第5話
「ほらセレシア、もうすぐお医者様がいらっしゃるのだから、早く準備なさい」
「はい、お母様…」
「いいこと?いつも言っているけれど、決して余計なことを言うんじゃないわよ?もしもレルベ様に何か聞かれても、全部自分のせいだと答えるのよ?無駄なことや関係のないことを話したら、その時はここを追い出されると知りなさい」
それならいっそのこと追い出された方が楽なんじゃないか、と私は思ってしまう。
レルべ様もまたお父様の古くからの友人で、このあたりでは名の知れたお医者様だ。
定期的にこの家を訪れては、私の事を診察してくれている。
彼を呼んでいるのはお父様とお母様。
それは、私の体の事を心配しているからこそ………なんかじゃ当然ない。
私にきちんとした治療を受けさせているのだと周りにアピールするため、そしてそれと同時に、レルべ様が治療に当たってなお快調しないということは、やはり私自身に問題があるのだと周囲の人々に思わせるためでもある。
「お母様、レルべ様が到着されましたわよ」
「ええ、すぐに行くわ。…じゃぁセレシア、わかったわね?」
私の返事を聞くことなく、お母様はレルべ様を出迎えるべく玄関の方へと向かっていった。
私はただぽつんと一人で部屋に取り残され、レルべ様の到着を待つほかなかった。
…そしておそらくレルべ様のもとに着いたらしいお母さまの声が聞こえてきた。
「レルべ様、いつもいつもセレシアがお手を煩わせてしまって申し訳ありません…」
「いえいえ、お気になさらないでください。エルクからもよろしく頼むとお願いされていますし、私も彼女の事が心配ですから…」
「あぁ、レルべ様がこんなにも想ってくださっているというのに、一体いつまで迷惑をかけるのかしらあの子は…」
わざと私に聞こえるほどの声の大きさで、お母様はレルべ様に言葉を返す。
…本当に迷惑をかけているのは、一体どちらなのか…。
「さぁどうぞ、レルべ様。セレシアはいつもの部屋におりますので」
「承知しました。それではし」
「レルべ様!!」
今度はリーゼの声が聞こえてきた。
…いったい何を言うつもりなのか…。
「はい?どうしました?」
「レルべ様……お姉様はわがままで周りに迷惑をかけてばかりですけれど、それでも私にとって大切なお姉様なのです…!たとえ血はつながっていなくても、私にとっては大切なお姉様なのです!なのでぜひ、お姉様の事を助けてあげてください!」
…お母さまのやり方をまねたのか、リーゼもまた私に聞こえるほどの大きな声でわざとらしくレルべ様に言葉を発した。
病弱で身勝手な姉を救いたい、健気な妹を演じたい様子…。
「リーゼさんの思いはよくわかりました。後は、お任せください」
その声を最後に会話は終わったようで、それ以降は私のもとに近づいてくるレルべ様の足音だけが聞こえてきた。
――――
「うーん……。前に診た時よりもさらに腕が細くなっているように感じます…。栄養状態もあまり改善されていない様子ですし…。セレシアさん、どうしても食事をする気にはなりませんか?」
「あまり食欲もないので…。申し訳ありません、レルべ様がわざわざこうして診に来てくださっているのに、よくならなくて…」
それは私の本心だった。
レルべ様は高圧的なお医者さまではなくて、相手に寄り添ってくれる温かい心を持っているお医者様だった。
そんなレルべ様に、私はうそをついてしまっている…。
半ばだましているような気さえ感じている…。
彼の手を、煩わせてしまっている…。
「いえいえ、お気になさらないでください。それじゃあ次は……背中と、お腹のあたりを見せていただけますか?」
レルべ様にそう言われて、私は少しだけ緊張した。
…もしもお父様に殴られた場所があざになっていたらどうしよう、と…。
…もしもお父様に蹴られた場所が痕になっていたらどうしよう、と…。
けれど、そんな心配はするだけ感情だった。
「…お腹にも背中にも、特に傷になっているような場所はありませんね…。やはり、症状のもとは内因的なものでしょうか…」
そう、お父様は私に痛みを与えるとき、基本的には痕が残らないように徹底する。
痕を残すときは、決まってレルべ様の診察まで日数があるときだけ。
つまりお父様は、絶対に発覚しないタイミングを計算して、私の事を殴ったり蹴ったりしているのだ。
「セレシアさん、お薬は飲めていますか?飲んだ後に体調を崩したりはされていませんか?」
「は、はい…。とくには…。」
レルべ様はいつも、私のために特製で調合したお薬を持ってきてくれる。
もっとも、それが私の体に届くことは決してないのだけれど…。
それ以降も、レルべ様は私にいろいろな質問を投げかけてきた。
私はお母様から言われている通り、すべてを隠して偽りの回答をつづけた。
時間だけが過ぎていき、そしてレルべ様が次の診察に向かう時間が訪れる。
――――
部屋に残り、レルべ様を見送るなと言われている私は、再び部屋に一人ぽつんと残される。
…自分を治そうとしてくれている人の見送りにさえ来ない最低な人間だと、お母様とリーゼはレルべ様にアピールしたいのでしょうね…。
「レルべ様、今日もありがとうございました」
「なかなか好転させてあげることができず、申し訳ない」
謝る必要なんて何もないのですよ、レルべ様…。
すべては、あなたにうそをついている私が悪いのですから…。
「私もセレシアには改めてよく言っておきますので」
「はい、よろしくお願いします…。それじゃあ、私はこれで」
足早に立ち去っていくレルべ様の足音が聞こえる。
これが聞こえてくると、いつも心が寂しさで満たされる。
そして間髪を入れず、お母様とリーゼの話声が聞こえてくる。
「病弱のくせにわがままな娘の世話を、必死になってやっている…。もう誰も私たちの事を疑いはしないでしょうね♪」
「お母様も人が悪いですわ♪しかもレルべ様が下さったお薬は、今回も闇市に流してしまわれるのでしょう?」
「当然よ。いりもしない薬なうえ、レルべ様が調合したものだって言ったら、信じられないくらい高値が付くんだもの。ほんと、レルべ様さまさまだわぁ♪」
…私は、こんな人たちと同じ側の人間でしかないのだろうか…。
レルべ様をだましている自分に、嫌悪感を感じずにはいられなかった…。
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