#01-1-04 ダンジョンマスターの本質は3つ。

 というわけで僕の家のリビング。

 何とか安全な場所に戻って来た安心感で、僕はソファにぐったりと座り込んだ。


 何だか疲れた。


 直接戦ったわけではないけど、一般男子高校生が異形の化け物と相対したんだ。

 疲れもするよね。


 飲みかけだった緑茶をぐっと飲み干す。

 すっかり冷めてぬるくなっていた。


 熱いお茶が飲みたい。

 ついでに何か甘いモノが食べたい。

 深夜だけど。


 重い体を何とか動かしてお茶を淹れ直そうと思いソファから立つと、テュセルと目が合った。


「……コーヒーお代わりいる?」


 視界に入ってしまったからには聞かざるをえない。

 見ればテュセルに渡したマグカップも空になっている。


 ま、自分だけお茶を飲んでテュセルには何もなし、てのも気まずいしね。


「うん」


 そして飲み物のお代わりを聞いた以上、これも聞かないと。


「その……おやつ食べようと思うけど、何か食べる?」

「食べる!」


 元気でかわいい返事が返って来た。


 現金だなあ。

 ただ、テュセルも食べられそうなもの何かあったかな?



      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 緑茶とコーヒーのお代わり。

 それと冷凍庫にあった小さなブルーベリーのパイが3つ。

 スーパーで買った奴だけどそこそこ美味しい。冷凍なので日持ちするのも良い。

 2人で食べるほど数があるおやつがこれくらいしかなかった。


「つまり、本物の迷宮ダンジョンというのはこの地球で例えると海みたいなもので。その迷宮ダンジョンの中に大陸や島があるみたいに色んな世界が存在する、こういう認識で合ってる?」

「むぐん」


 パイを必死にもぐもぐしてるから言葉になってない。

 ただ頭を上下に動かしているから、頷いてはいるようだ。

 つまり僕の認識で間違いはない、ということだろう。


「それで本物の迷宮ダンジョンがどういう物かはだいたいわかったけどさ。じゃあ、今、良く知られている迷宮ダンジョンってのはいったい何なんだ? 本物、じゃなかったら何になるんだ?」


 返答はない。


 お互い1個ずつ食べてプラスチックのケースの中に残った最後の1個のブルーベリーパイの方をちらちらと見ている。

 そのせいで僕の話は聞いていなかったようだ。


「……いいよ、食べても」

「ありがとー♪」


 美少女じゃなかったらもっと乱雑に扱うんだけどなあ。


「んぐ……ええっと、この世界で良く知られている迷宮ダンジョンね。あれは『疑似迷宮インスタンスダンジョン』」

「『疑似迷宮インスタンスダンジョン』? それは本物の迷宮ダンジョンとは何が違うんだ?」


 残った最後の1個のパイを堪能していたテュセルだったけど、慌てて飲み込むと僕の質問に答えてくれた。

 あんまりちゃんとした答えにはなってないんだけど。


「うーん、ノゾミがわかりやすいように言うと『遊園地』だね」

「遊園地? あの観覧車とかジェットコースターとかある、あの遊園地?」

「そうそう、それ。あれはね、『迷宮主ダンジョンマスター』が人を呼び寄せるために造った遊戯施設アトラクションなんだよ」


 遊戯施設アトラクションだ?


 ……とは言っても、実はあんまり驚きは感じていなかったりする。

 むしろしっくり来て納得する感じだ。


 迷宮ダンジョンでモンスターを退治してクリアしたらお宝ゲット!

 特殊能力に目覚めることもできるよ!


 ……なーんて、よくよく考えたら都合が良すぎるもんな。


 別の誰かが別の意図があって用意したものである、と言うなら。

 その方が自然だと思う。


「ということは。『迷宮主ダンジョンマスター』ってのはその『疑似迷宮インスタンスダンジョン』を創る存在、てことでいいのかな? 通路をデザインしたり罠やモンスターを配置したりとかそういうことをする感じで」


 自分で言っておいてあれだけど、何だかゲームをデザインするような感じだな。

 小学生の頃、そういうゲーム作成ソフトを買ってきて自分だけの最高のゲームを作ろうとして1週間で挫折したのを思い出してしまった。


 うっ、心が痛い。


「それも一つの在り方だけど。『迷宮主ダンジョンマスター』の本質がそれかというと、違う」


 思い出したくなかった黒歴史を思い出してダメージを受けている間にテュセルから返答があった。


「『迷宮主ダンジョンマスター』の本質は3つ。『開拓パイオニアリング』と『占領ポゼッション』と『管理マネージメント』」


 「開拓パイオニアリング」?

 「占領ポゼッション」?

 「管理マネージメント」?


 専門用語っぽいけどどういう意味だろう?


「ノゾミが見てきた世界と世界の間に広がる迷宮ダンジョンを踏破して『開拓』し、『占領』して自分の支配下の迷宮ダンジョンにする。そして自分の所有する迷宮ダンジョンを『管理』して『迷宮資源ダンジョンリソース』を稼ぐ。これが『迷宮主ダンジョンマスター』の本質であり、やらなければいけないこと」


 胸をはってドヤ顔でテュセルは言う。


「『疑似迷宮インスタンスダンジョン』を創って人を集めるのは『迷宮資源ダンジョンリソース』を稼ぐための手段の1つに過ぎない」


 いや、別にドヤ顔になる場所じゃないと思うぞ。


 テュセルの説明を反芻しながら、結局「迷宮主ダンジョンマスター」というのはどういうものか考えると。


 中立(?)の所有者のない迷宮ダンジョンに侵攻して自分の領地として。

 自分の領地=迷宮ダンジョンで内政を行って繁栄させて「迷宮資源ダンジョンリソース」という資材を得る。


 ゲームっぽく例えてみたけど、だいたいこんな感じだろうか。

 こうして考えると何だか一昔前の戦国シミュレーションゲームみたいだな。


「……大丈夫かい?」

「ん、あ。いや、大丈夫だよ」


 気づくとテュセルが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

 頭の中で情報を整理して考え込んでいたせいで無言だったからだろうか。

 

「初めての『迷宮ダンジョン』で敵性存在とも遭遇した。それに夜も遅い。ノゾミも疲れてるみたいだね。だから、今日はこれくらいにしておくよ」

「え、いや、そんなことは……」


 反論しようとしたが、体が重いし頭がぼーっとするのは事実だ。

 甘いモノを食べたくなったのもあるし、疲れているのは間違いないだろう。

 親父のこととか聞きたいことはまだまだあるんだけどな。


「大丈夫。また明日……いや、時間的にこの世界の日付は変わってるから今日かな?  今日の夜には来るからね。話の続きはそこで」


 テュセルの背後にあの「ゲート」が現れて、開く。

 その門を潜ろうとする途中で、テュセルは不意に振り返った。


「ああ、そうだ。これだけは先に言っておかないと」

「……何?」


 特に重要なことだとも思わず、僕はぼんやりと返事した。


 ……のだが。


「ノゾミ」


 僕の名を呼ぶテュセルの声が1段階、低くなった。


「君はシバ……君のお父さんの跡を継いで『迷宮主ダンジョンマスター』をやることになる」

「は? いや、無理だろ?」


 思わずそう答えた。


 テュセルの言った「迷宮主ダンジョンマスター」のやるべきこと。

 普通に考えてただの高校生の僕ができるようなことではない。


「嫌でも無理でも。ノゾミは『迷宮主ダンジョンマスター』をやらされることになる」

「いや、だから……」


 反論しようとした僕の言葉を遮って。

 テュセルは言った。


「ノゾミが『迷宮主ダンジョンマスター』にならないと、この世界が滅ぶからね」

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