#01-1-05 椎葉君に来客だそうです。

 翌日。

 僕は眠いのを我慢して授業を受けていた。


「ノゾミが『迷宮主ダンジョンマスター』にならないと、この世界が滅ぶからね」


 昨夜、テュセルはこの一言を言い残してそのままゲートの中に姿を消してしまった。

 その言葉の意味が気になりすぎて全然眠れなかったのだ。


 おかげで寝過ごしてあわや遅刻しそうになるし、昼食の用意もできなかった。

 普段は適当に弁当を作って持って行ってるんだけど、今日はどうしようか。

 昼休みに学校近くのコンビニまで買出しに行くのが妥当なんだけど、混むし授業の終わるタイミングだとまともな品は残ってないんだよなあ。


 しかし、あれはどういう意味なんだろう。


 僕が「迷宮主ダンジョンマスター」にならないとこの世界が滅ぶ?


 いやいやいや。

 そんな冗談みたいな話があるはずが。


 ……あるはずがないとは思うんだけどさ。

 そもそも昨夜の一連の出来事自体が嘘みたいな話だったからなぁ。

 ないとは言い切れない。


「おっ、珍しく眠そうじゃん。どったの?」


 休み時間に自分の席でうつ伏せになって目を閉じて、考え事をしつつちょっとでも眠気を回復させようとしていたら背中を小突かれた。


「……んぁ。何だ、拓人か」

「いや、本当に寝不足みたいだけど大丈夫か? 受験勉強のし過ぎじゃないか?」


 話しかけてきていたのはクラスメイトの夏目拓人なつめたくと

 クラスの中では一番つるんでいる時間が多い、中学時代からの僕の数少ない友人の一人である。


 元々僕はあんまり社交的な性格ではない。

 さらに同年代の相手ともあんまり深く関わってきていない。

 家の事情もあったから部活動もやらなかったし、遊びの集まりに参加することも滅多になかった。

 そういった個人の事情は自然と周囲に広まっていって「特殊な事情の家のかわいそうな子」として認識され、気づいたら腫れ物に触るように扱われることになってしまっていた。


 そんな中で僕に構い続けてたのが夏目拓人という奴だ。


 ちょっとうざいと感じる時もあるけど、僕的には助かっていることの方が多い。


「勉強はしてたけど、ちょっと別件」

「ほほーん。でも、昨日何かあったっけ? 珍しく迷宮ダンジョン配信でも見てたか? 昨日のは凄かったからなあ。めっちゃコメント流れてたし、朝見たら視聴数凄いことになってたぞ」


 僕と違って拓人は迷宮ダンジョン探索のライブ配信の視聴が大好きだ。

 有名配信探索者のことをあれこれ話題にしてくれるのだが、僕はあんまり覚えていない。正直すまないと思っている。

 教えられた配信者のまとめは見かけたらチェックはしてるんだけどね。


「違う。しかしお前、よくそんな配信見る時間あるな受験生」

「部活終わったから時間はあるからな」


 どちらかというとインドア派の僕とは違い、拓人は中学高校と野球に打ち込んできたスポーツマンだ。最近まで坊主頭だったのだが、今は部活動は引退したのでスポーツ刈りに整えている。

 身長も180越えてて体格良いし、そういう意味でも僕とは正反対だ。


 でも意外と気は合うんだよね。


「あ、あとそれと」


 普通に話をしていた拓人が急に顔を近づけてひそひそ声になった。


「今日の授業のノート、後で貸すけどいるか?」

「……う」

「授業中も居眠りしてただろ? 見てたら目が開いてなかったもんな」


 ぐぬぬ、よく見ている。


 睡魔と戦ってて授業中はまったく集中できず、ノートも何書いているかわからない状態になってたからなあ。


「……借りさせていただきます」

「おう。ま、俺のノートも適当だけどな。希望はむしろ俺よりも……」

「椎葉君」


 拓人との話を遮って割って入って来る女子の声。


 声をした方を向くと。

 ショートヘアーで眼鏡をかけたクラスメイトの女子がいる。


「あー……えっと、朝比奈さん。どうかした?」


 彼女の名前は朝比奈星理あさひなあかり


 成績は常に学内TOP10に入り、生徒会長も務めた才媛として校内でも有名人。


 そして、ついでに言うと小学校からの付き合いの僕の「幼馴染」だ。


 彼女の家はちょうど僕の家の右隣にある。

 左隣の家の家族の方々と合わせて色々お世話になってきた。

 僕が学校では家庭の事情で孤立気味になってもそれ以前からの付き合いだったから特に変わらず接してくれていた。


 ただ、高校に入ったころからは性別の違いで自然と距離は離れていったんだけど。


「先生から伝言で、椎葉君に来客だそうです。至急、校長室に来るように、と」

「……来客? え、授業とかどうすんの?」

「偉い人が来られてるそうで授業はいったん抜けていい、て言われてましたよ」


 偉い人がわざわざ学校にやって来た?

 僕を訪ねて?

 しかも授業より優先されるってどんなお客様だろうか。


「じゃあ、行ってくる」

「待って」


 立ち上がった僕を星理が止めた。


「お客様と会うんだから、ボタンはちゃんと留めて。それと詰襟のホックもちゃんと留めないと」


 窮屈なんで外していた学生服の詰襟のホックと第一ボタン。

 星理が手を伸ばしてきちっと留めていった。


 いちいち面倒くさい、と思ったけれどお客様に会うならやはりちゃんとしておくべきだったか。

 星理はこういう所でお節介なのは昔からである。


「はい。これでいいわ。行ってらっしゃい。珍しい人が待ってるから」

「……はぁい。じゃ、行ってきますー……って、珍しい人、て誰?」

「行ってのお楽しみ、で」


 何だろう、珍しい人って。

 僕の知っている人だろうか?


 首を傾げつつ、2人に見送られて僕は教室を出て校長室を目指すのだった。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



「ところで朝比奈さんや」

「何ですか?」

「あなた、希望とはどういう関係で?」

「どういう関係って、ただの幼馴染ですけど?」

「ただの幼馴染は学生服のボタンを留めてあげたりしません。あれはどっちかというと新婚夫婦くらいの距離だと思いまーす」

「……昔からの癖でついやっただけです。他意はありません」

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