ることはないと思うんだけど。


「じゃあ、何で小突かれたんだ……?」

「馬鹿なこと言うからだよ」


 納得はいかないけど反論するとまた手が出てきそうなので黙っていよう。


「とりあえず。僕の方の話はこれで終わり、かな。何か色々と長くなっちゃったけど。それでテュセルの話は?」

「え?」


 何か不思議そうな顔をしているテュセル。

 いや、最初に僕とテュセルで同時に話しかけたよね?

 それで僕の方から話を始めたよね?

 そりゃ滅茶苦茶僕の話が長くなっちゃったけどさ。そもそも話を引き延ばしたのはテュセルである。


 何で「そんなことあったっけ?」みたいな不思議そうな顔をしているんだ?


「あー。ボクの話ね」

「そうそう」


 テュセルはかぶっているつば広の帽子のつばの部分を引っ張り下げて顔を隠すと、悪戯っぽく舌を出した。


「ノゾミに全部話されちゃったね♪」

「あー、僕が全部話しちゃったか……ん?」


 つまりそれって。


「……最初から僕の従者フェローになるつもりだったんじゃないか!?」

「ま、まあほら、ね。やっぱり色々と心配だし、ボクは役に立つだろ? ノゾミだってボクを勧誘するつもりだったんだからいいじゃん」

「あの滅茶苦茶恥ずかしい告白をさせられた僕の葛藤と覚悟は何だったんだ」

「……いいものを見せてもらいました?」


 思わず拳を握りしめちゃったけど、さすがに振り上げる勇気はありませんでした。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



「じゃ、ノゾミも迷宮主ダンジョンマスターになってしまったことだし。早速、迷宮主ダンジョンマスターとしての活動を始めよっか」


 舞台の役者のようなよくわからない何かかっこつけたポーズでテュセルが高らかに宣言した。

 強引に話を打ち切られたけど、そこは突っ込まないことにする。


「まずは──」

「あ、それはしないから」

「へ?」


 いや、言った通りだけど。


「昨日の夜から寝不足で凄い眠い。今日の授業も全然集中できてなかったし、だから今日は片付けたら寝る。ま、宿題と明日の予習復習もあるから仮眠取って勉強して寝る、てことになると思うけど」

「いやいやいや。迷宮主ダンジョンマスターでやらないといけないことは世界の存亡に関わることだよ? それにこういうのってやり始めのころはやる気に満ちてて初見のものばっかで面白いからどんどんやっちゃうものじゃない!?」


 ダウンロードしたてのゲームじゃないんだからさ。


「あー……テュセルさ。その迷宮主ダンジョンマスターとしてまずやらないといけないことってどれくらい時間がかかるもの?」

「あ、えっと。そうだね。色々とまずはノゾミに知っておいてほしいこともあるから……半日くらいでいけるかな?」

「却下だ。却下」


 今から半日って翌朝になる。

 昨日の夜だってほとんど寝れてないので実質二徹。

 勢いでやるにしてもさすがに無理がありすぎる。


「それなら、今週は土曜日は授業は午前中だけだから……土曜の午後からか日曜日に朝から家のこと片付けて午後からか、どっちかだな」

「え、3日も間があくんだけど」

「仕方ないだろ」


 不満そうにむくれているテュセル。

 そんな顔されてもできないものはできないぞ。


「僕は迷宮主ダンジョンマスターの前にごく普通の一般男子高校生なんだからな」


 勉強と日常生活を疎かにはできません。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



「なあ、テュセル」


 そんなわけで今日は解散となったわけだけど。

 ちょっと気になることがあって。


「その手」

「ん? あ、これ?」


 テュセルが従者フェローになった時にわざわざ外した左手の手袋。

 その手の甲には僕の迷宮主ダンジョンマスターの印と同じような刺青のような「痣」があるのが見えたのだ。


 最初は僕の印に対応する従者フェローになったら付けられる印かと思ったけど。

 テュセルが手袋をはずした時には既についていた……つまり、僕の従者フェローになる前からついていたから、そうではないことに気づいたのだ。


「何か痣? 印? みたいなようなものが手の甲にあるな、て。それって……」

「あ、ああ。これ?」


 テュセルはもう手袋をつけていたけれど。

 左手の甲を右手で隠すように押さえた。


「……何でもないよ。古傷、のようなものさ」

「……そっか」


 明らかに「言いたくない」という態度だ。

 よく考えたらわざわざ手袋付けてるのも、お洒落じゃなくてそれを隠したいからだと普通に考えたら気づくじゃないか。


 なので、それ以上は触れないことにした。



 アルファベットの小文字のAのような図形をを丸で囲んだような形だったけれど、あれは何だったんだろうな?


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いきなり「ダンジョンマスター」やることになりました。 xissmint @xissmint

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