第4話 少年
クライン城
ロジェとクルムが部屋で向かい合って座りながら、にこやかに談笑している。
ロジェはクルムにトゥルス帝国に向かうコーデリアの護衛が見つかった事を報告に来ていた。
ロジェは自慢げに話していた。
「……という訳で、Sランクのレイナルドが護衛を引き受けてくれたよ」
ふっふっふ……俺にだって、仲間を見つけることくらい出来るんだぞ……
静かに聞いていたクルムが、指を一本立てた。
「ロジェ殿……その、一つ良いか」
「ん!? なんだい?」
「その……報酬の件だが……どのくらいが良いのだろうか……」
……報酬か……レイナルドには、大きな事を言ってしまったからな……
「俺はギルドからしか貰ったことが無いから、良く分からないが、出来るだけ沢山出してくれ」
「……そうか……分かった……護衛の君たちには金貨50枚ほどを考えておこう……」
(娘のためだ……仕方ない……)
え??……そんなに貰えるのか……金貨10枚くらいだと思っていたが……これなら、レイナルドも文句はないだろう……
ロジェは無言で、引きつった表情のクルムと握手を交わした。
「そういえば……コーデリアの婚約者はどんな奴なんだ?」
「ああ、まだ話してなかったか……トゥルス帝国、第二王子ノエル・トゥルス殿下だ」
そう言うと、残念そうなクルムが溜息をつく。
ロジェは驚きから思わず立ち上がっていた。
「第二王子!? コーデリアは将来は公爵夫人じゃないか!?」
……トゥルス帝国の貴族になるのか……よく考えたら、とんでもないな……
顎に手を当てて、不思議そうなロジェ。
「それにしても、なぜコーデリアが選ばれたんだ? 同じ魔族出身の貴族ではなく……ヒュー大陸の伯爵令嬢を嫁に貰おうなんて……」
「おそらく……コーデリアの可愛さが、遥か遠くのトゥルス王の耳にまで入ってしまったのだろう……ああ、愛しのコーデリア……美しさとは……なんという罪なのだ……」
頭を抱えて嘆いているクルム伯爵を、冷めた目で眺めるロジェ。
「コンコンコン」
ドアをノックする音が聞こえる。
「そうだ、紹介したい方がいるのだ。入って来てくれたまえ」
クルムがドアを開けると部屋に一人の少年が入って来る。
背は低くく、ポッチャリとふくよかな体系をした、コーデリア嬢と同程度の年齢に見える少年が、ロジェに深々と頭を下げた。
「こちらはトゥルス帝国より派遣された案内人、アレフ・カールトン殿だ」
「ただいまご紹介承りました、アレフ・カールトンです。この度はコーデリア様の案内役を我が王、バイロン・トゥルス陛下より承っております。以後、よろしくお願い致します」
ポッチャリとした少年は、
……こんな小さいのに……しっかりとしているな……
ロジェは派遣された相手が少年であることより、その堂々とした態度に驚いていた。
「俺は冒険者のロジェ・デュンヴァルトだ。こちらこそ、よろしく頼む」
ロジェが手を差し出す。
「ロジェ……殿」
アレフは不思議そうな顔をしながら、ロジェと握手を交わした。
笑顔で話すロジェ。
「ああ、そうだ。これから長旅になる、俺のことは気軽に『ロジェ』で頼む」
アレフもまた、笑顔を返した。
「そうですか、分かりました……『ロジェさん』。私のことは……お好きにお呼び下さい」
「ああ、分かったよ、アレフ」
そんな時、ドカドカと廊下を走る音が聞こえてくる。
「師匠!!」
コーデリアが慌てた様子で、部屋に飛び込んできた。
「師匠!! いらしておりましたのね。私に声を掛けてくれたらよかったのに……」
「コーデリア……、君は勉強中だと聞いていたのでね……」
「あら、そんなの関係ないですわ」
コーデリアに近づくアレフが頭を下げる。
「コーデリア様、お会いできて光栄です。私、この度、トゥルス帝国まで案内役を務めますアレフ・カールトンと申します」
コーデリアがアレフを睨む。
「案内役……あなたみたいな、ちんちくりんな子供が務まりますの?」
驚いたクルムがコーデリアを止める。
「こら、コーデリア。こちらは、バイロン王よりの使者であるぞ」
なんとも納得のいかない表情のコーデリア。
「本当ですの? あなた……もしかして、相当強いとか……ですの?」
アレフは頭を
「……いえ、武術や魔法はてんでダメで……同い年の女の子にも負けてしまいます。あっ……私、こう見えても12歳になります」
「……そう……ですの……」
(12歳……私より年上で……背も低いし……ポッチャリ体系……こんなのが案内役なんて……名家の出とか、コネがあるのかしら……)
「あなた……もしかして、王家の方とか?」
「いえ、普段は羊飼いをしておりますが、王からの令状を承りまして……」
(羊飼い……一般の方……こんな人を寄こすなんて、トゥルス王は私たちを馬鹿にしているのね)
「そうですか……そちらの意は分かりました。では、私も気を遣わずに致しますわ」
アレフは不思議そうな顔で、もう一度、頭を下げた。
「ええ、その方が助かります。よろしくお願い致します。」
クルムがアレフの挨拶を終えたタイミングで話しかけてきた。
「出発だが、準備もあるので三日後を予定しているが、ロジェ殿、よろしいか?」
「ああ、こちらは大丈夫だ」
コーデリアが目を輝かせながらロジェに顔を近づける。
「師匠。今日はゆっくりして行けるのですか?」
「いや、今後の準備もあるし、もう一人の護衛と会う約束をしているから、今日は、これで帰るよ」
「そう……分かりましたわ。まぁ、もうすぐ一緒に入られますから、我慢しますわ。では師匠、ごきげんよう」
ガッカリしていたコーデリアだったが、スカートの
「それでは、俺も失礼するよ」
手を上げて部屋を出ようとするロジェにアレフが声を掛けてきた。
「あっ!? ロジェさん、ちょっとすいません。私も町に同行してもよろしいでしょうか? もう一人の護衛の方に挨拶したいのと……こちらの町を見てみたいのです」
「ああ、構わんないよ」
ロジェはアレフの提案を快く引き受けた。
ロジェがアレフと外に出ると馬車が用意されていた。
馬車にはトゥルス王家の紋章が入っている。
「この馬車で町まで行きましょう。どうぞ、お乗り下さい」
ロジェが馬車に乗るとアレフは手綱を握り町に向けて走りだした。
この少年の馬使いは相当だな……馬車も今まで乗ったどれよりも、静かで速い……彼が派遣された理由が分かったな……
ロジェ感心しながら、変わりゆく景色を窓から眺めた。
冒険者ギルドに馬車が到着する。
ロジェが馬車から降りる。
「凄いなアレフ……もうついてしまったよ。」
馬車から降りたアレフが驚いた顔のロジェに話しかける。
「この馬車を引く馬は、魔大陸にいるアレオンという種類で、足が速く、疲れにくい馬なんです。長旅には特に重宝されております。」
「そんな馬がいるんだな……」
「ええ、護衛のお二人にもアレオンをご用意しておりますので、出立時はそちらを使って下さい」
ロジェは顔を引きつらせていた。
こんな速い馬……落ちたら大変だな……
「ロジェさん、どうしたんですかぁ。そんな立派な馬車でぇ……」
突然、声を掛けてきたのは冒険者ギルドで働くミルトだった。
緑髪のミルトは、短いスカートで長い脚をスラっと見せながら近寄ってくる。
「やあ、ミルト……その、新しい依頼でな……」
ロジェの口がこもる。
うーん……依頼の内容を勝手に話すことはできないな……
「新しい依頼ですかぁ……って!?トゥルス王家の紋章じゃないですか、それ」
ミルトは目ざとく馬車の紋章に気付き、指を差す。
アレフがミルトに声を掛けた。
「こんにちは、私はアレフ・カールトンと申します。この度はロジェ殿に、馬車の護衛をお願いしたものです」
首を傾げるミルト。
「あら、ご丁寧にありがとう御座いますぅ。私はミルト・ヴァルドネルです、よろしくねぇ……それにしても……『馬車の護衛』ですかぁ?」
大袈裟なアクションで、それらしく話すアレフ。
「はい、この馬車は大変高価な馬車でして、移動中を狙われかねませんからね」
「確かに、王族が乗るような馬車ですねぇ……でもぉ、トゥルス王家の馬車に手を出すような命知らずはいませんよぉ、きっと」
「確かにそうかもしれまね」
ミルトとアレフは笑いあっていた。
ロジェは二人の会話を黙って聞いていた。
この少年の立ち振る舞い……大したものだな……
「そういえば、ミルト。レイナルドは来ているか?」
「レイナルドさんですかぁ……来てませんよ。待ち合わせですかぁ……レイナルドさんと?」
不思議そうな表情のミルト。
(ロジェさんとレイナルドさん、仲の悪い二人が待ち合わせ? まさか……決闘!?)
「ロジェさん、決闘なんてダメですよぉ。仲良くしてください」
「決闘……そんな事はしないよ」
ロジェは呆れた顔をしている。
何を言っているんだか……
それにしても……馬車のスピードが速かったせいで、だいぶ早くついてしまったな……よし!
チラリとアレフを見たロジェがニコっと笑う。
「アレフ、これから町を見て回るのだろう。俺が案内するよ」
嬉しそうに答えるアレフ。
「本当ですか、そうしてくれると助かります」
「それじゃミルト。馬車をギルドに置いて行くから、馬の世話をお願いするよ」
ロジェが手綱をミルトに渡した。
指を立てポーズを取るミルト。
「はーーい。ちゃんと料金は貰いますからね!!」
「ははは、もちろん分かっているよ」
ロジェは軽く手を上げて歩き出した。
「いってらっしゃーい」
ミルトがブンブンと元気よく手を振ると、お辞儀をしたアレフもロジェと共に歩き出した。
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