#01-1-06 外務省迷宮局局長の真田亘晴という。

「失礼します」


 ノックして校長室に入ると初老の校長先生に隣接する応接室に案内された。


 そこにいたのはスーツ姿の2人の男女だ。

 僕が応接室に入るのを見て、2人がソファから立ち上がって出迎えてくれた。


 男性の方は外見年齢はぎりぎり30代から40になるくらい。

 顔立ちは凄い整っていて背も高い。人気俳優と言われてもテレビに詳しくない僕だと信じてしまいそうな気がする。


 女性の方は幼く見えるけど服装もあってぎりぎり20代には見える。

 長い髪をきちっとまとめてスーツを着こなした姿は優秀なキャリアウーマン、という言葉に相応しい佇まいだ。

 ちなみにこちらの方も凄い美人。男性と合わせて美男美女のコンビである。


 そして、女性の方を僕はとても良く知っていた。

 星理が言っていた「珍しい人」と言うのはどうやら彼女のことらしい。


歌鳴かなるさん!?」

「や。希望君、久しぶりね。元気だった?」


 彼女の名前は春日歌鳴かすがかなる


 クラスメイトの星理が幼馴染なら、歌鳴さんは憧れの近所のお姉さんだ。

 歌鳴さんの実家の春日家は星理の家の朝比奈家とは反対側の隣に位置している。

 特に春日家のみなさんには小学生時代からあれこれ助けられてきたので今でも頭が上がらない。

 その春日家の中で歌鳴さんは僕が小学生の時に既に高校生だった。

 だから僕より10歳くらい年上のはずである。

 家事万能でよく夕飯を作ってもらったのを覚えている。

 「練習台だよ」て言って笑ってたけどね。

 僕の今の家事一般スキルはだいたい歌鳴さんからコツを教わったものだ。


 そして、滅茶苦茶頭の良い人だった。

 現役で東大合格し、大学卒業後は国家公務員に就職したと聞いている。

 大学合格してから家を出て上京してしまったので、それ以降はあまり会うことはなくなってしまったんだよね。

 歌鳴さんも大学時代は帰省してたけど就職してからは実家に戻ることもなかったようだし。


 なので会うのは随分久しぶりになる。


「君が椎葉希望しいばのぞみ君だね?」

「あ、はい」


 歌鳴さんと旧交を温めていたら男性の方が声をかけてきた。


「外務省迷宮局の真田だ。今日は時間を取らせて申し訳ない」


 着席するよう言われたので、お辞儀をして来客用のソファに腰かける。


 しかし外務省迷宮局とはいったい?

 迷宮ダンジョンに関わる物なんだろうなと想像は付くけれど。


 そうしていると校長先生は挨拶をして部屋を出て行ってしまった。

 僕と歌鳴姉さん、真田という人だけが部屋に残る。

 一般男子高校生にとってスーツ姿の「大人」2人と対面とすると言うのは、結構緊張する状況だ。


「改めて自己紹介をしよう。外務省迷宮局局長の真田亘晴さなだこうせいと言う。外務省迷宮局というのは簡単に言えば日本政府における『迷宮ダンジョン』に関連する問題に対応し、異世界との外交を行う部署だ」

「名乗る必要はないかもしれないけれど、春日歌鳴。外務省迷宮局の局員です」


 「迷宮ダンジョン」に関係する部署がなぜ外務省、と思ったけど。

 教えてもらった「迷宮ダンジョン」の本質から考えると異世界に関係することになるから外務省管轄になるんだな、と勝手に納得した。

 でも、日本政府が異世界と交渉を持ってるなんて初めて知ったよ。


 世の中、知られてない真実みたいなのが結構あるんだな。


「今日、君のことをわざわざ学校まで訪ねてきたのは……君の父親の椎葉悠史しいばゆうじ氏のことで、だ」


 思わず体が強張って背筋が伸びた。膝に置いた手に力が籠る。

 まさかここで父親の名前が出てくるとは思っていなかった。


迷宮ダンジョン迷宮主ダンジョンマスターについては君は知っているんだったか?」

「知っているよ。ボクが教えたからね」


 うわ、びっくりした。


 隣の誰も座っていないはずの席からいきなり聞き覚えのある声がした。

 見るといつの間にか現れたテュセルが座っている。

 僕と目が合うとウィンクして見せた。


「テュセルか。ああ、君が既に教えているんだったね」

「昨日の夜にね」


 真田さんもどうやらテュセルの事は知っているようだ。

 当然のように足を組んでソファに座っているテュセルを見て苦笑いしている。


「それなら話は早い。君の父、椎葉悠史氏はこの世界有数の、いや、この世界最高位の迷宮主ダンジョンマスターだった」


 これはテュセルが昨日の夜に言っていたことと同じだ。

 正直、「本当か?」という気持ちが強い。

 自分を放置していた父親が実は凄い人だったんだ、と言われても俄かには信じられなくて当然だと思う。


 ただ、改めて言われるということはやっぱり本当なんだろうな。


「『迷宮王ダンジョンキング』シバの名前は他の世界にもよく知られるほどでね。私たちも異世界と外交を行う時には政府依頼で色々と動いてもらい、かなり助けてもらったよ」


 いや、そこまでは聞いてなかったぞ。


「信じられないかな?」

「えっと、いや、そんなことはないんですけど……何だか実感が湧かないと言うか……」

「そうだね。君のお父さんは一人息子の君とは距離を置いていたと聞いている。だから君は『迷宮ダンジョン』についても『迷宮主ダンジョンマスター』についても何も教わってこなかった。ならば、君のお父さんの凄さが実感できない、と言うのも仕方がないことだよ」


 そんな言い方されるとちょっとむっとなるんだけどな。


 どれだけ凄い仕事をしていようが僕にとっては子育て放棄したクソ親父だし。

 ただ、言ってもしょうがないことなので表には出さないようにするけど。


「……と。話が逸れてしまったか。この話は置いておいて、本題に入ろう」

「はい、お願いします」


 真田さんと歌鳴さんがそれぞれ居住まいを正したので、僕もソファに座り直して背筋を伸ばす。テュセルは一人だけ我関せず、という感じだけど。


「君のお父さん、椎葉悠史氏が亡くなられた」


 すみません。知ってます。


 こう、父親の死を知るのって病院の霊安室みたいな場所で、死体の顔に掛けられた白い布をぴらっとめくって父親の顔を確認する、そんなドラマで見たようなシチュエーションを想像してたんだけど。


 どうも違ったようだ。


「……あれ、あまり驚かないんだね?」

「……すみません、昨夜、テュセルから聞いたので……」


 真田さんが向かい側に座っているテュセルを睨んだ。

 テュセルは知らんぷりしている。


「あ、すみません。でも、なぜ死んだのかまでは聞いてません」

「そうか……」


 真田さんは大きくため息をついた。

 真田さんは真田さんでテュセルの自由奔放ぶりには手を焼いているように見える。


「では、死んだ原因については私から説明しよう」

「はい。よろしくお願いします」


 改めて背筋を伸ばして。

 緊張に身体が強張る。


「君のお父さん、椎葉悠史氏にはとある『計画プロジェクト』にこの世界の代表として参加してもらっていた。この『計画プロジェクト』は、この世界を含む7つの世界が合同で進めていたもので、各世界を代表する『迷宮主ダンジョンマスター』が参加する大規模なものだった」


 7つの世界が合同で行う「計画プロジェクト」?

 しかもあのクソ親父が世界代表?


「結論を言うと、この『計画プロジェクト』は失敗に終わった。参加していた7つの世界の『迷宮主ダンジョンマスター』たちも全て死亡した。君のお父さんも、その中に含まれている」

「あの、すみません」


 さすがに話についていけなくなって思わず口を挟んだ。


「その『計画プロジェクト』っていったい何だったんですか?」


 真剣な表情を少しも崩さず、真田さんは答えた。


「魔王討伐だ」

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