第3話

3人が笑いながら私の前から去っていき、この場所にはぼろぼろになった私だけが残された。

作業を再開しろとお父様に殴られたけれど、もう再び体を動かすほどの力は残っていなかった。

床の冷たさが肌を伝ってきて、状況も相まってますます体が動かなくなっていく。


…それからどれだけの時間が経過したのかはわからない。

いよいよ死んでしまうんじゃないかという時間がしばらく続いたその時、一人の足音が私のもとめがけて進んできた。

またお父様に殴られるんじゃないかと思った私だったけれど、その足音はお父様の者とは違っていた。

サッサッサという音を立てるこの足音は、お父様ほど体重がある人物の者ではない。

同時に、お母様のものでもない。

私とあまり年齢に変わりがない、大人に比べて小柄な人物の足音。


「あらまぁ、大丈夫ですかお姉様?」


私の前に現れたのは他でもない、私の義理の妹であるリーゼだった。

満足に食事を終えたらしいその顔は、私の目にはややふっくらと見て取れた。

彼女は壁に背を預け、床に座り込んでいる私の姿を見下すように見つめながら、普段と変わらない甲高い口調で言葉を発した。


「壁に寄りかかっているその姿、私がお父様にお伝えしたらどうなるでしょう??きっとさぞ面白いことになると思いますわよ??試してみても構わないかしら?♪」


別に構わない、やりたければご自由にどうぞ、と思った。

でも彼女に言葉を言い返すほど不毛なことに無駄な労力を使いたくもないので、あえて彼女の言葉をスルーした。

そんな私の姿が彼女の目には、強がって言葉を返さないように見えたようで、彼女はその表情を一段と楽しそうに染めた。


「くすくす…。なにか言い返すこともできないくらい、頭が退化してしまっているのかしら?なんてかわいそうなお姉様。でも仕方ありませんわよね?何の役にも立たないお姉様自身が悪いのですから♪」


…このまま聞き流し続けていたら永遠にこの時間が続きそうだと思った私は、気は進まないけれど彼女に言葉を返すことにした。


「それで、そんな何の役にも立たない女にあなたは何を話しに来たわけ?」

「あら、ようやく話してくださいましたわね。もう我慢の限界がきたのかしら?相変わらず器の小さいこと」


器が小さいのはいったいどっちでしょうねぇ。


「と、普段なら言って差し上げるところですけれど、今日は違います。お掃除を頑張ってくださったお姉様に、私からプレゼントをお持ちしましたのよ」


彼女はそう言うと、後ろ手に隠していた大きなパンを私の前に持ち出した。

きっと食事の時に出されたものなのだろう、色つやがよく匂いも香ばしい。

彼女からもらうものなんて受け取りたくもないけれど、空腹感はどうしてもごまかせない。

そのパンが目に入ってからというもの、私はより一層お腹のへこみを感じ、口の中には唾液があふれて、視線は完全にパンに釘付けになっていた。


「クスクス♪わっかりやすいお姉様ですわねぇ。つい今まであんなに敵対的な目をされていたのに、ちょっとエサをつるされると犬のように目を輝かせて…♪さぁかわいいかわいいお姉様、エサの時間ですわよ?」


別に欲しいといったわけでもないのに、リーゼはもうすっかりその気になっている様子。

私の反応を見て、彼女はそのまま私の目の前まで距離を縮めてきた。

そして私の目の前でパンを二等分すると、その一方を私の前に差し出してきた。


「これが欲しいのでしょう、お姉様?素直になったらいかがですか?」


私は改めて、自分の前に差し出された半分サイズのパンを見つめる。

別に変ったところはない普通のパンで、見た目には特に変わった点はないように見える。

けれど彼女の性格から考えて、何か裏があることは間違いない。

…そんな風に疑う私の姿を見て、リーゼは笑いながら言葉を発した。


「なに?まさか毒が入っているとでも?くすくす、いくら役立たずのお姉様が相手でも、さすがに私もそんなことはしませんとも♪」


彼女はそう言うと、2等分したパンのうち一方のパンを口に運び、そのまま食べた。

見た目には上品にパンを食すその姿を見て、私はさらに一段と空腹感に支配されていく。

…なにかあるということは分かっているけれど、このままじゃお腹がへこんでちぎれてしまいそう…。

その苦しみに耐えかねた私は、差し出されたパンをその手から受け取って、一口、かじりついた。


もぐもぐもぐ…

「お、おいしい…」

「あたりまえでしょう?私はまずいものは食べませんから」


彼女の言葉を聞く余裕もなく、私はそのまま勢いよくパンにかじりついた。

空っぽのお腹に咀嚼したパンが落ちていく感覚が、なんとも心地良い。

今までの人生で感じたことがないほど、口の中に唾液がたくさん分泌されていく。

そのおかげか、私はさらに勢いよくパンを口の中に運んでいく。


「くすくすくす…。本当に犬のようですね、お姉様…♪」


別に耳がおかしくなったわけじゃないけど、リーゼの軽口が全く聞こえてこなかった。

それくらいに今の私には、このパンが目の前の全てに感じられた。

量が少なくなっていく寂しさを感じながらも、私は勢いをそのままにパンを食べ進め…。


「っ!?!?!?」

「♪♪」


食べ進めていたその時、口の中が突然に塩辛さで満たされた。

本能的に水を口の中に入れたくなるけれど、あいにく今の私は水を取り上げられていた…。


「ゲホッゲホッ…ゲホッ…!!!!!」


痛みにも似た苦しさが口からのどにかけて私を襲った。

そうなることなんて全く想定していなかった私は、ただ苦しさのままにむせるしかなかった。


「吐き出してしまってはもったいないですわよ、お姉様?せっかく私がお姉様のために塩を練りこんで差し上げましたのに…♪」


床に顔を伏せている形になっている私には、彼女の表情はあまり見えない。

けれど、その口調は全く目の前の愉快さを隠せない様子だった。


「お姉様が低血圧気味で大変そうでしたから、塩分をたくさんプレゼントして差し上げましたのに…。私の思いをそんな風に邪険にされるのでしたら、私だって傷ついてしまいますわぁ…。これはもうお父様に相談するしかありませんわねぇ…♪」


リーゼは自身のパンを私に見せつけるように食べ尽くすと、そのまま私の前から去っていった。

…そしてようやく状態が少し落ち着いた私が見たのは、なにやらお父様とお母様に泣きつくリーゼの姿だった…。

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