第9話
「2日ほど前の事になります。セレシア様のお屋敷の近くには、お花の香りがして小川の流れる音が聞こえる、草原がございますでしょう?そこにセレシア様が倒れておられたのです」
「……あぁ、そういえば…」
彼女からそう言われるまで、私は全く思い出せていなかった。
家を追い出された私は、痛む体を引きずってあの場所に向かったのだった。
自然を全身に感じられる心地の良い場所で、なんならもう死んでしまってもいいとさえ思っていた…。
そしてその思いは現実になって、私は栄養失調か何かでその場に倒れてしまい、そのまま今に至るまで意識を失ってしまっていた、ということだ…。
「……た、助けていただいたのはありがたいのですけれど、私にはなんのお礼をすることも…」
「とんでもない!!セレシア様だからこそ、ケルン様はお助けになられたのです!」
「……え?」
「彼女の言う通りだよ、セレシア」
「……っ!?」
開けっ放しになっていた扉から聞こえてきたその声は、冷え切っていた私の心を温かく震わせるには十分すぎるものだった。
その声の主はゆっくりと部屋の中へ入ってくると、私の姿を見てその表情を輝かせる。
「……ようやく見つけたよ、セレシア」
「……ロ、ローゼス、なの…??」
ローゼス。
私が覚えている時と比べて、背は大きくなっているし顔は大人びている。
けれど、彼の放つ優しい声と立ち振る舞い、そしてその明るい表情は、昔の儘に思えた。
「ローゼス……そうだったね、君にはあの時そう名乗っていたね。長い長い時間が過ぎてしまったけれど、覚えていてくれたんだね……。そしてその名を知っているということは、間違いなく君はあの時の……」
彼は私のベッドのそばまで距離を縮めると、優しいしぐさで私の左手を取った。
きれいな彼の手に取られる自分の手の醜さを見て、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「…こんなにやせてしまって…。君がどんな思いをして過ごしてきたのか、これだけで十分伝わってくる…」
私の体を見る彼の表情は寂し気で、それでいて悔しそうな様子だった。
「あの日以来、すべてが変わってしまった…。僕が君を守れなかった、あの日から…」
「違うんですローゼス様!!私は……!」
…まだ、私が6歳か7歳くらいの時だろうか。
私はローゼス様の許嫁で、彼も私もその運命を心から受け入れていた。
ローゼスという名は彼の幼名で、親しみの証に私のお父様が付けたもの。
私たちは将来の事を楽しく話し合って、まさに理想の夫婦となるはずだった…。
…あの日を迎えるまでは…。
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